第221話 閑話 とある幼馴染たちの一日

 崇天祭初日、勇輔たちが所属する文芸部は『大正文芸喫茶』と銘打ち、喫茶店を開店していた。


 男女共に大正時代らしい袴姿で各種メニューを提供してくれる、いわゆるコンセプトカフェと呼ばれるものだ。


 盛況な店内に、二人の男女が来店した。


 目立つ容姿をした二人だ。男の方は金髪にピアスをいくつも付けた強面の少年で、切れ長の鋭い目が光る。


 そしてもう片方は紫のメッシュを入れた猫目の少女だ。派手なロングTシャツとショートパンツから除く手足は、折れそうな程に細い。


 少女――軋条紗姫きしじょうさきは椅子に座ると、声を潜めて言った。


「ここが伊澄月子がいるっていう店ね」

「そうだな。伊澄さんが接客している姿はあんまり思いつかねーけど」


 それに答えたのは、右藤真理うどうしんり。夏の新人研修に参加していた新米対魔官である。


 他の対魔官たちが魔法のコインを追って慌ただしくしている中、まだ経験が浅く学生の二人は、休みになることが多かった。


 今日はその休みを活用し、わざわざ月子がいる大学の文化祭にまで足を伸ばしたのである。


 理由は一つ。


「今日こそ伊澄月子の弱点を見付けてやるわ。あの夏の屈辱は、決して忘れない――」


 紗姫はおどろおどろしい口調で言った。背後で炎が燃えているのが見える。


 真理はため息を抑えた。


「何が屈辱だよ。あの時伊澄さんがいなかったら任務は失敗。俺たちも全員死んでたかもしれないんだぞ」

「それはそれ、これはこれよ!」

「どれもこれも同じだ」

「何よ! 真理はあっちの肩を持つわけ⁉」


 面倒くせーな、と真理は抑えていたため息をこぼした。紗姫のプライドの高さは天をく。スカイツリーともいい勝負をするだろう。


 一度ライバルと認定した相手を、今更圧倒的格上だったとは認められないのだ。たとえ心の奥底ではそれを理解していたとしても。


 紗姫は決して馬鹿ではない。ただ強情で意地っ張りなだけだ。


 それに付き合わされる真理はたまったものではないが。


 しかし来た以上は、楽しまなければ損だ。真理は気持ちを切り替えて店の中を見回した。袴を着た年上のお姉さんたちは、見ているだけでも気分が上がってくる。


 彼は不良然とした容姿のせいで勘違いされがちだが、普通に女性に興味がある。なんなら普段モン

スター幼馴染に振り回されているので、包容力のある女性とかどストライクだ。


 やっぱり大学生になると、高校生とは違うな。


「‥‥何見てるわけ?」


 そんな幼馴染を紗姫はじっとりした目で見た。


「別に」

「はん、所詮男はおっぱい星人ってわけね。おっぱいがでかけりゃなんでもいいんでしょ」

「何言ってんだ、胸なんて見てねーよ」


 少しだけだ。真理と紗姫は高校三年、大学生と比べても身体の成長は大して変わらないはずなのだが。


 紗姫をちらりと見ると、Tシャツを押し上げるふくらみはオブラートに包んで、ささやかと言うほかなかった。


「ふっ」

「決めた殺すわ」

「せめてBになってから出直してくるんだな」

「マジで殺す」


 紗姫は目から光を消し、口を開いた。彼女の魔術は『千首神楽』。歌に魔力を乗せて兵器にするものだ。その気になればこの瞬間、真理を吹き飛ばす砲撃を放てる状態だ。


 からかいすぎたな、と真理が頭を下げようとしたら、そのまま紗姫の動きが停止した。


 その目は真理の向こう側を見ている。


「どうした?」

「かっこいい‥‥」

「は?」


 後ろを振り向くと、そこでは赤髪の男が給仕をしているところだった。袴の上からでも分かる鍛えられた肉体に、野趣垣間見かいまみえる端正な顔立ち。


 大学にいるには不釣り合いな男だった。


「ああいうのが趣味だったか」

「は? 誰が見たってめちゃかっこいいじゃない! あー私たちの方に来てくれないかな」


 紗姫は初めの目的はどこへやら、目をハートにして赤髪を見つめている。


 珍しい顔もするもんだ。


 まあ怒りが消えたのならよかった。俺なら紗姫に好かれるなんて御免だが、彼女は見目はいい。しかし大学生相手なら本気の恋に進展することもないだろう。


 安堵しながら座り直したところに、給仕の人が来た。


「申し訳ございません。お待たせいたしました」


 テーブルに置かれるお冷。そういえばメニューを確認していなかったことに気付いた。


「あの、あっちの赤い髪の人、呼んでくれませんか?」


 メニューに手を伸ばした真理は、目を細めた。


「馬鹿。あんまり迷惑かけるようなことするなよ」

「申し訳ありませんお客様。あれでよければいつでもお声がけしていただいて大丈夫なのですが、呼ぶというのは少し難しいです」

「ちょっとだけ。ね! いいでしょ」


 食い下がる紗姫。彼女が男にここまで執着するのは本当に珍しい。


「おい、いい加減に」


 言いながら真理は顔を上げた。給仕の人に謝ろうと思ったのか、自分が何をしようとしていたのかは、その顔を見た瞬間に丸ごと吹き飛んだ。


「あ――」

「?」


 こちらを見下ろしていたのは、三白眼の男だった。さっきの赤髪に比べれば、さほど特徴もない顔で、普通に見ればそこらにいる一般的な大学生だろう。


 だが真理はその顔に見覚えがあった。


 忘れるはずがない。


「だからー」

「っ!」


 真理は即座に身体を乗り出すと、紗姫の頭を掴んで無理矢理下げさせた。テーブルに額をぶつけたらしく、ゴン! と鈍い音が響いた。


「いったぁあああ!」


 紗姫の声を無視し、真理も頭を下げる。


「まことに申し訳ありませんでした。迷惑をかけたお詫びにすぐ店を出ますので、本当すみませんでした」

「え、いえ、そこまでしていただかなくて大丈夫ですけれど。というかお連れさん大丈夫ですか? すごい音しましたよ」

「何の問題もありません。酷い石頭なので、たまには柔らかくしないと」

「そんな頭の体操みたいに⁉」


 そこまで言った男は、真理の顔をまじまじと見た。


「そういえば君、どこかで――」

「失礼しました!」


 真理は呻く紗姫を抱え上げると、後ろを振り返らずに店を出た。


 なんであいつがここにいるんだ。


 忘れもしない、あの新人研修の日。真理と紗姫が本気で挑んで手も足も出なかった武者を、一刀で切り伏せた猛者。


 その男が給仕をしていたのだ。悲鳴を上げなかった自分を褒めてやりたい。


「はぁ‥‥」


 十分距離を取り、真理は息を吐いた。まさか伊澄さんの大学に通っていたとは。あの時は妖刀のせいだと言っていたが、いよいよ運命的なものを感じずにはいられない。


 とにかく、君子危うきに近寄らずだ。


 二度とこの大学に来るのはやめよう。真理は胸にそう誓った。


「しーんーりーーーー?」


 一難去ってまた一難。大学を出る前に、この幼馴染の機嫌を直す必要があった。


 結局真理は一日紗姫の財布となり、屋台をいくつも回ることになるのだった。





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 どうも秋道通です。

 先日から多くの応援の声をいただき、ありがとうございます。一も二もなく五臓六腑を七転八倒させて喜んでおりました。思いつかなかったので、三と四はどこかに添えておこうと思います。

 感想欄の削除についてなのですが、私の書き方がよくなかったようですので、補足させていただきます。

 批判や感想はこれまで通りで大丈夫です。よほど言葉の使い方が荒かったり、公序良俗に反した言葉が使われたりしていなければ問題ありません。『おっぱいは大きいより小さいほうがいい』くらいなら許されるのではないでしょうか。ダメか。

 考えてみてください、道行く人が『こいつうぜぇ、殺す、死ね』って言ってたら怖いですよね。逆に『うほほ、大きいおっぱい最高』って言ってたらどうでしょう。私なら全力で距離を取ります。

 そしてネタバレに関してなのですが、考察や予想はいくらでもしてもらって大丈夫です。当たっていたとしても、それはネタバレではありません。ウェブ小説の特性上、先を読んでいる方と初めを読んでいる方で乖離が生まれますので、そこに配慮してただければ幸いです。大して重要な情報じゃなければ好きにやってください、『リーシャのラッキースケベは水着が限界とか、対象年齢幼稚園児か?』とかです。

 ちなみに、某跳躍系レディース服漫画の赤い映画を見に行ったところ、電子書籍派の私はひどいネタバレを食らいました。電子書籍派には人権ないんか。

 とにもかくにも、『紗姫ちゃんヒンヌー乙(笑)』などの特定の人を傷つける言葉はやめましょう。再三再四おっぱいの話はやめろとあれほど。

 反省してください右藤君。

 

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