第394話 銃対槍 二
◇ ◇ ◇
地面に引かれた直線に、ここまでの恐怖を感じることはない。
ヴィンセント・ルガーが槍を突く度に、愚直な破壊の跡が刻まれる。もはや森はルガーを中心に集中線を引いたかのような有様だった。
攻撃が曲がることも、分散することもない。攻撃のモーションは分かりやすく、ルガーの動きも捉えられる。
いくら不可視かつ強力な一撃であっても、対応は楽な部類だ。
そう、どうとでもなるはずなのだ。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
カナミの周囲には魔道具の破片が散乱し、彼女自身も額に大粒の汗を浮かべて荒い息を吐いていた。
どうにもならない。
ありとあらゆる防御が用をなさず崩壊させられる。
知識の泉を注ぎ、技術の粋を集めて作ったはずの魔道具は、かすり傷の一つも負わせられない。
「
ルガーは初めの場所に立ったまま、カナミを
最強の矛と最強の盾。
単純明快な魔術は、まったく崩す隙を見せなかった。
(純粋に火力を上げるだけでは、意味がないですわね‥‥)
どんな攻撃も結果は同じだった。全て弾かれ、吹き飛ばされる。
直立し、呼吸をし、目で物を見ている以上、あらゆる外的刺激を弾き飛ばしているわけではない。全てを弾いてしまえば、重力も酸素も光も音も届かないのだから。
つまりルガーの魔術は、弾くものを自身で選択しているはずだ。
かといって閃光弾や毒ガスといった搦め手も大して効果はなかった。
自信に危険があるかないかを何かで判断しているのか。それとも自分の生命維持に必要なもの以外は問答無用で弾いているのか。
どちらにせよ無茶苦茶な魔術だ。
しかし何よりも恐れるべきは、その性質ではない。
「
ゴッ‼ と飛んでくる槍を横っ飛びに
さらにそこへ攻撃が連続して放たれた。槍と言っても、その攻撃は点で飛んでくるものではない。トンネルほどの幅がある攻撃なのだ。
避けるのにも相当な速度と距離が必要になる。
大規模な森林破壊を終え、ルガーは槍を止めた。
それは限界が来たのではない。
「我輩は狩りをしにきたのではないのだが。もう手品の種は尽きたかな」
「‥‥」
攻撃を止めたのはただの気分だ。
逃げ惑う兎を追い詰めて殺すのはわけないが、それでは気分が悪いという、くだらないどころか、毒にさえなる傲慢。
それがルガーには許される。
(どんな
ルガーと戦っていて真に恐ろしいのは、化物じみた魔力量だ。
これだけの魔術を連発して尚、少しの疲弊も見られない。魔族どころか、
四英雄でさえ魔力量では魔族には敵わない。
だというのに、何故地球の魔術師がこれほどの魔力量を持っているのか。
「不思議かね、地球人である我輩が強大な魔力を持っていることが」
「‥‥ええ、そうですわね。一体どんな修練を積めばそれ程の力を手に入れられたのでしょう」
「修練? そうだな。我輩とて鍛錬を怠ったことはないが、それだけでこの力が手に入るわけではない」
「あなた自身の力ではないと?」
この
「我輩の力とも言えるし、そうでないとも言える」
「つまらない謎かけをする気分にはなりませんわね」
「我輩たち
「‥‥
アステリスでも王家や貴族の家では、優秀な魔術師の血を取り入れるのは当たり前の話だ。
カナミも王族、その手の話は実体験としてよく知っていた。
ルガーはゆっくりと首を横に振った。
「思想としてはありきたりのものであったとしても、それをどれ程の質をもって行えるかが重要なのである。魔力、知力、体力、精神力。ありとあらゆる面において最優と呼ばれる物だけが、我がヴィンセント家に迎えられ、主君より
「随分と己の血統に自信がおありですのね」
ふっと兜の向こうでルガーが頬を緩めるのが分かった。
「そう聞こえたかね。魔力量に関しては、この歴史が事実であるというだけだ。しかし、自信は違う」
ルガーは槍の切っ先をカナミにピタリと向けた。
相当な重さがあるはずのそれを片手で、まったくぶれなく支える。
「自信とは、自らを信ずることである。我輩は主君の理念と、それを信じる己が心に一片の曇りもない。故にこの盾、この槍は砕けぬ。貴様が何をどうしようと、いずれこの槍に貫かれる運命にあるのだよ」
妄執だ。
ルガーから感じるそれは確かに曇りなき純粋な想いである。
しかし純粋だからといって、綺麗なわけではない。
誰かに憧れ、届かないと知りながら後を追い続けるその様は、はた目に見れば無様で、
――エリス様とは違いますわね。
カナミは自嘲するように口の端を歪めた。
彼女のそれは対等な関係での献身だ。だからこそ、時には
ルガーはただ主の歩いた道を何も考えず追従するだけだ。
「信じる」という都合の良い言葉に隠された、思考放棄。
カナミにはそれがよく分かった。
何故なら自分もそうだったから。
勇輔のすることに間違いはない。勇輔なら必ず道を切り開いてくれる。
そう思っていた。
ランテナス要塞攻防戦やラルカンとの戦いでそうだったように。
「本当に、馬鹿ですわね‥‥」
愚かな自分を責める気にもなれない。
ただ当たり前のことに気付かなかった愚かさに呆れる他ない。
山本勇輔は、人間だ。
あの白銀の鎧の下で苦しみ、涙を流し、失敗し、
恋が盲目なら、憧れは幻想だ。
しかもそれを無意識に押し付けるのだから、余計にたちが悪い。
カナミはこの半年で彼を見続けた。等身大に現実を生きる山本勇輔を。
その上で彼のためならば何も惜しくはないと、思えるのだ。
疲労に重くうなだれた首を立て、凛と前を向く。
「よく分かりましたわ。あなたの正義は理想以外の
「であれば、何かね。正義などすべからくは自己実現であろう」
「その狭い
言ったところで理解はしない。
ならせめて、その信念を真っ向から否定しよう。
「タリム、
『‥‥あれ、ですか』
「ええ、覚悟なら決めてきましたわよね。あれこそが、ある意味であなたの最高傑作とも呼べるものではありませんの」
『
カナミの中で、魔力が高速で回り始める。『
魔族と一心同体など、あり得ない話だ。
しかしこの魔道具は、タリムの力なしには実現はあり得ない。
真正面から彼と戦い、その力を魂に刻み込まれたタリムだからこそ、実現可能な魔道具。
カナミとタリムが今到達できる、最高傑作。
ゴシックドレスの至る所から、黒いパーツが放たれ、周囲に浮いた。それらは形を組み替えながら、複雑な魔術回路を作り上げる。
その量は、『
「装着」
カナミの一言に合わせ、展開されていたパーツが一気にカナミの全身を覆う。
ドレスの内側で同様に組み立てられていた内部構造とパーツが噛み合う音が微かに響いた。
現れたのは、機能美を突き詰めた黒の鎧。流麗かつメカニカルな様相は明らかに近未来的でありながら、どこかクラシックな雰囲気も感じさせる。
それが何をモチーフにして作られたものなのかは、誰の目にも明らかだった。
「起動――『
まるで勇者『
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