第115話 待ち人とは
目が覚めた時、自分が座らされていることに気付いた。
見えるのは勇輔に買ってもらった服と、武骨な黒い手枷を付けられた両手だった。
(ここは‥‥)
記憶と現状がうまく結びつかず、リーシャはぼんやりした頭のまま周囲を見回した。
どこかの一室らしく、自分が座らされているのはソファーのような柔らかな椅子だ。
電気が通っていないのか、天井付近に吊り下げられたランタンが辺りを淡く照らしている。
よく見れば床や壁も荒れていて、どこかの廃墟のようだった。ただ内装そのものは手入れが行き届いているようで、妙にちぐはぐな印象があった。
無意識の内に手を動かそうとするが、手枷が邪魔で自由に動かない。逆に足は拘束されていないようで、問題なく動かすことができた。
(なんでこんな物が‥‥あれ、確か合宿から帰って来て、それで)
そこまで考えて思い出す。
突然の襲撃と、そして自分が捕らえられたことを。
「カナミさんは!」
戦闘の途中から記憶がない。最後に覚えているのは、自分を助けようと身構えるカナミの姿だった。
しかし周囲に彼女の姿は見えない。
嫌な予感が頭の中いっぱいに膨れ上がり、恐怖と焦燥が胸を掻きむしる。慌てて立ち上がろうとするが、脚に力が入らず体勢を崩して椅子にもたれかかった。
そんな彼女に音もなく近づく影があった。
「目が覚めたのですね。気分はどうですか」
現れたのは黒い女性だった。リーシャは知りもしないが、その服装はアステリスの侍従が着用する仕事着、地球で言うメイド服だった。現代の喫茶店で普及しているようなものではなく、正統な落ち着いたものだ。
肌は抜けるように白く、漆黒の髪は邪魔にならないよう団子に纏められている。切れ長で冷徹な瞳がリーシャを見下ろしている。
「あなたは‥‥」
見た目は美しい女性そのものだが、人族ではない。
ほとんど魔力を発してはいないが、聖女たるリーシャにはすぐに彼女が魔族だと知れた。
黒い戦士にリーシャを捕らえた男。加えて三人目の魔族。
リーシャにもそれが異常だということくらいは分かった。
「私はロゼ・クレシオンと申します。ロゼとお呼びください」
ロゼと名乗った魔族は丁寧な所作で頭を下げた。
これまでリーシャが見てきた魔族はルイードしかりタリムしかり、全員が恐ろしい戦士だった。
微かに感じる魔力こそ魔族のものだが、見るからに戦いとは程遠いロゼは珍しく見えた。
たとえ魔族であっても、育ちの良いリーシャは名乗られればそれを無下にすることはできなかった。
「‥‥私はリーシャと申します。女神聖教会にて恐れ多くも聖女の称号を授かりました。カナミさんはどこにいるのですか?」
「申し訳ありませんが、それは私にはお答えできかねます」
ロゼは端的に答えた。
「どうして!」
「分からないのです。戦いに敗れたところまでは知っていますが、その後は見ておりません。恐らくまだ生きてはいると思いますが」
淡々と続く言葉にリーシャは目を見開いた。
自分がここにいるということは、カナミが助けられなかったということだ。
そこまでは予想できていたが、まさか敗れてしまったとは。カナミは強い。それは近くで見てきたリーシャがよく分かっている。
そんなカナミが負けた。しかもロゼは「まだ生きているとは思う」と言っていた。敗北が戦士に何をもたらすのか、世間知らずのリーシャだって知っていた。
「‥‥」
今すぐにこの部屋を飛び出してカナミを探しに行きたかった。他の聖女であれば回復の奇跡を起こせる者もいると聞いたことがあったが、リーシャにそんな力はない。カナミのところに行ったところで何ができるわけでもない。
それでも、あの人の下に行きたかった。
しかし目の前のロゼがそんなことを許すはずがなかった。目線の動きたった一つでリーシャは制止させられる。
どれだけ敵意のない態度であろうと、その本質は魔族だ。
「私をこんなところに連れてきてどうするつもりなのですか?」
カナミのことを聞いてもこれ以上はどうしようもないと判断したリーシャは質問を変えた。
それに答えたのは、全く予想外の声だった。
『そんなもん、利用して殺すために決まってるだろ?』
「っ⁉」
ギザギザに尖った敵意剥き出しの言葉を吐き出したのは、リーシャの目前、ロゼから聞こえてきた。
だが返したのはロゼではない。
彼女の団子状に纏められた黒髪、それがガパリと口を開き、声を発したのだ。
『まさかてめえ、自分は殺されないなんて思ってねえよな?』
それがロゼによる魔術だということはすぐに分かった。
問題は、その声に聞き覚えがあったこと。
「あなたは、あの時の」
『あ? 一回名乗ったんだから名前ぐらいは覚えろよ、鍵。‥‥まあ今の俺は
まるで黒いスライムのようなお団子髪は、ロゼを差し置いて好き勝手に話す。
『てめえは人質だ、餌を釣り上げるためのな。お役御免となれば、当然殺す』
「餌とは、誰かをおびき寄せるということでしょうか」
『――あん?』
言いたい放題言っていたフィフィが言葉に詰まった。
ロゼもまた表情を変えずリーシャを見下ろす。彼女の眼は曇りなく、ただ一直線にロゼを見ていた。そこに死の恐怖は微塵も見えない。今まさにたった一人、敵の手中にあるというのに。
「教えてください。誰を呼ぼうとしているのですか?」
「それは」
「勇者だ」
全員の視線が一点に集まった。
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