第392話 禍つ呪い

 『ガレオ』と戦った回数は、四回だ。


 一回目を戦ったとカウントするのであればの話だが。


 それくらい、初めてあいつを見た時は、何をすることもできなかった。


 人族の軍とともに魔族と戦っている時、何の前触れもなくガレオは現れた。


 そして腕の一振りで、魔族もろとも軍の一部を消し飛ばした。


 ガレオの一撃は魔術には見えなかった。


 そこには俺がそれまでに学んだ魔術の理論なんてものは存在しない。ただ魔力を放出したかのような、原始的な攻撃。


 それだけで、歴戦の魔術師たちが吹き飛ばされたのだ。


 仲間たちの死を時間に変えて、俺たちは逃げた。


 手も足も出ないどこから、戦おうという意志すら持てなかった。


 災害だ。人がどうこうできるものではない。


 そして二回目の出会い。


 俺が別の街に行っている時、ガレオはセントライズ王国の王都に現れた。


 護らなければ王都は壊滅し、軍を出しても被害は甚大。


 そんな状況の中でガレオに相対したのは、たった一人の男だった。


『おう災いの。悪いな。折角出向いてもらったってのに、歓迎は老いぼれ一人だ』


 お供もつけず、鎧も着けず、剣を一振りだけ携えて、『剣聖』と呼ばれた俺の師匠はガレオの前に立った。


 そう聞いている。


 俺が到着した時、既に決着はついていた。


 ガレオの腕が師匠の胸を貫き、持ち上げていた。


 死んでもなお手放さなかった剣は半ばから折れ、その激戦を物語っていた。


 それからのことはよく覚えていない。ただ、その時初めて俺はガレオと正面から戦った。


 そして殺された。


 負けただけではない。殺されたのだ。ぎりぎりでメヴィアの魔術が間に合い、肉体は回復されたが、俺の魂は冥府へと落ちることになった。


 紆余曲折うよきょくせつありシャーラと共に地上に帰った後、すぐに三度目の機会が訪れる。


 それこそがカナミの母国、ファドル皇国で勃発した『ランテナス要塞攻防戦』である。


 実力は拮抗。互いに手傷を負わせながら、致命傷には届かず、戦いは三度目の正直を超えて四度目の邂逅かいこうに持ち越された。


 そこで、俺はガレオを殺した。


 アステリスでの戦いの記憶は、数多くの戦いの中で風化したり、埋もれていったりしたものが多い。


 しかしガレオとの戦いは忘れようにも忘れられない。


 それほどまでの恐怖と、絶望と、怒りを俺に刻み込んだ。


 ガレオはその時と同じ姿で、黙して立っていた。


 これからユリアスと戦わなきゃいけないってのに、こいつを相手にしろってのは、理不尽にもほどがある。


 これがゲームならクソゲー認定しているところだ。


 しかし現実はそんなクソゲーよりも不条理である。


 少なくとも目の前にいるガレオは、この間榊綴さかきつづりが作り出したエリスのような偽物ではない。


 正真正銘、本物の『ガレオ』だ。


 ユリアスの言葉を信じるなら、こいつは生物ではなく、魔術そのもの。神魔大戦というシステムに住むバグだとすれば、ここにいても不思議じゃない。


 理解できるのと納得できるのは、別の話だけどな。


「『久しいな、ガレオ』」


 魔術を発動して鎧をまとい、剣を構える。


 声を掛けた理由は自分でも分からなかった。


 驚きすぎて、何かを口にせずにはいられなかったのかもしれない。妙な懐かしささえ覚える。


 何が返ってくるのかなんて、分かり切っていたのに、


「――」


 ガレオが右手を持ち上げると、闇が収束し、黒い剣が現れる。


 そしてそのまま無造作に振った。


 素振りとすら呼べないような、子供が棒切れを振り回すような適当な動きだ。


 その一閃は、ガレオの膨大な魔力が乗せられ、原始的な魔術と化す。


 戦場に出る魔術師たちの間で、畏怖と共に語られるその暴力の名は、『黒剣ディザスター』。


 初めてまともにガレオと戦った時、俺はこれをまともに受け、吹き飛ばされた。


 たった一発で剣は砕け、鎧にはひびが入り、身体中の血が沸騰ふっとうしたかの如き痛みに脳の血管が焼き切れたかと思った。


 さて、お前の一撃はあれから変わったのか、試させてもらおうか。


 俺は『黒剣ディザスター』を正面から受けた。


 ゴッ‼ と全身を貫く衝撃と共に、黒い魔力が周囲の全てを吹き飛ばした。


 成長した今だからだろうか。あの時はただ純粋に重く、激しく、痛かったこの魔力に、別の何かを感じる。


 強い悲しみと怒りだ。


 山の中で鬼と戦った時や、心象領域で剣の獣に殺された時、同じものを感じた。


 そうか。本当にお前は、そういう存在だったんだな。


 俺は翡翠の魔力を込め、『黒剣ディザスター』を弾いた。


 戦いが終わり、世界が先に進もうとしているのに、こいつは神魔大戦がある限り、永遠に怨念に焼かれ続けるのだろう。


 そしてまた新しい憎しみを生む。


「『悲しいな』」


 自分の攻撃を受けて無傷だったことが意外だったのか、ガレオは少し動きを止め、今度は左手を持ち上げた。


 瞬間、地面を埋め尽くすほどの黒い槍が下から飛び出してきた。


 今度は『黒槍ディザスター』ってわけか。


 地面を蹴って空に跳び、槍を避ける。


 それを追うようにして槍から槍が生え、剣山けんざんのように追いかけてきた。


 速い。


 あの一本一本がさっきの剣と同じだけの脅威を感じる。こんな攻撃をこの規模で連発されるのだから、軍の一つや二つ、簡単に壊滅するわけだ。


 迫りくる槍を払いのけながら、地面に着地すると、高々と積み重なった槍の山が、俺めがけて崩壊した。


 槍の雨なんて生易しいものじゃない。


 黒い津波が、大気を斬り潰しながら落ちてきた。


 俺は剣を横に構えると、指で刀身をなぞりながら魔力を込めた。


「『刃食焔剣リオフローガ』」


 翡翠の魔力が揺らめき、刀身に噛みつく。


 圧縮した魔力を斬撃と同時に解放し、傷口を爆発させる焔剣フローガ


 師匠が作ったこの剣技を、俺は『我が真銘』の魔力によって昇華させた。


 無限の魔力を絶えず注ぎ続け、全ての斬撃に爆発を付与させる永続的な強化術式。


 そしてこの技は、こういう使い方ができる。


 矢を引き絞るように、肘を後ろに切っ先を津波へと向ける。


 足が力を蓄え、身体が地面に沈み込むような感覚を得た。


「『夢幻霆剣レイギルヴ』」


 昔なら逃げることすらできず立ちすくむ他なかった攻撃に対して、真っ向から踏み込む。


 彼我ひがの間にあった距離は一瞬にして消え去り、俺の目前には黒い壁が立ちはだかっていた。


 そこに、加速の勢いを余さず乗せて突きを叩き込む。


 無数の槍と、一本の槍。


 勝敗は刹那に決した。


 音が轟き、波の中心に巨大な穴が穿うがたれた。


 『黒槍ディザスター』に翡翠の亀裂が走り、内側から食い破る。


 『刃食焔剣リオフローガ』は唯一、他の七色連環剣ななしきれんかんけんと重ねて使える技である。


 絶えず魔力を生み出し、圧縮と解放を繰り返すのには高い集中力を必要とするが、それに見合うだけの威力がある。


「――‼」


 そうだよな、来ると思ってたよ。


 波を貫き、動きを止めた瞬間を狙ってガレオが急襲をしかけてきた。


 振るわれる黒剣を受け止めると、目と鼻の先でガレオが俺を睨んでいた。


 黒の中心で赤く揺らめく瞳が、ごうごうと燃えている。


 ゴガガガガガガ‼ とガレオは技も駆け引きもなく、連続で攻撃を叩きつけてきた。


 その全てを、受け、弾き、流す。


 不思議なもんだな。


 昔はお前と戦う時、俺の中には怒りが渦を巻いていた。自分でもどうにもならない怪物が暴れ狂っている感覚だ。


 一度死を経験し、冥府で修行をした後もそれは変わらない。ただそのコントロールを学び、強すぎる感情を己のものとする力を得ただけだ。


 しかし今は違う。


 やるべきことが分かっているからか、それともお前の正体を理解したからか、怒りの感情そのものが湧いてこない。


 みんなが戦っているんだ。


 ガレオが剣を振り上げた時を狙い、『星剣ステラ』を紡いで黒剣を分解する。


 握るものが突然無くなったガレオに、間髪入れず横薙ぎの『月剣クレス』を叩き込んだ。上乗せされた爆撃によって、地面に吹き飛ばす。


 手応えは十分だったが、この程度で死ぬような奴じゃない。


「『悪いなガレオ、あまり時間をかけていられない。代わりに、お前の全力を正面から叩き潰そう』」


 一刻も早くユリアスを倒し、この戦いを終わらせる。


 それが今俺のすべきことなんだ。


 紅のマントをひるがえし、左手を空に上げる。


 彼方にある彼らの力を、この手に。


「『我が真銘――無限灯火フレム・リンカー』」


 魂の灯火ともしびを宿し、俺は左手に赤い剣を作り上げた。


 さあ、ろうか。

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