第6話 侵略! ジャンクフード!

「‥‥もう、ここまで来れば平気だろ」


「‥‥はぁ‥‥は‥‥」


 俺は学校を離れ、大通りまで出るとリーシャの手を離した。


 リーシャは膝に手をついて荒い息を吐く。


 それにしても、あまりの出来事につい逃げ出してしまった。あとで総司と陽向からの追及は確実だろう。松田は‥‥まあどうでもいいか。


 とにかく第一に、俺は何と言われようと神魔大戦に参加するつもりはない。ようやく手に入れたこの平穏を手放す気はないのだ。


 俺はリーシャの側に立って声をかけた。


「なあリーシャ、神魔大戦とやらは君の世界の戦いだろ。いくらアステリスの血を引いてるとはいっても、こっちの世界に生きる俺からしたら、それは関係ないことだ」


「‥‥」


「だから、そんなことに俺は命を賭けるつもりは」


 ――クゥゥウウ。


 俺の言葉を遮ったのは、やけに可愛らしい音だった。


「‥‥」


「‥‥」


 無言でリーシャを見下ろすと、彼女は顔を俯かせたままでその表情はうかがい知れないが、金髪の隙間から見える白い耳は真っ赤に紅潮していた。


 あー。


「‥‥昼飯、食べてないのか?」


「‥‥食べてません」


 蚊の鳴くような小さな声で、リーシャは答えた。


 ‥‥そうだったのか。たぶん俺の用意した朝飯を食べてから、ずっと俺を探していたんだろう。


 俺はもうこれ以上リーシャに関わる気も、アステリスの事情に首を突っ込むつもりもない。馴れ合いは不要な情を生む。


 しかし、


「‥‥」


 耳まで真っ赤にしてお腹を押さえるリーシャに、今回ばかりは負けを認めよう。流石に年下の少女のこの姿を見て、ほっぽり出せる程メンタルは強くないのだ。


「‥‥しゃーない」


「なんですか?」


 リーシャの腕を取ると、彼女が怪訝な表情で俺を見た。


 このあたりだと確か、あれがあったはずだ。


「ほら、行くぞ」


 俺は戸惑うリーシャの手を引くと、世界的ジャンクフードブランド、大通りのメックへと向かった。


 メックと言えばお手頃価格なハンバーガーを軸に世界展開し、日本では豚カツを使ったカツバーガーによってその地位を不動のものとしたブランドである。


 俺も子どもの頃はメックでご飯を食べるのがファミレスでご飯を食べるくらいの贅沢で、とてもウキウキしたもんだ。


 異世界から帰ってきてメックを食べた時は、思わず涙したしなぁ。


 テロリテロリテロリ、と独特の入店音を聞きながら、俺たちはメックへと入る。


「あの、ここはなんでしょう‥‥」


「こっちに来てからメックははじめてか。まあ飲食店だよ」


「飲食店、ここが」


「アステリスのとは大分違うけどな。腹減ってんだろ」


 そう言うと、リーシャが再び顔を赤らめた。


 人間なら空腹になるし、お腹も鳴くんだから、気にしなくていいのに。戦闘でそうそう死なない俺でも、食べ物と水がなければ一月持つか怪しいもんだ。


 そうしている間に、俺たちはレジへと辿り着いた。


「いらっしゃいませ、ご注文をお伺いします!」


 即座に繰り出された必殺のメックスマイルに気圧されながらも、リーシャは目を細めてメニューを見つめる。


「‥‥これは、どういった食べ物なのでしょうか」


「簡単に言えば、肉とか野菜をパンで挟んだ食べ物だな」


「そうですか‥‥どれも同じに見えます」


「まあ、基本的に挟んでる中身が変わってるだけだから」


 うんうんとメニューを前に唸るリーシャ。


 これは時間かかりそうだし、仕方ない。


「すいません、カツバーガーセットを一つと、アイスコーヒー下さい。セットの飲み物は紅茶で」


「畏まりました、では隣でお待ちください」


「え、セット? え?」


「ほら、行くぞ。後ろが並んできてる」


 俺は戸惑うリーシャを引っ張って横に並ぶと、さほど待つこともなく出されたカツバーガーセットのトレイを手に、適当に空いていた椅子に座った。


 リーシャは紙に包まれたカツバーガーと黄金色にカラッと揚がったポテトを前に、目を白黒させていた。


「‥‥これは、どう食べるのでしょうか」


「とりあえず包装紙を取るんだよ、こんな風に」


 包装紙をビリビリに破かれると悲惨なことになるので、カツバーガーの紙をうまい事はだけてやる。俺は昼ご飯を既に食べているのでアイスコーヒーだけだが、香ばしい匂いを放つカツバーガーを目にすると、腹の虫が暴れ出すのだから、やはりメックは偉大だ。


 異世界にもチェーン展開してればなぁ。


「ほら、これで食べれるだろ」


「あの、フォークやナイフは」


「あー」


 考えてみれば、リーシャは筋金入りの箱入り娘だ。入ってんだか入れてんだか。


 俺が勇者時代に知り合った聖女は、なんというかアクティブな感じの女だったので、つい一緒くたにしてしまう。


「このカツバーガーとポテトは、手で掴んで食べるんだよ。思いっきり口を開けて、かぶりつくの」


「なっ、そんなふしだらな!」


「なにもふしだならことはないと思うが‥‥」


「夫でもない異性にみだりに口内を晒すなんて、ふしだら以外のなにものでもないでしょう!」


 そう言って顔を赤らめるリーシャ。そういえば貴族たちの社交界では、淑女が口の中を晒すのは恥ずべき行為だとかで、笑う時なんかも扇子で顔を隠すと聞く。


 なんだこいつ面倒くさいな。


「いいかリーシャ」


「なんでしょう」


「この国には郷に入っては郷に従え、という有難い言葉がある」


「郷に入っては郷に従え、ですか」


「そうだ。その地域にはその地域独自の文化があり、そこに来た人間はその文化を尊重し、従うべきという考え方だ」


「それは‥‥」


「仮にも聖女と呼ばれるリーシャが、このカツバーガーの正式な食べ方を拒否するのは、あまりにも失礼な話なんじゃないか?」


「‥‥」


 リーシャは俺の言葉に複雑な表情で悩み始めた。


 ちなみにこれ、詭弁である。その地域の文化を尊重するのは大事だが、自分の信条を曲げてまですることじゃない。


 俺は過去魔物の脅威から助けた村で、ご馳走です! と出された芋虫を命からがら回避したこともあるのだ。いや、そんなキラキラした目で見られても、あれは無理だよ。まだ生きてたし。


 礼を失する前に、気を失うこと請け合いだ。


「‥‥分かりました」


 俺が昔を思い出して遠い目をしていると、リーシャがそんな意を決したような声を出した。


 俺の見つめる先で、リーシャは食前の祈りを女神に捧げ、カツバーガーを手に取ると、そこで硬直した。


 いや、そこまで覚悟が必要ならナイフとフォーク貰ってくるんだが。世界展開しているメックなら、言えば多分くれるだろう。


「っ――!」


 そんなことを考えていたら、リーシャがカツバーガーにかぶりついた。しっかりと桜色の唇を開き、大きく一口を頬張る。


 おお、なんか見た目だけなら神秘的な雰囲気のリーシャがカツバーガーを食べている姿は、妙にシュールというかなんというか。


 恥ずかしそうな顔でカツバーガーを食べるリーシャは、モニュモニュと咀嚼し、飲み込むと言った。


「美味しいです!」


「お、そうだろ?」


 流石世界のメック。全世界にシェアを持つチェーン店の力は伊達ではない。やっぱり異世界展開はよ。


 俺はコーヒーを飲みながら、ほらポテトも食べてみろと勧める。


 ポテトを齧ったリーシャは、驚きに目を見開いた。


「‥‥これは、イモですか?」


「そうだぞ。うまいだろ」


「驚きました。芋は私も食べ慣れているはずなのですが」


「日本の技術力で魔改造された芋を、大企業の磨き上げた調理法で調理してるんだから、そりゃ比べる方が悪い」


「まかいぞう?」


 キョトンとした顔をしながらも、リーシャは黙々とカツバーガーを食べ、ポテトを摘まむ。


 異世界の聖女すら虜にするメック。もしメックが本気で異世界展開したら、全ての飲食店を駆逐し、きっと勇者でも勝てない侵略者になっていたに違いない。


 メックのMは魔王のMだったのか‥‥。ちなみに松田のMはMのMである。Mがゲシュタルト崩壊しそう。


 と、そんな馬鹿なことを考えていたら、やけに注目されているのに気付いた。


 リーシャはカツバーガーセットに夢中だが、その姿は客観的に見れば恐ろしいまでの存在感を放つ金髪美少女だ。


 そんな子がメックで美味しそうにカツバーガーを食べているのだから、そりゃ注目される。ついでとばかりに一緒に居る俺にまで視線がザクザク刺さる。


 なんだろう、わざわざ学校から脱出したのに、結果的に状況がさして変わってない気がする。


「というか、その恰好がまずいんだよな‥‥」


「なんの話ですか?」


 紅茶をチューチュー吸っているリーシャの姿は、相変わらず似非シスターみたいな服装だ。


 美貌や金髪、透けるような白い肌もそうだが、何より身体の大部分を占めるこの恰好はとにかく人目を引く。神秘的なオーラも相まって、注目度は倍にドン、さらにドン! って感じだ。


「なあリーシャ、とりあえずその服着替えたほうが良くないか?」


「何を言っているのですか。これは由緒正しい女神聖教会の正装です。しかもこれは刺繍と縫い目、染色によって魔術式を発現した戦闘にも耐えうる一級品の魔道具なんですよ」


 ふふん、とリーシャはその豊満な胸を張った。


 いや、それくらいは分かってる。昨日あれだけ派手にこけたり、半年間逃げ回ってる割には綺麗すぎるしな。


 そして胸を張るのをやめろ、周囲の男からの視線が凄いことになってるから。


「それは結構なことだが、いくらなんでもその服装は目立ち過ぎだ。むしろよくその注目度でこの半年生き延びれてこれたな」


「それは‥‥共にいた方が守ってくれていましたので」


 その人、きっと苦労してたんだろうな‥‥。超優秀だったろうに。


「リーシャたち側は一年間生き延びれば勝ちなんだろう? だったら一番いいのは戦いそのものを避けることだ。いくら何でもその服装じゃ襲ってくださいって言ってるようなもんだぞ」


「‥‥確かに、護衛の方にも同じことを言われましたが」


 言われてたのかよ。本当その人、苦労人だな。


「ですが、今は手持ちもありませんし、どう買えばいいのかも」


「本当、よく半年間生きて来れたな‥‥」


 王族の娘でも、もう少し世の中を知ってるぞ。俺の中で護衛の人の株がうなぎ上りだぜ。


「はあ‥‥なら食べ終わったら行くぞ」


「行くって、どこにですか?」


「そんなもん決まってんだろ。服屋だよ」


 本当は昼飯を食わせた時点でさよならバイバイするつもりだったんだが、リーシャをこのまま放流してしまうと、即座に昨日リーシャを襲っていた魔族に見つかるだろう。


 それはつまり俺の生活圏内で戦闘が起きるということであり、歓迎出来るものではない。


 とりあえず、この辺りにある服屋を俺は携帯で調べるのだった。

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