第251話 地獄の門

     ◇   ◇   ◇




 俺とシキンは小細工なし、正面からぶつかった。


 シキンは五体全てが凶器。拳は山を穿ち、蹴りは大河を両断するだろう。


 そしてそれらを柔軟な肉体と舌を巻く技量で叩き込んでくる。


 攻めているかと思えば受けに回らされ、受けていると思えば崩されている。


 これまで戦ったどんな魔術師とも違う戦い方だ。


 アステリスでの戦闘は、良くも悪くも魔術の腕がものを言う。


 あのラルカンでさえ、戦闘は魔術を主に組み立てていた。それこそ、肉体の技量だけで魔術を凌駕しようという狂人は、師匠くらいのものだ。


 シキンの強さは明確にアステリスの流儀とは異なる。


 『無窮錬むきゅうれん』という反則チートじみた魔術で肉体を強化しているが、攻撃方法は徒手格闘。


 地球の魔術師ってのも舐められないな。


 この状況になって、ようやく理解した。


 神秘を忘れ、魔術の発達しなかった世界。逆に言えば、それ以外の部分は驚異的な発展を遂げているのだ。


「考え事か?」


 すぐ近くでシキンが言った。


 同時にその肉体が溶けるかのように脱力した。注視していても見逃すほどに巧みに、骨の奥底から力が解ける。


 やばい。


 『雲雷鼓掣電うんらいくせいでん』。


 刹那飛んでくる、神速の貫手ぬきて


 踏み込みすらなく放たれた一撃は、鎧の脇ごと肉をえぐった。無から有へ。その落差の大きさを示すように、シキンの足元で床が割れた。


 ──いってぇ!。


 脱力と緊張の切り替えによって、身体の内側から力を生み出す技。理屈としては分かるが、規模が意味不明だ。銃の接射なら避けられるが、シキンのそれは雷か光を避けろと言われているに等しい。


 もう少し分かりやすい予備動作があればいいんだが、どんな体勢からでも打ってくるから性質たちが悪い。


 一度距離を取り、構え直す。シキンは追ってこず、俺を見て手を叩いていた。


「素晴らしい。もう今の技を避けられるようになったか」


 うるせえな。避けられてないだろどう見ても。肉削られてんだぞ。


 傷自体は、鎧で覆いかくし、魔力でなんとか止血できる。身体の内側に鎧を作るのと同じ技術だ。


 それでも痛みと、失った血肉は戻らない。


 まあ、代わりと言っちゃなんだが。


「『やはり千年分も背負っていると、多少は鈍感にもなるものか』」

「何?」


 首を傾げたシキンは、そこで気付いた。首筋を伝って流れる血の感触。


 手を当てれば、首に一筋の切り傷がついていた。致命傷には程遠い浅さ。


 しかし傷は傷。


 指先についた血を眺め、シキンはこれまでになく口角を上げた。


「‥‥まさか、技を避けながら一撃入れたというのか。あまつさえ、我が魔術を貫いて血を流させるとは」

「『入れたというには烏滸おこがましい。だが魔術の正体が分かれば、やりようはある』」


 人を斬ると考えるから斬れない。人を斬る、鋼を斬る、魔術を斬る。その全てが同じようで、まったく違う。必要な力、刃の立て方、魔力の込め方、適したやり方というものがある。


「『貴様が千年分の重みを背負うというのなら単純な話だ。俺はそれごと斬る』」


 どれだけの化物であろうと、人は人。血が流れているのであれば、心臓が動き、脳が命令を発している。


 ならば倒せない道理はない。


 『我が真銘』において、斬れないものはない。


「‥‥」


 シキンが再び首を指でぬぐうと、綺麗な肌が現れた。


 当然のように再生能力もある。身体を好き勝手変えられる人間だ、今更驚きもない。


「我が主よ。感謝しよう。これ以上なき修練の相手。我は更なる高みへと進める」

「『お前の認識が戦いであろうが修練であろうが好きにすればいいが、次の一撃は優しくないぞ』」

「そうだ。それでよい。我と共に高みへと昇ろうではないか」


 これまで自然体で戦い続けたシキンの身体が沈んだ。


 ──ゴッ‼︎


 三つの音が重なって聞こえた。


 一つ目はシキンが床を蹴った音、二つ目は真横に踏み込んできた音、三つ目は回し蹴りと剣とが衝突した音だ。


 剣の腹に肘をえ、全身で受けた。


 身体が吹っ飛んだ。



 防御の上から、蹴り飛ばされたのだ。


 どんな膂力りょりょくがあれば、そんなことが可能なんだよ。


 すぐさま体勢を立て直そうとするが、それよりも早く追撃が来た。吹き飛ぶ俺と同じ速度で、シキンが追ってきたのだ。


 打撃が飛んでくる。構えが取れていないせいで、完璧に受け切ることはできず、一撃ごとに身体を崩される。


 まずいな、足を止めたらなぶり殺しにされる。


 俺は全力で脚を動かし、攻撃を喰らう度に跳ねて間合いを管理しようと試みる。


 しかしシキンがそれを許してはくれない。確実にふところに踏み込み、ダメージを与えてくる。


 ボールじゃないんだ。好き勝手ドリブルするなよ。


 横薙ぎの手刀を、剣で受けた。これまでならそのまま崩されているところだが、今度はそうはいかない。


 手刀は剣に触れる直前に勢いを失い、ゆっくりとぶつかった。


 魔力の雨によって力を削る、『零剣ムオン』。


 このまま至近距離から『嵐剣ミカティア』へ繋げ、削る。


 俺の思いに応え、魔力が荒ぶり加速する。だが、その瞬間を見計らったように、シキンの手刀が形を変えた。


 魔力の波に乗り、腕が蛇のようにうねり巻き付いてくる。


 この状態から関節技⁉︎


 気付いた時には遅かった。到底人間の腕によって行われたとは思えない動きで、腕から肩を固められる。


 万力の如く鎧が締め付けられ、動かない。


 なんて力だ、こいつ!


「『毒竜諸鬼どくりゅうしょき』」


 直後、景色がぶん回った。


 違う、俺が腕を起点にシキンに投げられたのだ。それはもはや投げ技という領域を抜け出し、別の何かになっていた。


 ぐるぐると遠心力で内臓が潰され、三半規管が狂う。どちらが上でどちらが下かも分からない様な状態で、肉体が二転三転する。


 しかもこいつ、投げながら打撃を叩き込んでくる。まともな平衡感覚もない状態で飛んでくる拳は、豪雨を避けるより難しい。


「『‥‥っ!』」


 手を放された。


 全身いってぇし、自分がどういう状況なのかも分からない。


 ――しばらく平衡感覚は戻らないな。目を閉じ、全神経を魔力の感知だけに使う。


 それこそ思考よりも早く肉体が動くように。


 下方から莫大な魔力を感じた。空に投げられたのか、どおりで対空時間が長い。


 この魔力の高まり。次に来るのは大技だ。


 俺は目を閉じたまま魔力の方へ頭を向ける。必然足は空を向き、一拍後には天井に着地した。


 ビキィッ! と骨と天井に亀裂が走る音。砕けた人像の破片が雨のように降り落ちていく。


 それをも超える揺れが、部屋全体を襲った。 


 これまで肉体に圧縮されていたシキンの魔力が放出され、燃えるように広がった。


 四辻、悪い。自分の身は自分で守ってくれ。


 目を開くと、逆さまの世界でシキンが俺を見下ろしていた。


「まだ夢を見させてくれ、勇輔」


 魔力が形を取った。


 まるでこの世の怒り、不条理そのものを具現化させたような、悪鬼羅刹の集合体。その中心で、シキンが拳を握った。


 声が聞こえた。 


 ――光陰は矢よりもすみやかなり、身命はつゆよりももろし、いずれの善巧ぜんぎょう方便ほうべんありてか過ぎにし一日をふたたかえし得たる、いたずらに百歳生けらんは恨むべき日月なり。


「まさしく」




地獄鬼畜生じごくきちくしょう』。




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