第319話 誰もが知るもの
◇ ◇ ◇
「ふぁーあ、暇だわ」
「じゃあ何しに来たんだよ」
十一月二十七日、十時十二分。
対魔特戦部の支部の一つで、右藤真理はベッドに身体を預けていた。
陽向紫の護衛をしていたところに、魔術師からの襲撃を受け、ここに運ばれたのだ。
他の護衛メンバーも命までは奪われなかったらしく、右藤と同じように治療を受けていた。
そして真理の隣には、
「失礼な奴ねー、こうして可愛い幼馴染がお見舞いに来てやったっていうのに」
「だったら少しはお見舞いらしいことをしてくれよ」
紗姫は家族が真理のために置いて行ったゼリーを勝手に冷蔵庫から取り出し、ぱくぱくと食べている。
数えきれない切り傷に、深い裂傷が三つ。それなりの怪我を負ったというのに、紗姫はいつも通りだった。こうして毎日病室に来ては、文句を好き放題言って帰る。
やることがないのか、それとも友達がいないのか。
真理は幼馴染の交友関係に切なさを覚えた。
「こうしてあんたの話し相手をしてやるのも飽きたわね」
「いつお前が俺の話し相手をしてくれたんだよ」
「普通だったら有料よ有料。はー、なんか起きないかしらね」
「‥‥起きたからこうなってんだよ」
真理は苦々し気に言った。魔術師による集団昏倒事件に加え、陽向紫の拉致。下っ端には重要な情報が下りてこないせいで、全容が見えてこないが、間違いなく大きな陰謀が渦巻いている。
(かといって、あのレベルの敵がゴロゴロ出てくるとなると、俺じゃどうしようもできねえんだよな‥‥)
思い出すのは、陽向を攫った白髪の男だ。
手も足も出なかった。魔術を使わせることもできずに真理は負けた。あのレベルが敵となれば、真理が首を突っ込んだところですり潰されるだけだ。
そしてそれは紗姫も同じ。強力な魔術を有する彼女だが、対人戦闘においては素人同然。
巻き込まれないなら、それに越したことはない。
怪我したのも不幸中の幸いだった。これなら駆り出されることもなく、騒動をやり過ごせるだろう。
そう思いながら
「‥‥は? ‥‥あ?」
「何? 突然どうしたのよとぼけた声出して――」
そこまで言い、紗姫も固まった。
「‥‥あんた、何それ?」
「いや、お前もなんなんだよそれ」
互いに互いの頭の上を指さす。そこには、見慣れない緑色のバーが浮かんでいた。
いや、見たことがないわけではない。
現代を生きる若者ならば、多少の差異はあれど、誰しも一度は見たことがあるだろう。
そうそれはまさしく、
「え、HPバー‥‥?」
ゲームでよく目にする、キャラの体力を表すゲージ。二人の頭上には、そうとしか見えないものが浮かんでいたのだ。
真理はすぐさまある可能性に思い至った。
「魔術による攻撃かッ――!」
ベッドの上で臨戦態勢を取り、周囲を見回す。しかし病室の中ではHPバー以外に大きな変化は見られなかった。
「どういうことだ?」
「何これ、ホログラムみたいで、実体はないわね」
紗姫がそう言いながら頭上のバーを触ろうと手を振るが、それは空を切るばかりだった。
真理も上を向くと、自分のバーが見えた。
本当になんなんだこれは、と思っていると、部屋に放送が響いた。
『こちら霊災対策部。現在東京都の各所で人為的霊災と思われる事態が発生。待機中の対魔官たちは、至急一階ロビーに集合せよ』
放送の声にも、緊迫感が満ちている。
「どうやら、俺たちだけじゃないみたいだな」
「そうね。私は行くわ」
「待て、俺も行く」
「は? 何馬鹿なこと言ってんのよ。まともに動けない奴が来たって邪魔なだけでしょ」
「それは‥‥」
たしかに真理は今の動きだけでも、全身に痛みが走っている状態だ。傷は閉じたとはいえ、完治には程遠い。
「じゃ、馬鹿な真似はしないで寝てなさいよ」
「待て、紗姫!」
紗姫は真理の言葉を無視して、部屋を出ていく。
後に残された真理は、伸ばした手を力なく下ろした。
一階に降りた紗姫は、すぐに異変に気付いた。
集まったはずの対魔官たちが、頭の上にHPバーを浮かべながら、すぐに建物を出ていく。
「何、どういうこと?」
立ち止まる紗姫に、すぐに対魔官らしき男性が声を掛けてきた。
「君、学生か! ‥‥仕方ない、位階は?」
「第五位階よ‥‥ですけど」
「そうか、本来なら一人で行動させるべきではないんだが、今は緊急事態だ。これは通信機だ。オペレーターの指示に従って現場に行ってくれ」
「分かっ、分かりました」
紗姫は通信用の魔道具を受け取ると、耳につける。そして他の対魔官と同じく建物を出た。
指示された場所まで、身体強化をして走って移動する。
「一体何が起こってるっていうのよ」
呟きながら現場に向かうと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「何、あれ」
逃げ惑う人々と、響き渡る悲鳴。
そこはありふれた商店街だった。休日を満喫していたはずの人々が、恐怖に顔を引きつらせて走っている。
中にはその場でうずくまる者、興奮しながら叫ぶ者、スマホでカメラを構える者もいる。まさしく
そしてその全ての人たちが、頭にHPバーを浮かべている。
人波を無理矢理かきわけ、紗姫は騒ぎの中心へと向かう。
そこにいたのは、本来商店街にいるはずがないものだった。
肉屋から強奪したのか、生肉を手づかみでかじりながら、道の真ん中を練り歩くのは、薄汚い緑色の肌をした醜悪な老人のような何か。
日本で言うところ餓鬼。しかしその見た目は、より適した呼び名があった。
「‥‥ゴブリン?」
それは漫画やゲームなどに登場する雑魚敵、ゴブリンそのものだった。西洋の伝説に登場する、悪しき妖精。それが十体近い数、群れて歩いている。
創作の世界ではよく登場するが、対魔官をしている紗姫も実際に目にするのは初めてだった。
というより、他の魔術師たちの話を聞いていても、ゴブリンに出くわしたなんて話は聞いたことが
ない。
「ゲギャギャ、ギャ」
ゴブリンたちは、何を話しているのかだみ声を出して笑っている。
「キンッモ‼」
紗姫は生理的嫌悪に顔を歪めた。ここまで嫌な臭いが届いてきそうな見た目だ。
「キモキモキモッ! えー、キモいんだけどマジで」
いやいやながらゴブリンをよく見ると、ゴブリンたちの頭の上にもHPバーが浮かんでいた。
「ってことは、この異変とこいつらは関係があるってことね。キモッ」
だったらやるべきことは簡単だ。
紗姫は小型のスピーカーを両手に握ると、ゴブリンに向かって歩いていく。
「え、おいなんだ?」
「ちょっと君、あんまり近づいたら危ないぞ!」
商店街の影に隠れていた大学生らしき男たちが、小さく声を掛けてくる。少女を気遣うような心があるなら、さっさと逃げればよいものを、これだから平和ボケした連中はムカつく。
しかしそんな連中も助けるのが紗姫の仕事だ。
紗姫は男たちの方を向き、口を開いた。
「『さっさと失せなさい』」
魔力を乗せた言霊は、一般人に対して強制力を発揮する。
男たちはビシリと固まると、無言のまま後ろに走っていった。
「はあ、これだから男ってやつは馬鹿なんだから」
紗姫はため息をつきながらゴブリンたちに向き直る。そこには、こちらを向いて不気味に静止するゴブリンたちの姿があった。
魔力の気配を感知されたらしい。
どうでもいい。こいつらを見た時から、やるべきことは一つだけなのだから。
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