第7話 女の子に服を買ってあげる時は下心がある時だから、気を付けようね

「ほわぁ‥‥」


 こちらも超有名衣料品ブランド、ユニシロへと入ったリーシャは、口を開けて呆けていた。



「このお店はロイヤルブランドのお店なのでしょうか?」


「品数は多いけど、正真正銘、庶民向けのカジュアルブランドだよ」


「こんなたくさんの服が売っているのに、庶民向けのお店なのですか!?」


 驚くリーシャ。


 言っとくけど、アステリスのロイヤルブランド、つまり王族御用達の店は、店舗にあまり服は置いてないからな。基本的にオーダーメイドが当たり前だから、サンプルが置いてあるくらいだ。


 逆に庶民向けの店舗は古着がたくさん置いてある。


 そんなことさえも、外に出ることのないリーシャは知らないんだろう。


 さて。


「あ、すいません」


「はい、なにか御用でしょうか?」


 俺は近くにいた女性店員さんに声をかけると、店員さんは俺を見て、次にリーシャを見た瞬間動きを止めた。


「この子に動き易い服を一式見繕ってもらってもいいですか?」


「へ? は、はい、私がですか!?」


 あなた店員だろ。


「この子、少し世間知らずというか、こういう店で買い物もしたことがないので、全部選んでくれると助かります」


「そ、そんな私なんかが」


 そう言って店員さんはお上りさんよろしくキョロキョロしているリーシャを見た。


 きっと店員さんには、リーシャがどこぞのお姫様にでも思えるんだろう。いや、似非修道服着てるから、それはないか。


 確かにアステリスの立場なら姫なんかよりよほど上だけども、地球ではただの世間知らずだし。


 もう面倒くさいから全部任せてしまおう大作戦。


「それじゃ、よろしくお願いします。ほらリーシャ」


「‥‥あ、分からないことばかりですので、よろしくお願いします」


 リーシャに頭を下げられた店員さんが分かりやすくあたふたするが、もう俺は知らん。


「じゃ、そこらへんにいるので、会計の時は呼んでください!」


 俺はビッ! と言うと、後のことは店員さんに丸投げしてその場を離脱した。




「‥‥はぁ、何してんだろ、俺」


 店内に設置された休憩スペース。そこでベンチに座り、俺は額に手を当てる。


 関わるつもりはないとか言って、成り行きでここまで面倒を見てしまっている。


 判断としては合理的だと自分を納得させていても、不用意に首を突っ込みすぎだという自覚はある。


 そもそも、下手な好奇心など出さず、リーシャを火犬から助けた時点で立ち去ればよかったのだ。


 あー、もう本当になんで地球に来るんだよ。地球で例えるなら、内戦で核を使ったはいいけど、決着が着かなかったから他国で核戦争やるぞ、っていう話だぞ。


 本当、あの世界の神はろくなもんじゃない。


 そもそも俺は勇者として召喚され、その称号を得たわけだが、別に勇者として何か特権があったわけではない。


 基本的に神魔大戦における勇者と魔王とは、選ばれた人間が称号を与えられるわけで、神が力を授けるわけではないのだ。


 つまり地球では一般人であった俺は、たまたまアステリスにおいては魔術師としての才能があったから喚び出されたのだ。


 そこに俺の自由意志というものは介在しない。


 帰るためには戦う他ないのだ。


 そして人族の全てが勇者に協力的かと言えば、そんなこともない。


 勇者として選ばれるというだけで嫉妬の対象なのに、それがアステリスとはなんの関係もない異世界から、戦いのたの字も知らない人間が選ばれたのだ。


 俺が異世界から来たと知っている人間は一部だったが、それでも嫌がらせはすさまじかった。


 なんでアステリスと何の関係もない俺が命を賭けて戦ってるのに、その足を引っ張る真似が出来るのか、当時は本当に不思議だった。


 それでも、俺にもアステリスで戦う理由が帰還以外にもあった。いや、見つけたというべきか。


 それすらも、最後には最悪の形で裏切られたわけだが‥‥。


「‥‥嫌なこと思い出したな」


 俺は頭の中の記憶を振り払うように頭を振ると、立ち上がった。そろそろリーシャの服も選び終わる頃だろう。


 試着室に行くと、二人は案外簡単に見つかった。


「あの‥‥、なんというか、こちらではこういった服装が当たり前なのでしょうか?」


「はい、とてもお似合いですよ!」


 興奮気味な店員さんに褒められ、試着室に入っていたリーシャは、恥ずかしそうに身をよじった。


 白い七分丈のパンツに、涼し気な空色のブラウスがよく似合っている。顔と髪の時点で美しさ限界突端なリーシャなので、想像以上にシンプルな服装がマッチしていた。


 ‥‥これ、すげーな。


「他にも何着か選ばせていただきましたが、こちらはどうしましょう」


「あ、ああ。全部買います」


 俺は店員さんの言葉に生返事をした。


 人目を集めないように安くて地味な服でも買おうかと思ったが、駄目だな、これ。聖女の持つ特別性を、軽視し過ぎた。


 そうしてボーっとリーシャのことを見ていたら、ふとした疑問が頭をよぎった。


「そういや、下着はどうなんだ?」


「なっ!? ふ、ふしだらですよ!!」


 顔を真っ赤にしたリーシャが、自らの身体を隠すように抱いた。


 店員さんも、冷たい目で見てくる。


 ‥‥そうだな、これに関しては俺が悪い。紛れもないセクハラである。いや、でも気になるよね、普通。


「いや、大丈夫ならいいんだ。とりあえずそれだけは買ってやるから」


「‥‥はい、ありがとうございます」


 未だ警戒中のリーシャを着替えさせてから、「え、どういう関係なの?」という視線で見てくる店員さんも連れて、俺はレジへと向かった。


 それにしても、お値段もリーズナブルで素晴らしい。


 俺も一応バイトをしているのでそれなりに余裕はあるが、女性服の相場なんて知らなかったが、ユニシロなら男性用とさほど変わらない。チェーン万歳だ。


「ありがとうございましたー!」


 とってもホクホクした顔の店員さんに見送られ、俺とリーシャはユニシロを出た。リーシャは購入後、再び試着室で服を着替えたので、今は修道服姿ではない。


 リーシャが目立つのに変わりはないが、服装が普通になったおかげで奇異の視線は大分収まっている。


「――さて、リーシャ」

「はい、なんでしょうか」



 両手に修道服と買った服が入った服を持っているリーシャが、俺を見上げる。


 その姿を見た瞬間、俺の脳裏にある思いが過ぎった。


 修道服のイメージが強かったから、聖女であると認識していた彼女も、こうして普通の恰好をしていれば、そこらにいる女の子と変わらない、人間だった。


 その柔らかな首元にナイフを突き込めば、いや、俺なら頭を殴るだけで簡単に首の骨を折れる。


 そんな少女が、命を狙われているのだ。勇者としての才を持った俺が、四年以上戦い続けた魔族に。


 リーシャの姿に、似ても似つかない黒髪の女性の姿が重なる。


 俺が本気で恋をして、別れを告げられた人。


 もしもリーシャではなく月子だったら。彼女が魔族に命を狙われていると知ったら、俺は何の躊躇いもなく戦っただろう。


 いや、馬鹿なことを考えるな。


 リーシャは月子じゃない。その仮定に意味はない。


 世界を見渡せば、同年代の女子で命の危機にさらされている人間なんて、いくらでもいる。力があるからって、それを全員助けるのか?


 違うだろ。


 俺はもう勇者じゃないんだ。


「どうかしましたか?」


 そう言って、リーシャは首を傾げた。


 人は簡単に死ぬ。ここで別れれば、もしかしたら次に会う時リーシャは二度と目を覚まさず、この綺麗な声を聞くことは出来ないかもしれない。


 それを選ぶのは、俺だ。


 リーシャが一人で護衛の人間を見つけ、あと半年間生き延びる可能性と、俺がここで見放した結果、魔族に彼女が殺される可能性。


 どちらの方が高いかなんて、火を見るより明らかじゃないのか?


 それなら――。




 ――もう、あなたは必要ないの。ねえ、分かるでしょ。この世界にとっても、私にとっても、邪魔なだけの存在なのよ。




 ノイズが、思考に割り込んだ。


「‥‥」


「ユースケさん‥‥?」


 俺はリーシャの肩を掴んで、その目を真っ直ぐに見据えた。自分が今どんな表情をしているのか、分からない。


「リーシャ、もう終わりだ。俺にしてやれるのはここまでだ」


 ビクリ、と手の中でリーシャの身体が震えるのが分かる。きっと、俺の声も震えていた。


 そして、予想に反してリーシャは微笑んだ。


「‥‥分かりました。命を救ってくれたこと、気にかけてくれたこと本当にありがとうございました。ユースケさん、あなたの正義と献身を女神様は決してお忘れにならないでしょう。勿論、私も」


 リーシャはそう言って頭を下げる。


 この少女は世間知らずであっても、決して馬鹿でも愚かでもない。そうでなければ、たとえ護衛が居たとしても、魔族を相手に生き残れるはずがない。


 だから、無理をしてでも俺を頼ろうとした。それが自分が生き残る最善手だと判断したから。


 その選択を最後まで貫けないのは、リーシャの甘さであり、優しさだ。


 俺は彼女の美しい金色の髪を見続けることも胸が痛んで、早足にその場を立ち去った。


 これが正しい選択だと、そう自分に言い聞かせながら。

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