第159話 俺、また何かやっちゃいました?

     ◇   ◇   ◇




 夜風に微かに秋の香りを感じた。未だ残暑厳しい時期だが、夜は少しずつ顔色を変え始めている。寒さを増せば、いずれ本格的に葉も色づくだろう。眼下で流れゆく街の光も、どこか寂寥感が漂っていた。


 夏が終わる。それは、神魔大戦の終わりが刻々と近づいているということだ。


 暗闇の中、建物から建物へと飛び移りながら、俺はカナミの話を思い返していた。


 妙な動きねえ。


 メヴィアがわざわざ俺へ言伝をしたということは、間違いなく何かが起きる。


 あいつは我が儘で傍若無人で、底意地の悪い人格破綻者だが、意味のないことはしない。いや、意味ないこと結構するけど、大事なところでおかしなことはしない。多分。


 しかしこうして毎夜、街を走り回っていても、何かが起きている様子はなかった。


 あいつも何か知ってるなら、もう少し具体的に教えてくれりゃいいのに。




「あ、お帰りなさいユースケさん」


 一通りの見回りを終えて帰ってきた俺を、リーシャが出迎えてくれた。


「お風呂沸いてますから、入ってくださいね」


「おお、ありがとう」


 リーシャはラルカンの一件があってから、これまで以上に家事に精を出すようになった。今までも頑張ろうとはしていたものの、最近はそれに輪をかけて頑張っている。


 しかしカナミに師事しているのに、いまだ料理の腕だけは上がらず‥‥我が家の七不思議である。


 リーシャに勧められるまま風呂に入って出てくると、リビングでカナミとリーシャが何かを熱心に見ていた。


「何見てるんだ?」


「お疲れ様でございました、ユースケ様。今お茶を淹れますね」


 カナミが立ち上がり、パタパタとキッチンへ駆けていった。いつもすまないねえ。


 一人残ったリーシャが顔を上げた。


「このあいだ片づけをしていたら、これが出てきたんです」


「‥‥これって、崇天祭のパンフレットか?」


 リーシャが机に広げていたのは、去年の崇天祭のパンフレットだった。表紙はアニメチックな男女がダンスを踊っていて非常に楽し気である。そういや、捨ててなかったんだっけ。


「これが前から皆さんが言っていたお祭りなんですよね!」


「そうだよ。文化祭って言ってな、いろんなサークルが出店を出すんだ。三日間でミスコンとかクイズ大会とかやったり、去年はアイドルがライブしてたな」


「みすこんですか? アイドルは知ってますよ!」


 君、暇な時めっちゃテレビ見てるもんね。なんなら俺より芸能人に詳しいし。


「あー、ミスコンっていうのは、奇麗な女性を選ぶコンテストだよ。優勝すると豪華景品がもらえたり、いろんな特典がついてくるから、結構参加する人多いんだ」


 このご時世、ミスコンもいろいろ言われてはいるみたいだが、今年もやるのかね。去年は諫早いさはや先輩がベストフォーになり、大変盛り上がった記憶がある。ちなみに優勝は女優志望のモデルさんで、準優勝はダンス部の人だった。なんだかんだ、魅せ方を知っている人は強い。


 優勝者以外にも景品が用意されていたり、所属サークルの宣伝にもなったりと、崇天祭のメインイベントの一つだ。


「そういうお祭りもあるんですね。奇麗な女性なら、カナミさんや紫さんが出れば、優勝間違いなしですね」


「お、おおう。そうだな」


「あなたが言うと、どうにも嫌味に聞こえてなりませんわね」


 紅茶を淹れてきてくれたカナミが、俺たちの前にコップを置いてくれた。わざわざアイスティーにしてくれたらしい。


「ノンカフェインのハーブティーです。ホットがよかったでしょうか」


「むしろアイスが飲みたい気分だった」


 火照った体に、爽やかな清涼感が心地よい。


「嫌味じゃないですよ⁉」


 思わぬことを言われたとばかりにリーシャが声をあげた。近所迷惑だからやめなさい。

 カナミは静かに座った。


「そのつもりがないことくらい分かっていますわ。単純に、あなたがそういうことを言うと、嫌味にしか聞こえないと言っているのです」


「え、どうしてですか?」


 驚くリーシャだが、俺はカナミの言葉に賛成だ。


 その顔でその言葉は、嫌味と言われても仕方ない。もしもリーシャがミスコンに出たら、間違いなく優勝する。カナミも奇麗だけど、リーシャが出ては流石に分が悪い。笑って手振ってるだけでも、下手すりゃ九割の票を独占するだろう。企画殺しにもほどがある。


 顔もそうだが、聖女ってのは纏っている空気が普通の人とは少し違う。皇族のカナミもそこらの人とは明らかに違うけど、リーシャは別格だ。


 それが人を惹きつける。


 多分外見だけでリーシャと真っ向勝負できるのは、完全聖女ばけのかわモードのメヴィアか、シャーラくらいのものだ。


 むいーっと悩むリーシャを置いて、カナミがパンフレットのページをめくりながら口元を緩めた。


「ミスコンはともかく、学生のお祭りというのは面白いですわね。祖国を思い出しますわ」


「ファドル皇国でも文化祭みたいなものがあったのか?」


「ええ。出店を出すというよりは、魔道具の発表がメインでしたけれど。一年間の集大成を華々しく紹介するのですわ。工房主や貴族も多く見に行くのです。毎年新たな工夫が見れて、とても盛り上がりますの」


「へー、それは見てみたかったな」


「機会があれば是非。その時はご案内させていただきますわ」


 カナミは瞳をキラキラさせてうなずいた。


 俺がいたころは神魔大戦の最中だったから、そういったお祭りには中々参加できなかったんだよなあ。戦勝会だとかパレードだとかはよくあったが、あれって肩凝るから好きじゃないんだよね。


 俺基本立ってるだけだけど。誰よりも輝く置物、どうも勇者です。


「じゃあ今回は俺が案内だな。文芸部の売り子もしなきゃいけないけど、それ以外は案内するよ」


「よろしいのですか?」


 その問いは、忙しいのに、と神魔大戦の最中なのに、という二つの意味だろう。


 カナミの気持ちも分かるけど、息抜きは適度にした方がいい。どれだけ頑強な弓も、張り詰め続ければいずれ弦が切れる。


 特にリーシャは囚われたばかりだし、ここ最近、カナミもふとした瞬間に思いつめた顔をしているのをよく見る。


 戦いに負けたんだから、思い悩むのは当然だ。負けた戦士に存在価値はない。戦術的な敗北が意味をもつ兵士とは、そこが大きく違う。


 こうして平静を装っていても、その内側では後悔と不安に押し潰されているはずだ。


 それは俺にどうこうできるものじゃない。時間をかけて、己で乗り越えなければならない。


 だから強引にでもお祭りには連れていこう。


 気持ちが前を向けば、どうにかするだろう。カナミは強いから。


 そんなことを考えていたら、携帯が震えた。


 どうやら誰かから連絡が来たらしい。こんな夜に誰だ?


 そう思い携帯を手に取ってみると、そこに映っていたのは、『加賀見さん』という名前だった。


 えー、俺またなんかやっちゃいました?

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