第395話 銃対槍 三
タリムは過去に勇輔と戦い、その攻撃を途方もない数受けている。そしてタリムの魔術『混生万化』は、あらゆる対象に適応する根源の泥だ。
しかしその力をもってしても、勇輔の『我が真銘』に至ることはできなかった。
故に、カナミの持つ現代知識が必要だった。ただのイメージだけでは到達できない場所で作られたものが、この『
結果、五メートル近い大きさにまでなったそれは、まさしく巨大ロボットのようにも見えた。
「『さあ、行きますわよ』」
黒光の中にいるカナミが腕を横に振った。
ギャンッ! と重苦しい金属音を奏でながら、腕に格納されていた剣が展開される。
「今度は巨人の真似事か。的がでかくなっただけだ」
「『では当ててみることですわね』」
「無論」
言葉と共にルガーの槍が飛んでくる。
彼の言う通り、魔術師同士の戦いでは、身体が大きくなったからといって有利とは限らない。そもそも質量で押し潰せるような相手なら、とっくに魔弾の弾幕で倒せている。
つまりこの『
「『遅い』」
槍がカナミに到達しようとした時、
その巨体からは信じられないほど静かに、滑らかに、その場から消えていた。
「むっ⁉」
横。
槍を突いたばかりのルガーの真横に、
「『
ゴウッ‼ と刀身が周囲の大気を吸い込み、内部で激しい燃焼を起こす。
そして炸裂した。
熱と光をまき散らしながら
「無駄である‼」
ルガーは盾を広げ、それらを全て跳ねのけた。
「
そして再び引き絞った槍を放つ。
先ほどよりも近距離からの一撃。
しかしそのカウンターも虚しく空を
「なに?」
「『どちらを見ておりますの?』」
ゴッ‼ と無防備なルガーの背中に
当然のように盾で弾かれるが、ルガーの槍もまたカナミを捉えることはできない。
――速い。
盾と槍を絶え間なく発動しながらルガーは舌を巻いた。身体が大きくなれば、その分動かすためのエネルギーは増える。初速からこれだけの速度を出すためには途方もない魔力が必要になるはずだ。
古来から伝統の術式を受け継ぎ、それをひたすらに極め続けたルガーにとって、それは異様な魔術であった。
彼は知らない。科学技術の発展はエネルギー利用の進化だ。
小さな力を何倍にも増幅する技術。無駄になっているエネルギーを転用し、掛け合わせ、道具はそれを最高効率で使用する。
故にこの
「『いくら魔術が強かろうと、それを使っているのは人間。魔術を切り替えて使い続ければ、どこかでラグが生じますわ』」
一撃一撃、当たれば人体など微塵に粉砕する威力。ルガーは防御をせざるを得ない。そして同時に自分から仕掛けなければ、ミスが起きる瞬間まで延々と攻撃を受け続ける。
「笑止」
ルガーは盾を地に突き刺し、一気に魔力を放出する。
攻撃を避けられるというのなら、全方位を殲滅すると言わんばかりに、魔力の盾が広がり続けた。
ルガーを中心に円状にあらゆるものが塵に還る。真の
しかしそう来ることは読んでいた。
カナミは
そして見極めた。
「『ここまでが限界ですわね』」
「『この空間そのものを消し飛ばせる力があるのならば、初めからそうしていたはずですわ。魔術の効果範囲に限界があるのでしょう』」
「‥‥存外に良い目をしている」
「『あなたの魔力がどれほどかは分かりませんが、崩れるまで付き合っていただきましょうか』」
「『
光の柱が瞬きの間に駆け抜け、ルガーが新たに展開した盾と衝突し、消えた。
これまでなら槍で相殺するか、盾を全方位に展開していたはずだ。それを局所的な盾に切り替え、対応した。
いくら優秀な血統であり、天才的な魔術師であったとしても、個人である以上限界はある。
「『気のせいかしら、顔色が
「
実際にはルガーの顔色など、兜で見れはしない。
しかしその声色には確かな疲弊が感じられた。
押し切れる。
そう判断し、踏み込もうとしたカナミは得体の知れない悪寒に襲われ、踏みとどまった。
『シャイカの眼』が何かを捉えたわけではない。
この一年間で鍛え上げられた危機感が、直感となって脳を焼いたのだ。
そしてその判断は正しかった。
ルガーが膝を折り、
「この醜態、この無様。何が
ルガーからこれまでにない魔力の昂りが起きる。
まるで塔。
見るものの目に、決して折れぬと主張する魔力の柱が
何が起きようとしているのか、瞬時に理解したカナミは叫んだ。
「『タリム‼︎ 構えなさい』」
『これは──⁉︎』
ゆっくりとルガーが立ち上がった。
大気が歪み、世界の輪郭がねじ曲がる。
それは魂の根源が世界に
「沁霊術式──解放」
言葉と槍が構えられる。
同時にルガーの周囲に何百本という透明の槍が浮かんだ。見えないはずなのに、あまりに濃い魔力が視覚を超えて脳にダイレクトに情報を伝えてくる。
逃げなければいけない。
それが分かっていても、動けない。
──どこに、逃げ場が──。
「『
無慈悲な破壊の槍が、カナミの視界を埋め尽くした。
まるで子供が砂場に線を引くようにあっけなく、大地は
谷が生まれ、穴が開き、歪んだ地面が傾く。そこに生えていた樹木は塵と消えるか、土砂と共に流れるか、ドミノを崩すかのように、簡単に地形が変わる。
既に魔術として一種の完成を見ていた『
もはや元が森だったとは思えない光景を見ながら、ルガーが言った。
「まだ生きているとは、その執念深さには
「『‥‥照準が、甘いのですわ‥‥』」
崩れた大地の上に、
装甲の多くが削り取られ、内部構造が露出している。左腕は半ばから存在せず、傷口からは硬質化を保てなくなった黒い泥が血のように流れ落ちていた。
『
それでも半死半生。
少なくとも、先ほどまでのような攻勢を仕掛けるのは不可能に見えた。
「もはや手札は切り尽くしたであろう。我が槍を前に数秒でも耐えられたことを誇りに、死ぬが良い」
再度構えられる槍。
「『冷静に、よく見て当ててくださいな』」
「強がりももはや哀れよ」
「『淑女の誇りは、槍では砕けませんわ』」
「空であれば避け切れるとでも思ったかね!」
飛び上がった
先の攻撃よりも、さらに多い槍の群れ。
羽虫の一匹すら逃さないという壁を前に、カナミは
何重にも分厚く組み合わされた盾はカナミを守ろうとするが、そんなことは意に介さず、槍が全てを飲み込んでいく。
それが目前まで迫った時、カナミはうっすらと笑った。
「見事ですわね」
彼女のはるか眼下。
ルガーの足元に、一本の矢が立った。
意識の間隙を縫う完璧なタイミングで、完璧な場所にそれは突き立ったのだ。
ルガーがその存在に気づいたのは、その矢が役割を果たした瞬間だった。
「沁霊術式――解放」
彼はただ一人、誰とも知らぬところで呟いた。
ルガーとの戦いが始まってからこの瞬間まで、彼はただ座していたのではない。
獲物を射るこの時を、ただひたすらに集中し、待ち続けた。
「『
矢を始点にチャックを開くようにして、影がルガーの足元に広がった。
これが矢による直接的な攻撃であれば、ルガーは即座に反応し、矢を弾き飛ばしていただろう。
しかし矢が作用したのはルガーではなく、彼の立つ地面。
上空に向けて沁霊術式を放っていたルガーは、足元の影に対して攻撃すべきか、矢に対して攻撃すべきか判断を迷った。
そして一瞬の迷いは生死を分かつ。
「おのれ――‼」
すんでのところで『
それもそのはずだ。そこにあるのは影であり、実体があるわけではなかった。
ネスト・アンガイズの魔術は『
そしてその沁霊術式は、対象を影の世界に落とす。
獲物を永遠に見失うその術式は、狩人が扱うものではない。
本来ネストがこの領域に至るには、数年の修行と実戦経験が必要不可欠だった。
そんな彼が沁霊術式を解放できたのは、聖女に刺された『天剣』が、その才能をこじ開けたに他ならなかった。
ネストは狩人としての誇りよりも、
「沈め、永遠に」
カナミに当たる直前で槍は消え、ルガーは影の中に沈んだ。
そして黒い口は完全に矢に戻り、そこにはルガーが立っていたことを示すように、きれいな地面が残されていた。
◇ ◇ ◇
「‥‥終わりましたわね」
地面に降り立ったカナミは
実はルガーと戦うことになった際、初めからネストの沁霊術式を使うことが案の一つとしてあった。
ルガーは攻撃と認識したものを問答無用で拒絶する。
つまり攻撃として認識されなければいい。
そう、例えば今回のように別の空間に閉じ込める場合、魔術はルガー本体には作用しない。
カナミが前に出て戦ったのは、ネストに意識を割かれないようにするためだ。
「‥‥ネスト様、素晴らしい
『よしてくれ、ください。あなたの力がなければ不可能だった』
通信機を通してネストの返答が聞こえた。
「謙遜するものではありませんわ。沁霊術式に至れる魔術師は
『俺がこの術を使えたのは、メヴィア様とベルティナのおかげだ‥‥です。ただの狩人にその名はあまりに重い』
「地位に
実戦で初めて使う沁霊術式を、敵に悟らせず準備し、完璧なタイミングで撃ち込んだのだ。
ルガーの警戒が
その意識の隙を通したのだから、ネストの技量は一級である。
ふぅ、とカナミはもう一度息を吐き、奥の森を見た。
「ネスト様、奥に扉がありますわ。進めますか?」
『‥‥正直、立つのもきついが、もう少ししたら動けるようになる、ます』
「そうですの。それでは先に行って道を確保しますわ」
無理に敬語を使わなくてもよろしいのに、と思う反面、皇族であった立場を鑑みれば、そうも言い辛い。
別段身分を明かしたわけではないが、世間知らずのネストであっても、カナミが一般庶民でないことは一目で分かった。
皇族という身分を
ただその地位故に、どこか一線を引かれてしまうことは寂しい。
思えば、この半年はそれを感じることはほとんどなかった。
(戻れば、そうはいかないですわよね)
扉の先に進むということは、戦いが終わるということは、この生活との、勇輔と別れるということだ。
それでもいいと思っていた。
戦士として彼の役に立てるのであれば、それが自分の本望だと。
『私がっ、ユースケさんの隣に、いられたんじゃないかって――』
あの雨のクリスマスに、リーシャの涙を見るまでは。
あれは過去の自分だ。
あるいは直視することをやめた今の自分。
「未練がましいものですわね」
そう呟き、
この先にあるのが大切な人との別れであったとしても、自分の意志で進むのだ。
それがカナミ・レントーア・シス・ファドルという少女の
「リーシャ、ユースケ様、今行きますわ――」
扉は『シャイカの眼』で捉えている。その道までに敵の影はない。
あとは歩いていき、扉を開けるだけだ。
(開ける、だけ)
思考にノイズが走った。
ルガーは何と言っていたか。たしか、そうだ。
『あの扉は我輩たちが錠前の役割を果たしている。我輩を倒すことができれば、扉は開く仕組みだ。そんなことは、不可能だがな』
「そんな、馬鹿な」
扉は開いていない。
それが意味するところはつまり。
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