第367話 プレゼント交換と
「ごめんなさい。いきなりお邪魔してしまって」
「‥‥あ、ああ。それは全然いいんだけど」
「これ、プレゼント交換をするって聞いたから、よければ使って」
エリスは一歩も動くことなく、勇輔の手に紙袋を渡した。
軽く触れあった指先が、氷のように冷たくなっている。
「じゃあ、私はこれで」
「帰るのか?」
「ええ、それを渡すために来たから。パーティー、楽しんで」
そうほほ笑み、エリスは後ろを向いて歩き出そうとする。
思わず勇輔はその手をつかんだ。
そうして何を言っていいのか分からなくて、頭をフル回転させた。
「何言ってんだよ。プレゼント交換だぞ。人が足りなくなったら困る」
「それくらい、どうとでもできるでしょう」
「またパーティー嫌いの
「違うわ」
怒っているわけではない。悲しんでいるわけでもない。ただ振り返ったエリスの表情があまりにも穏やかで、勇輔は答えに
それなりに長い時間、一緒に過ごしてきた。
だから彼女が不機嫌だったり、怒っていたりすれば、勇輔はすぐに気付く。
エリスは風にあおられる髪を押さえた。
「ユースケ。私はあなたにまた会えただけで、幸せなの。これ以上ないくらい、これ以上を求めてはいけないくらい」
言葉が続く。
「今のあなたの周りには、たくさんの大切な人がいるでしょう。その人たちとの時間を大事にしてあげて」
「‥‥」
――そうだったな。
勇輔は思い出した。こういう人だったと。
誰よりも優しくて、誰よりも人を大切にする。
あの時もそうだったのだろう。だから今度は、自分が手を離してはならないのだと、勇輔は決めた。
ぐいと手を引いて、強引にエリスを玄関の中に入れる。
「ちょっと、ユースケ! 私は帰るってば!」
「ああ、パーティーが終わったら自由に帰ってくれていいぞ。ただし、今日の家のルールは、来た人は全員笑顔って書いてあるんだよ」
「誰が書いたのよ、それ」
「俺だ」
勇輔は言い切った。
別に理由なんてなんでもいい。こじつけだって、へりくつだって。
「久しぶりに会ったんだ。俺が君とパーティーがしたいっていう願いは、だめか?」
「何を言って」
「知ってるか。今日はいい子にしてたら願いが叶う日なんだよ。‥‥それに、みんなこれから一緒に戦うんだ。挨拶くらい、してもいいんじゃないか?」
そう言うと、エリスは黙り込んだ。
こうなったら、あとは勢いだ。
「ほら、行くぞ」
「ちょっ、まだ行くとは――」
「はいはい。苦情なら後で聞くよ」
勇輔はエリスの手を引いて、リビングに向かった。
もう声が聞こえていたのだろう。カナミがエリス用にドリンクを注ぎ、月子がクッションを置いてくれていた。
「ごめん。エリスも参加していいか?」
「ええ、もちろんですわ」
「来れたんですね。いつも綾香がお世話になっています」
カナミと月子が歓迎の言葉を述べ、ネストとベルティナは緊張した面持ちで頭を下げた。
そしてシャーラとエリスの目が合う。
「――シャーラ、いいかしら」
「いいよ」
二人の会話はそれだけだった。この家で前に再会した時も、二人で少し話をする程度だった。
仲が悪いわけではなく、二人にとってはそれで充分ということだろう。
勇輔はエリスを座らせると、その隣に腰を下ろした。
「陽向、エリスもプレゼント持ってきたって」
「‥‥あ、はい! 分かりました!」
ぼんやりとエリスを見つめていた陽向が、ビシッと敬礼のポーズをとった。
場を盛り上げるように、陽向が言った。
「それではエリスさんも来ましたし、三度目の正直ということで、プレゼント交換会! 始めましょう!」
いぇーい! と勇輔たちは拍手で応える。もしもこの場に総司や松田がいれば、五倍くらいのテンションになったはずだが、それは致し方ない。
陽向はスマホを取り出してルールを説明した。
「プレゼント交換って言っても、やることは超簡単です。音楽が流れている間にぐるぐるプレゼント回して、音楽が止まったら手に持っているものがその人へのプレゼントです。もし自分のが来ちゃったら、隣の人と交換してください」
流れ出す、テンポのよいメロディ。
「はい、ランダムタイム!」
時折陽向がそう叫び、適当なメンバーのプレゼントを入れ替える。
こういう時、陽向がいてくれてよかったなあと思いながら、勇輔はプレゼントを回した。
そして数分後、音楽が鳴りやんだ。
「そこまででーす。みなさん、自分のプレゼント当たってないですか?」
それぞれが顔を見合わせるが、どうやら自分のプレゼントが当たった人はいないようだった。
「じゃあ、開封しましょうか」
「そうだな。これ、誰のだ?」
「私のではないですね」
そうかと、勇輔はプレゼントの包装を開いた。
包装紙の下から出てきた白い箱を開けると、鮮やかな
「これ、マフラーか」
触り心地のよい生地で、首に巻いても気持ちいいだろう。
考えてみれば勇輔はマフラーを持っていなかった。実用的でありがたいプレゼントだ。
誰からのプレゼントだろうかと勇輔が周囲を見回すと、皆プレゼントを開いては、誰のものかと盛り上がっているところだった。
マフラーが誰のものか聞こうとした時、勇輔の目にあるものが映った。
「これは‥‥
エリスが手に髪ゴムを乗せて、しげしげと見つめていた。
黒のゴムに、金の装飾がついているものだ。ついでに、シンプルな髪ゴムも何本か入っている。
「ああ、それ俺のやつだ」
――エリスに当たったのか。
そう思いながら勇輔は何となしに言った。
実はアステリスにゴムはなく、髪を結ぶのは髪紐が主流だ。あれば便利かなと、そんな気持ちで買ったのだが、エリスは目を大きく見開いて、小さく呟いた。
「そう。ありがとう」
金色の髪飾りは、彼女の
勇輔は結局このマフラーは誰のものなのかと口を開こうとした時、突然立ち上がる者がいた。
「‥‥リーシャ?」
普段では考えられない勢いで立ち上がったのは、リーシャだった。
下から見上げているはずなのに、その顔は深く
「どうした? 何かあったのか?」
「少し――外の空気を、吸ってきます」
「外の空気って‥‥」
窓から見える外は既に暗く、空には
どう考えても、外に散歩に行くような時間でも、気温でもない。
「ごめんなさい」
勇輔が止めるよりも先に、リーシャはコートも
「ちょっ! リーシャ、待てって!」
ただならぬ気配に思考停止していた勇輔が慌てて立ち上がり、後を追いかけようとしたが、そんな勇輔をカナミが止めた。
「ユースケ様、私が行きますわ」
「俺も行くよ。外で何があるか分からないし」
「大丈夫ですわ。リーシャの足ではそう遠くへは行けませんし‥‥」
カナミは少し、それを言うかどうか迷った様子だったが、静かに告げた。
「今勇輔様が追いかけるのは、よろしくないかと」
それは明確な拒絶だった。
「そう、か‥‥」
勇輔は立ち上がろうとしてた膝を下ろし、カナミはリーシャを追って外に出た。
そうして、クリスマスパーティーは真冬の寒さを思い出したかのような空気の中で、終わりを迎えた。
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