第203話 乱入者

「貴様ぁああああ! シャーラ様に何をしていやがるんだぁあああああ!」


 え、なになに。


 鬼気迫る形相で現れたのは、こげ茶の髪を三つ編みにした男だった。流暢な日本語だけど、見るからに日本人じゃない白い肌と彫りの深い顔立ち。


 なんかアステリスのイケメンたちを思い出すな。


「貴様、貴様ぁあああああ!」

「あの、どなたさま?」


 言語能力が破壊されたらしいイケメンの怒号を聞きながら、俺は冷静に聞き返す。さっきから予想外のことが続きすぎて、驚く余力もない。


 その疑問に答えたのは、イケメンでなく、隣にいるシャーラだった。


「オスカー。私をここまで連れて来てくれた」

「ああ、そういうことか。シャーラがお世話になりました。ありがとうございます」

「ありがとうございますじゃないだろうが!」


 じゃあ何を言ったらいいんだよ。


 シャーラが俺を見つけられたのは、このオスカーさんのおかげらしい。旅の能力とか皆無だから、それなら納得だ。


 そんなオスカーさんはおもむろに拳を構えた。


「やはり貴様のような男にシャーラ様を任せることはできん。ここで俺と決闘しろ、山本勇輔‼︎」

「え、嫌です」

「貴様ぁあああ! 男としての誇りはないのか!」


 そう言われてもな。シャーラをここまで連れてきてくれた人と闘うのは気が引ける。


 イケメンだけど、いい人なんだろう。


「ま、待ってくださいオスカーさん、落ち着いてください!」

「離せミコト。このような不埒な男にシャーラ様を任せるわけにはいかない。俺が祖国に連れ戻す」

「なんのためにここまで来たんですか!」


 オスカーさんの腰に抱きつき、もう一人小さな影が現れた。


 こっちの人は女性? いや違うな骨格が男だ。華奢だし、髪を一括りにしているから女の人かと思った。


 彼は引き留めているのか引きずられているのか分からない状態で俺の方を向いた。


「あの、僕は櫛名命くしなみことです。第四位階対魔官で、今回はオスカーさんの依頼を受けてあなたを探していたんです、山本勇輔さん」

「そうだったんですか、ありがとうございます」


 というか対魔官って言ったなこの人。月子の同僚だったのか、あんまり戦闘が出来そうには見えないけど。


 そろそろオスカーさんを抑えるのも限界そうだ。決闘なんてしたくないけれど、それで彼の気が済むというなら、仕方ないのかもしれない。


 そう思って前に出ようとすると、先にシャーラがオスカーさんの方に歩み寄った。


「オスカー」

「シャーラ様、決闘にて私の力を示します。ですから」


 言葉を包み込むように、シャーラはオスカーさんの頬に手を添えた。


「ここまでありがとう。私がユースケに会えたのは、あなたのおかげ」

「シャーラ、様」

「ごめんなさい。私はあの人のものだから」

「‥‥」


 オスカーさんは言葉もなく力を失い、その場でうなだれた。


 あの激昂を一言で鎮めるのは流石だけど、俺はシャーラを自分のものにした覚えはない。とてつもない誤解が生まれている気がするけど、ここでそれを訂正してもいいことはなさそうなので、言いたいことは蓋をして我慢する。


「と、とりあえずどこか落ち着けるところで話をしませんか? ね、それがいいと思います」


 場の空気を感じ取った櫛名さんが、手を打って提案した。


 この混沌とも地獄とも冥府とも言えない空気感は、確かにきつい。既に二人思考停止しているし。


 まず月子に全力で謝らなきゃいけない。「もう付き合ってないんだから、気にすることないだろ」とデビル・ユースケが囁くが、エンジェル・ユースケが「いや駄目だ。ここはとりあえず頭を地面にこすり付ける場面だ。死ぬぞ」と震えていた。


 奇遇だな、俺もそんな気がする。


 とりあえず場所を変えよう、そう思い月子に声をかけようとした時だった。




 違和感。




 俺とシャーラの二人が魔力を回し、身構える。


 呆けていた頭が即座に戦闘状態に切り替わり、シャーラたちが来た方向を見据えた。


「な、何」


 その異常に次に気付いたのは月子だった。彼女もまた袖から出した部品を連結させ、槍を組み上げる。


 かすかな魔力の揺らぎを感じた。


 そして俺たちはその前兆から魔術の規模や魔術師の力量を察することができる。


 いつの間にか、一人の男が道に立っていた。


 亜麻色の髪に、端正な顔立ち。見るからに質のいいスーツを着こなした姿は、どこぞの青年実業家という風体だった。


 だが俺たちは、彼がそれだけの存在ではないことに気づいている。


 こいつは魔術師だ。それも相当な腕を持った人間。


 いや、地球のスーツこそ着ているが、こいつは。


「その反応、曲がりなりにも勇者・・と呼ばれた男というわけだ。腑抜けていても、そうそうおとろえてはいないか」


「‥‥」


 こいつ、アステリスの人族か。


 魔族じゃない、魔力から感じる質が違うし、あいつらは昼は燃費が悪すぎて戦うのが難しい。


 だからジルザック・ルイードもタリムも、ラルカンでさえ夜を選んだ。


 こいつが人族だとしたら俺たちとは同じ側に立っているはずだが、どうにも嫌な予感が泥のようにまとわりつく。


 制圧するか否か。


 その迷いの隙をつかれた。男は一手早く指を鳴らし、魔術を発動した。


沁霊術式しんれいじゅつしき──解放」


 男を中心に、膨大な魔力が精緻せいちな術式を組み上げ、世界を塗り替える。






「『我城がじょう』」

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