第170話 トラブる

 そりゃ、聞きたいことはたくさんあるよな。


「そうだよ。嘘ついててごめんな」

「それは全然いいんです。私は向こうにいた時はほとんど外に出られなかったので、どんなところに行ったのかなって」


 俺がアステリスで行った場所ね。四年以上もいたから、パッと思い出すだけでも相当な数になる。

 人族の国、魔物の住まう森、竜の渓谷。俺はつらつらと思い出した順に話していった。


「そういや魔族の国にも行ったことあるな」

「魔族の国ですか⁉ 入っても大丈夫なものなのでしょうか」

「お忍びというか、正体隠してだったけどな。知らなかったことがたくさん知れて面白かったぞ」

「そうなんですね‥‥。想像ができません」


 魔族の国の文献なんて、どの国でも一般人が読めるようなものじゃないからな。まさか聖女に読ませるわけもあるまい。


 人族にとって魔族とは、血も涙もない怪物で、まともな家族愛もなく、獣のような弱肉強食の生活をしているものなのだ。為政者にとっては、そちらの方が都合がいい。


 少し考えればそんなはずがないと分かるのに、人族はそれを本気で信じている。


 リーシャも機会があれば、一度魔族の街を見せてやりたいな。聖女としてではなく、人として大きく成長できるはずだ。


 俺が連れてくのは無理でも、カナミとかに頼んだら連れてってもらえないものかな。


「他にはどんなところに行ったのですか?」

「あとはそうだな、冥府にも行ったぞ」

「何言ってるんですか」


 あははーと笑っているところ悪いが、マジだぞ。


「リーシャ、行こうと思えば冥府には行ける」

「え、本気で言ってますか? 冥府って女神様の加護を失った咎人が落ちる場所ですよ」

「諸事情あって落ちたというか引き込まれたというか。まあ何度も行きたいところではなかったな」

「‥‥」


 あまりの驚きにリーシャが絶句しているのが分かった。


 気持ちは分かる。俺もまさか行くことになるとは思わなかったよ。


「冥府はともかく、リーシャもアステリスに戻ったらいろんな所に行けるといいな」


 そう言うと、背中を洗う手が止まった。


「それは無理です。私は聖女ですから、神殿からは出られません」


 特別悲しそうでもなく、淡々と。どうにもならない現実を語る声だった。

 確かにこの間までならそうだったかもしれない。


「リーシャなら大丈夫だよ。聖女だからって神殿に留まらなきゃいけないわけじゃない。今ならどんなところにだって行けるさ」

「そんなことできません、私一人じゃ、何もできません」


 ぐっと、タオルを握る手に力がこもった。

 そんなことはない。


「リーシャ、君は今まで何人もの魔族と戦ってきた。こういう言い方はあれかもしれないけど、俺の戦いをサポートできる人間なんてほとんどいない。それだけの力と経験があれば、どこにだって行けるし、なんだってやれる」


 人族の多くは、魔族と戦ったことすらない。


 リーシャはそんな魔族の英雄を相手に立ち向かい続けてきた。


 そんな人間が神殿を出られないはずがない。


「メヴィアだって聖女だけど好き放題やってるんだ。リーシャだってできるよ」

「‥‥そうですね。頑張ります」


 まだどこか自信なさげな声でリーシャは答えた。戻るまでにもう少し自信がつけばいいんだが、こればっかりは自分で成果を積み重ねていくしかない。


「ユースケさん、洗い終わりました」

「おお、ありがと。じゃあ俺はもう出るから、リーシャはこのままちゃんと風呂入れよ」


 思い出話をしていたせいで忘れてたけど、今の俺の状況は犯罪そのものだ。肌色爆弾を視界に入れず、できる限りスピーディーに離脱しよう。


「分かりました。じゃあ一回どきま――」


 声が途切れた。これだけの距離にいると何が起こったのか見なくても分かる。立ち上がろうとしたリーシャが足を滑らせたのだ。


「っ」


 反射的に身体が動き、こけそうになるリーシャの身体を支える。


 しかし考えてみてほしい。狭い浴室で、ほぼ密着状態から身体を支えようとしたらどうなるか。


 柔らかな肌の感触に俺の手が埋まった。


 ――ぉおお?


 埋まったというか、埋めていただいたというか。とにかく何これ、手が幸せに包まれている。俺が触ってるのどこ、ここ?


 あまりの衝撃に数秒意識が飛んだ。


 意識を取り戻した瞬間、更なる驚愕が俺を殴りつけた。


 固く結ばれていたであろうバスタオル。だがその防御はあまりにはかなかった。それなりの時間が経ったせいで緩んでいたのか、俺の手がぶつかってしまったのか。


 結局何が言いたいかと言うと、


「‥‥」

「――!」


 リーシャの身体を隠していたはずのバスタオルは見事にほどけ、落ちていた。


 幸か不幸か、バスタオルの下は裸というわけではなかった。


 合宿でも着ていたはずの水着だ。


 あの時Tシャツと短パンで見られなかった水着は、若草色のワンピースで、細かなフリルがアクセントになっていて非常に可愛らしい。


 露出も抑えられ、清楚で落ち着いた雰囲気を感じさせる水着だが、いかんせんリーシャのスタイルが良すぎるせいで、アンバランスな魅力を醸し出していた。


「あ、あ、あぁ‥‥」

 

 リーシャの顔が一気に赤くなっていく。


 そうか、それがリーシャの用意した水着だったんだな。こういう時、男は恥ずかしがってはいけない。心に浮かんだ言葉を、真正面から伝えるのだ。


「リーシャ」

「は、はひ――」


 何を恥ずかしがる必要がある。胸を張れリーシャ。


「めっちゃ可愛くてエロくて最高だと思うぞ!」

「ふしだらですぅぅううううっっっ‼」


 直後、凄まじい勢いで発動された聖域によって俺は浴室の壁に叩きつけられた。

 

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