第391話 新世界の真意
それは残酷な結末だった。
きっとそこに二人の意志はない。必要だったから、神として祭り上げられた。
「神魔大戦の歴史は分かった」
感傷的な気持ちになってもしょうがない。
もう終わった話だ。俺が何を思おうが、過去が変わるわけじゃない。
大事なのは、今と、これからの話だ。
「お前が地球に残ったのは、この『
アイリス──ユリアスは地球に残ることを選んだ。
ユリアスのことだ。きっとあの時には、二人が決裂し、神魔大戦が始まることを理解していたはずだ。
一緒に行けば、その未来を止められたかもしれないのに、残ったのだ。
「そうだね。私がアイリスとして転生した時点で、表立って動くことはできなかった。過去の改変あまりにもリスクが大きい」
「タイムパラドックスってやつか」
たとえばリィラとグレンが仲たがいしなければ、人族も魔族も生まれない。そうなれば、当然ユリアスも存在しなかったことになる。
だからユリアスも下手に動くことができなかったんだろう。
「私のすべきことはね、彼らの旅を見守ること。そして、私が死んだ後の未来について考えることだった」
今の言葉で出た私とは、目の前にいるユリアスではなく、俺が殺した魔王としてのユリアスのことだろう。
たしかにそれ以降の未来に関しては、まだ不確定なものだ。
ユリアスが動けるとしたら、そこしかない。
自分が突然消えるかもしれないという恐怖の中で、六千年間もひたすらに待ち続けるなんて、考えられない話だ。どんな精神力をしていたらできるんだよ。
「状況は分かった」
さて、本題はここからだ。
非業の運命を見届け、六千年を待ち、
「『
ユリアス、そこまでしてお前は何を望む?
お前の目は、一体何を見ているんだ。
ユリアスの目が、澄んだ光をもって俺を見た。
「魔族と人族にかけられた戦いの呪いはあまりにも根深い。エーテルの問題が解決しない限り、神魔大戦はこれからも続くだろう」
下を見ると、床が消えていた。
俺たちは空に浮かび、その下には古代の街並みではなく、近代的な都会が広がっていた。
これは地球の風景だ。
「そしてそれは地球も同じことだ。科学技術の発展によって文明は急激に発展したけれど、それも資源ありきのもの。いずれアステリスと同じ戦いの運命を辿ることになる」
眼下の
ビルが倒壊し、煙と火が街を赤黒く染めていく。
これは決してありえない話じゃない。日本は平和な国だが、外に目を向ければ、未だに内戦の絶えない国、戦争の始まった国もある。
ユリアスの言葉は、簡単に否定できるものではなかった。
崩れ行く文明を見るユリアスの顔は、赤く照らされていた。
「二つの世界には変革が必要だ。運命を捻じ曲げる程の巨大な変革が。『
「‥‥」
「――――」
「ああ、そうか。ふざけているわけじゃ、ないんだな」
ユリアスは嘘を吐かない。
その必要がないからだ。
彼がそう言うということは、本当にそうすべきだと判断したからだろう。
言いたいことは分かる。アステリスも、地球も、戦いの運命から逃れることができないのであれば、戦いの原因を消せばいいと。
科学と魔術の融合によって、エネルギー資源の問題を解決しようと、そういう話だ。
そんな簡単に行くわけない。
「お前だってよく知っているだろう。戦争は何も資源の問題だけで起こるんじゃない。突然世界がつながって、別の種族がいて、みんな仲良く手を取り合っていけると、本気で思っているのか?」
「混乱は起きる。多くの人が死ぬかもしれない。それでも、一過性のものだ。すぐに彼らは互いの技術の価値に気付き、先に進むはずだ」
「なんでそんな楽観的に考えられる。大体、科学と魔術が融合したって、資源問題が解決されるとは限らないだろ」
「それはその通りだ。それでもこのまま戦いの輪廻を繰り返し、終わりの未来に向かっていくよりも、ずっといい」
‥‥くそ。
何を話しても無駄だ。
あの時の戦いもそうだった。
ユリアスは他の魔族のように人族を敵視してはいなかった。むしろ神魔大戦を止めたいとすら願っていた。
だから魔族が勝利した上での共存が必要だと語っていた。
結局相容れなかった。
今回もそうだ。
俺も神魔大戦を終わらせたいと思っている。
思いは同じはずなのに、そこに至る過程に寄り添うことができない。
「‥‥お前は簡単に世界を繋ぐと言ったが、それは何事もなくできることなのか? 大気も、エーテルも、植生も、重力すら同じとは限らないんだぞ? 空間を繋げた瞬間、災害だって起きるかもしれない」
「アステリスに渡った人々や君が生きてこられたんだ。それなりの被害は出るだろうが、お互いに絶滅するようなことはない。そして空間を繋げた時の衝撃についても計算はしてある。太平洋の中心にこの
「私が対処するって‥‥」
天災だぞ。
それも一国を襲うようなものではなく、世界全土で同時に発生する大災害だ。
「私は本気だよユースケ。人間も、人族も、魔族も、新しいステージに立たなければならない。そして、この『
それが誰なのか、すぐにその顔ぶれが頭に浮かんだ。
「『鍵』がこの
「――」
分からないな。
俺よりも遥かに賢くて、長い時を生きてきたお前がそう判断したってことは、それは大きな視点で見れば正しいのかもしれない。
ただその視点は、俺とは違う。
未来がどうとか、運命がどうとか、誰しもそんな未来のことを考えて生きているわけじゃないんだ。今この瞬間に、必死で生きている人たちがいる。
お前の考えに、俺が頷くことはない。
「分かっていて、話したんだろ」
椅子から立ち上がり、俺は手に剣を
もうあの時感じた重圧に負けることはない。
ユリアスの理想を実現すれば、多くの人が死ぬ。その先の未来でより多くの人が救われるとしても、それは認められない。
そしてリーシャやメヴィア、『鍵』を魔術のパーツにすると?
ふざけるなよ。
「神魔大戦の呪いを解く方法は、これだけじゃないはずだ。誰かが犠牲になるようなやり方は、駄目なんだよ」
結局俺たちはこういう関係なのかという落胆がある一方で、安心もしていた。
その頭に剣を振り下ろすことに、ためらいを感じなくて済むからだ。
「俺はお前の理想を否定する」
臨戦態勢に入った俺を見ても、ユリアスは構えなかった。今までと同じように涼し気な笑みを浮かべるだけだ。
「そうだ。君は必ずそうすると思っていた。だからこれは裁定なんだよ。どちらの考えがより正しいのか、最後に決定権を持つのは、より力のある者だ」
「とりあえずぶっ飛ばしてやるから、六千年であったまったその頭、冷やせよ」
「君が思う以上に、アステリスの呪いは強く根深い」
ユリアスがそう言うと、部屋が揺れた。
地震? いやそんなもの起こるはずがない。ここはそもそも地上ですらないはずだ。
ユリアスの魔術って感じもしないが、間違いなくこの空間が揺れている。
「ユースケ、君が本気で神魔大戦をどうにかしたいと願っているなら、まず戦うべきは私ではない。敗北者たちの呪いは、ここまで君を追ってきたぞ」
「何?」
ユリアスが一体何を言っているのか、答えはすぐに顔を出した。
「ッ⁉」
俺はその場から飛び退く。
床が、割けた。
違う、下から何かがこの空間を強引に開いたのだ。
先の見通せぬ暗黒に、黒い目が見えた。
暗黒よりも更に黒い、虚無の瞳。
まさか、こいつは――⁉
「アステリスの神魔大戦の術式を利用した結果、これはこの世界にも生まれた。これは
裂け目はどんどん広くなっていく。
ミシミシと力技で歪められた空間が、悲鳴をあげた。
ユリアスが遠くなり、裂け目は俺を飲み込まんと迫る。
「君も良く知っているだろう。これの正体は魔族どころか、生物ですらない。敗北の歴史を重ねた魔族たちの憎悪と怨念。多数に蹂躙された少数の怨嗟の声」
裂け目はついに空間の全てを覆い、俺は黒に飲み込まれた。
「ユースケ。私は待っているよ。これを乗り越え、私の理想と戦う君を」
黒が完全に視界の全てを覆い、ユースケは見えなくなった。
そして足に地面の感触を感じた時、周囲は懐かしく見覚えのある光景になっていた。
セントライズ王国近くの森を抜けた先にある荒野だ。
そして目の前には、異形が立っていた。
二足歩行でシルエットは人間に近い。全身は黒い甲殻に覆われ、額には折れた角が一本生えている。
甲殻の隙間からは、真っ赤な光が血のように脈打っているのが見えた。
魔族の中でも異端の存在。
その力は
しかし意思を持って動く魔族とは異なり、ただ突然現れ、戦略も何もなく、ただ人族を虐殺する災害。
ユリアスの言葉を信じるのであれば、その正体は神魔大戦の中に蓄積された魔族の怨念。
「『
カナミのファドル皇国を襲い、多数の街を壊滅させ、俺の師を殺した災厄の敵が、再び現れたのだ。
深淵の瞳は、この憎悪は、決して消えないと訴えていた。
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