第40話 大学生の飲み会といえば、コールとゲーム

それから暫くリーシャのフォローをしつつ陽向たちとの雑談を楽しんだ。未だに間接キスショックのせいか、陽向とリーシャの目は怖かったが、大抵の問題は時間が解決してくれる。時間って偉大。


 そんな折、ハイボールを飲んでいた会長がいきなり声を上げた。


「よし、場も温まってきたし、そろそろゲームするぞ!」


 ゲーム?


「いきなりなんですか会長」

「リーシャの歓迎会なんだろ? だったらただ飲むだけじゃなくてゲームがあった方がいいじゃないか」

「会長がまともなこと言ってる‥‥、もしかしてソフドリ飲んでます?」

「松田と同じような扱いは流石にムカつくぞ、勇輔」


 ギロリと会長の目が細められる。うん、今の会話の中で「流れ弾が‥‥いい!」と喜びに喘いでいる変態と似たような扱いは流石にないな。


 そんな変態が、パンと手を打った。


「まあ元々総司とも話してゲームは予定してたんだよ。折角の歓迎会だしね」

「本当に簡単なゲームだけどな」


 既に三合目の日本酒に入っている陽向が手を挙げた。


「何するんですか?」

「みんなもよく知ってるゲーム、『古今東西』をやろうかなって」


 古今東西か。簡単に言えば、リズムに合わせてお題に沿った物を挙げていく、ただそれだけのゲームだ。シンプルなルールながら、ゲームの難易度がお題によって変化するので、意外と盛り上がる。


 酔ってる時は頭空っぽでもできるくらいのゲームがちょうどいいのだ。


 飲み会の時のゲームとしてはメジャーだけど、


「リーシャには厳しくないか? お題によっては一個も答えられんぞ」


 古今東西は皆がある程度知っているお題じゃないと面白くないが、リーシャでは分からないものが多すぎる。かといってお題を簡単にしすぎるとつまらないし。


 すると、松田がちっちっちと指を振った。何、折っていいの?


「その辺はちゃんと考えてるって。あ、会長、例のもの持ってきてもらえました?」

「持ってきはしたが、何に使うんだ、こんなもの」


 そう言ってカクテルを飲んでいた会長がバッグから取り出したのは、一枚の紙だった。松田はそれを受け取ると、満足そうに頷いた。


「なんだ、それ?」

「ふっふっふ、これは今回のリーシャちゃん用カンニングペーパーだよ」

「カンニングペーパー?」


 高校と違い、大学では意外と聞く回数の多い言葉である、カンニングペーパー。勿論バレた場合はその学期の単位は全て無くなり、留年が確定するが、講師によってはテスト中の監視がザルなので、やってる奴も少なからずいる。


 ただ最近は誰でもスマートフォンを持っているため、カンニングペーパーを使う人間は少ないけど。必殺技、『シャイニングニー』はお手軽だが、バレやすさもその分高い諸刃の剣である。


 松田は言葉通りその紙をリーシャに手渡した。


 えーと、なにが書いてあるんだ。


「‥‥文芸部名簿?」


 その紙には、文芸部に所属するメンバーの名前が並べられていた。何に使うんだ、これ。


 説明しろと松田を目で促すと、松田は腕を組んで得意げに言う。


「今日はリーシャちゃんの文芸部歓迎会だからね。リーシャちゃんは自分の番が来たらリズムに合わせてこの名簿の名前を言えばオーケーってわけ」


 おおう、松田にしては珍しくいい案だ。そう思ったのは俺だけではなかったらしく、陽向も意外そうな顔をした。


「ゲームを通してサークルメンバーの名前を覚えようってわけですか?」

「そういうことですよ陽向ちゃん」

「松田さん、ちゃん付けキモイです」

「ふぉー!」


 最後の一言がなければ完璧だったのに‥‥。


 いつも通りの松田に嘆息していると、クイクイと袖を引かれた。


「あの、ユースケさん、ゲームとは一体なにをするのでしょうか」

「ああ、簡単に言うとリズムに乗ってお題に沿った物を言うゲームなんだが‥‥とりあえず俺たちで一回やってみるから見ててくれ」


 リーシャは「分かりました!」と拳を握る。そんな気合い入れるようなものでもないけど。


「罰ゲームはなににするんだ?」


 会長の言葉に、総司が反応した。


「無難にグラス一杯一気飲みでいいんじゃないか?」


 まあ、飲み会の定番と言えば定番だし、それでいくか。


 全員に飲み物があることを確認していると、視界の端で月子の手が上がった。


「‥‥私はそういうのは」

「おいおい月子ー、まさか飲み会に参加してゲームに参加しないわけないよなあ? 罰ゲームが嫌ならソフドリでもいいんだぞ?」


 月子が駄目な大人に絡まれている‥‥。ただ会長の言っていることも一概に間違っているわけではないので、あそこは放っておこう。俺が絡んでも碌なことにならなさそうだし。


「じゃ、僕から行こうかな」


 松田が手を挙げた。結局月子も参加するらしい。


 となると時計回りで松田、陽向、俺、総司、月子、会長の順番だな。酒は強くないし、ここは負けられない。


「松田から始まる古今東西! お題は『酒のつまみ』!」


 パンパン!


「焼き鳥!」


 パンパン!


「いぶりがっこ」


 渋! 陽向さんチョイス渋!


 パンパン!


「刺身」


 パンパン!


「もつ煮」


 パンパン!


「‥‥出汁巻き卵」


 パンパン!


「人の不幸話!」

「アウトぉぉぉおおお!!」


 さらっと何言ってんだこの人! 


 会長は不満そうに唇を尖らせた。


「む、なんだ、私の答えになにか問題があるのか?」

「むしろ問題しかないでしょう。食べ物の流れからなんですか、いきなり不幸話って」

「お題には沿っているだろう?」


 酒のつまみで、人の不幸話。たしかにお題に沿っていると言えば沿っている。あくまで間違っていないっていう灰色のラインではあるけれど。


 総司が溜息を洩らしつつ言った。


「確かにお題としちゃ間違っちゃいないな。今回はお前のミスだ、勇輔」

「ほれ見ろー!」


 会長が手を叩いて喜ぶ。うわー、納得いかねえ。


「まあ俺も今の答えは流石に人としてどうかとおもったけどな」

「ガハッ!」


 総司の言葉に会長が胸を抑えて崩れ落ちた。自業自得過ぎる。もう少し恋する乙女らしくしおらしくしてればいいのに。


 ただミスはミス。仕方ない。俺はビールの入っているグラスを取って一息に飲み干した。


「あーー、キッツイ!」

「リーシャちゃん、ルールなんとなく分かりました?」


 一気飲みでクラクラする頭で隣を見ると、リーシャが真剣な目で陽向に頷いていた。


「はい、私はこの名簿の方の名前を呼べばいいんですよね」

「そうですそうです。ちゃんとリズムに乗らなきゃダメですからね」

「はい、頑張ります!」


 ん、ちょっと待て。


「そういえば、リーシャがミスした時はどうするんだ?」


 ソフトドリンク一気飲みさせるの? 聖女に? 女神聖教会の重鎮が聞いたら頭の血管が破裂しそうだな。


 松田が首を横に振った。


「いや、流石にそれは無しだよ」

「やっぱりそうだよな」


 なんだ松田、今日のお前は中々まともじゃないか。どうしたんだ? 一年に一回あるかないかの奇跡の日なのか。


「リーシャさんが失敗したら勇輔が飲むに決まってるじゃん」

「は?」


 何言ってんの、こいつ。

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