第325話 第一位階の力

     ◇   ◇   ◇




 雷が街の中を走り抜けた。


 それは目で追うことの叶わない速度で、モンスターたちを焼き尽くす。


 道を我が物顔で歩いていたオークが、その雷光に気付いた時、腹には巨大な風穴が空いていた。


「はぁ‥‥、数が多い」


 月子はそう言いながら、息を整えた。コウほどではないが、彼女も魔術によって高速機動が可能だ。既に倒したモンスターの数は百を超えた。


 勇輔たちと鍛錬をしている月子にとっては、倒すのに苦労しないモンスターがほとんどだが、他の対魔官たちにとっては違う。


 オークやレッドキャップ、油断をすればゴブリンにすら殺される可能性がある。


 ある意味で当然の結果と言えた。


 彼らが普段相手にするのは、怪異だ。その種類は多種多様だが、その多くは特定の形を持たない霊体であることが多い。


 この時代、実体化するほどの怪異の方が稀なのだ。


 自衛隊や機動隊も出動し、事態の沈静化に当たっているようだが、そちらは逆に魔術を主体にするモンスターが相手だとが悪い。


 しかも彼らが想定している相手は人間だ。銃弾を真正面から受けながら突っ込んでくる怪物たちなど、予想されていない。


 しかし魔力は無限ではない。この異空間の維持とモンスターの出現にどれだけの魔力リソースを使っているのかは分からないが、長時間は続けられないはずだ。


 その間、とにかく犠牲者を減らす。


 月子は再び魔術を発動し、走り出そうとした。


 その足を止めたのは、通信機から聞こえたカナミの声だった。


『失礼。月子さん、聞こえるでしょうか。カナミですわ』

「ええ、聞こえます」

『ありがとうございます。少々よろしいでしょうか』

「問題ありません」


 月子は周囲を油断なく見回しながら答えた。この辺りのモンスターは全員倒した。新手が来る気配もない。


「どうかしたんですか?」

『いくつか情報が。まずユースケ様ですが、領域の中心部で強力な魔物と会敵しましたわ。おそらく待ち伏せを受けていたのでしょう』

「そう‥‥分かりました」


 常識を逆手に取った、敵の罠。本来ならすぐにでも助けに行きたいところだが、その気持ちをこらえる。


 カナミの話はまだ続いた。


『ユースケ様の方はご自身でなんとかされるはずですわ。それよりもお話したことが二つありますの』

「二つ?」


 勇輔の話よりも重要度が高いというと、そうそう思いつかない。嫌な予感が冷や汗となって背中を伝う。


 カナミは冷静な口調で続けた。


『両方とも加賀見様よりご連絡があったのですが、一つ目が、対魔特戦本部が敵の襲撃を受けたようですわ』

「なっ、本当ですか⁉︎」

『はい。現状は本部にいる対魔官たちで対応をしているそうですが、支部からも応援を出すそうです』

「なら、私も一度そっちに」


 そう言いかけた月子の言葉を、カナミの次の言葉がさえぎった。


『いえ、伊澄さんは別の場所に行ってもらいますわ。現在対魔特戦本部と同時に襲撃を受けた場所がもう一つありますの』


 本部と同時に襲撃。つまり、敵の狙いとして、本部と同格に見られている場所。


 そして月子が行くべき場所。


 その心当たりが、一つだけあった。




『伊澄本家が、魔術師の襲撃を受けているそうです』




 声が遠く聞こえた。


 そしてこの状況と本部の襲撃を考えれば、新世界トライオーダーの思惑が見えてくる。


 敵は、対魔官という日本の守護を、完全に破壊するつもりだ。




     ◇   ◇   ◇




 本部のロビーでは二人の男が向かい合っていた。


 土御門と吸血鬼だ。


 一刀にて首を落とされたはずの吸血鬼は、平然と頭を拾い上げ、首につなげたのだ。頭上のHPバーがわずかに減っていたが、緑色のゲージは少しずつ元に戻っていく。


 吸血鬼らしい再生能力だ。


 二人は、互いに薄ら笑いを浮かべて歩いていく。


 吸血鬼といえば西洋を中心に世界中で広く知られる怪異の王である。不死に剛力、身体を霧や蝙蝠こうもりに変化させる異能。


 銀の弾丸や杭、日光によって殺すことが可能だと言われているが、それを易々やすやすとできないから怪異の王なのだ。


「ああ、君たち。ここは僕がなんとかするから、早く逃げなよ」


 土御門は受付嬢たちにそう声を掛けながら、散歩でもするような気軽さで歩いていく。


 受付嬢たちは慌てて逃げていく。


 吸血鬼もさかきもそれを追うことはしなかった。


 誰もいなくなったロビーで、土御門と吸血鬼が無造作に互いの間合いに踏み込んだ。まるで旧知の友人のように、視線を合わせて笑いかける。


 次の瞬間、吸血鬼の腕が振り上げられ、その腕を土御門が斬り飛ばした。鞘走さやばし鈍色にびいろの刀身が、血に濡れて怪しく輝く。


「――ッ‼」


 腕が飛んだ程度で吸血鬼の動きは止まらない。空いた手を土御門の腹に向かって突き刺そうとする。


 しかしそれはできなかった。


 ずるり、ともう片方の腕も肘から先が地面に落ちていく。


 吸血鬼の視界がずれ、肉体の制御が効かなくなる。それも当然だ。吸血鬼の身体は、血飛沫と共にばらばらとサイコロ状に崩れた。


 土御門は剣士ではない。太刀を用いるが、その本質は魔術師だ。


 故に、太刀の一振りが単純な一閃とは限らない。


「‥‥やっぱり、この程度では死なないか」


 肉片と化した吸血鬼を見下ろしながら、土御門は呟いた。その答え合わせをするように、肉も骨も、血の一滴に至るまでが霧となって消えた。


「シィィィィ」


 背後で聞こえる息遣い。


 死の諸手もろてが確実に迫る。


 土御門は振り返りもせず、太刀を逆手に持って背後に突き刺した。


 切っ先が吸血鬼の腹を貫き、刀身に刻まれた術式が発動する。


 ゾンッ‼ と吸血鬼が螺旋状らせんじょうに切り裂かれた。


 吸血鬼はすぐさま霧状に変化し、再生しようとする。土御門は左手の鞘を捨てながら、一枚のカードを取り出す。それを手の中で回すと、反転するようにしておうぎが現れた。


 土御門は霧に向けて扇を振った。


 扇を起点に、大気が爆ぜてロビーの中に嵐が吹き荒れる。


 霧を吹き飛ばして、再生を阻止するつもりだったが、次の展開は想像とは異なっていた。


 部屋の中に散った霧が、赤く染まる。


 部屋そのものが血に沈んだかのような異質な光景。


 赤い霧は無数の牙となり、土御門の全身に食らいつかんとした。


 避ける場所のない、鉄血の処女アイアンメイデン


「服が汚れるだろ」


 土御門は太刀を床に突き刺し、カードを取り出した。


 それは青白く光り、冷たい炎、『鬼火』となった。


 鬼火を扇に乗せ、振るう。


 木生火もくしょうか。風はもくの気を持ち、鬼火は風を食らって猛々たけだけしく、膨れ上がる。


 血の牙を飲み込み、鬼火はロビーを焼き尽くした。


「――ゥォォオオオオ⁉」


 炎に巻かれ、吸血鬼が転がり出た。


 HPバーは現状で半分近くが削れている。むしろ、ここまでして半分しか削れていないというべきか。並の怪異ならとっくに死んでいるはずだ。


 土御門は太刀を引き抜き、吸血鬼に向かって歩いていく。


 煙を上げながらもぞもぞと動く吸血鬼は、死にかけの蟲のようだった。


 とどめを刺そうと太刀を持ち上げた時、死体同然だった吸血鬼が跳ね起きた。全身に血の鎧を身にまとい、両手を突いてくる。耐久力を高めることで太刀の斬撃を防ぎ、押し切るつもりだろう。


 自身の並外れた生命力と、再生能力を利用した特攻だ。


 まさしく吸血鬼らしい戦い方だ。


 しかし自分の策を通さんが故に、土御門の変化には気付いていなかった。手に持っていたはずの太刀と扇が消え、一振りの野太刀のだちになっていることに。


「『血風羽団扇けっぷうはねうちわ』」


 嵐の斬撃が精緻なる暴虐をもって、吸血鬼を刻んだ。これまでのような生易しい切り口ではない。えぐり、削り、開き、引き裂く。鎧などなんの障害にもなりはしなかった。


 ただひたすらに、死ぬまで殺す。


 斬撃は一切の抵抗を許さず、吸血鬼の体力が消え去るまで吹き荒れた。

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