第171話 空から降ってくるのが女の子とは限らない

 オスカーとシャーラは櫛名くしなの案内でホテルに到着した。ここでユースケの候補を聞き、明日には探すことになるだろう。


 今日ぐらいはゆっくり休みたいものだが、果たして傍若無人のお姫様がその話を聞いてくれるだろうか。オスカーは思案しながら車を降りた。


 そしてシャーラの手を取り車から降ろす。


 彼女は出るなり、上を見上げた。


「では部屋の方に行きましょうか」

「ああ‥‥」


 櫛名の言葉に返事をしながら、オスカーはつられて顔を上げた。 


 ホテルは首都らしく背の高い建物で、午後の太陽が上部を照らしていた。


 ――なんだ?


 そこに異物が紛れ込んでいた。


 小さく、ともすれば見落としてしまう黒い影。


 それは確かに何者かの人影だった。


「なに⁉」


 その黒い影が、空に身を躍らせた。投げたのではない。人影は確かな意味ある姿勢でもってこちらに降ってきたのだ。


「シャーラ様!」


 オスカーはシャーラを背後にかばい、近くにいた櫛名くしなを蹴り飛ばす。直後、人影が目の前に着地した。


 アスファルトがひび割れ、衝撃にタクシーが真横に吹っ飛ぶ。


 運転手は無事だろうな。


 そう思いながらオスカーはジャケットの内側に手を差し込み、得物を抜き放つ。


 銀の光を帯びる十字剣は当然服に隠せるような代物ではないが、『十字架を身に着ける』という聖職者としての在り方が、それを可能にしていた。


 降り立った者は、古めかしい金属製の鎧を着ていた。顔は兜によって一切見えないが、体格からして男だろう。


 俺たちの同類か? あまり見たことのない鎧だが。


 現代において、骨董品のような鎧を身に着ける人間はそういない。それこそ歴史と伝統を背負い戦う祓魔師エクソシストでもなければ。


 あるいはロンドンの街に現れた、あの異形のような魔族・・とやらか。


 どちらにせよ、この登場で味方ということはあるまい。


「何者だ、貴様?」

「‥‥」


 乱入者は答えず、足に力を溜める。


 しゃがんだ状態から、その力を一気に解放。凄まじい勢いで鎧の男がオスカーへと突っ込んできた。


「ちっ、話もできんのか不作法者め」


 オスカーは悪態を吐きながら応戦。十字剣が鋭くひらめき、鎧男へと襲い掛かる。


 それをいなしたのは、ガントレットによる拳打だった。


 お互いに踏み込み加速した状況の中、鎧男は寸分たがわぬ角度で剣に拳を当て、攻撃を流したのだ。


「っ!」


 オスカーは驚愕しながらも空いた手を振るう。袖から豪速で撃ち出されるのは、銀の杭だ。ほぼ眼前で放ったはずのそれすらも、鎧男は容易く避ける。


 なんという反射速度。


 驚愕していられたのは一瞬だった。この間合いに入り込まれた時点で、攻撃の回転率は比べるべくもない。


 拳の乱打が展開された。


 密接状態から拳打を避けるのは容易いことではない。剣を盾になんとか防ぐが、その間をすり抜けて拳が腹に突き刺さる。


「っぐぁ‥‥!」


 速く、重い。純粋な身体能力はオスカーよりも上だ。


 しかし、


「あまり祓魔師エクソシストを舐めるなよ」


 鎧男の腕を掴んで強引に拳を止める。肉体の痛みや傷など、大した問題ではない。そして怪我を恐れなければ、直線的な攻撃を止めるのは可能だ。


 聖句を刻んだカードが舞い、鎧にまとわりつく。それは異教の身を焼く言葉の炎。たとえ鎧の上からだろうと、刻まれた言葉は消せない。


「っ!」


 それは想像以上の効果をもたらした。掴んだ腕から、鎧男の苦悶が伝わる。これは異教を拒絶する奇跡、日本人のような宗教そのものに関心の薄い相手には効果が薄い。


 反面、別の神への信仰心が強ければ強いほど、痛みは強くなる。


「ほう、信仰心だけは本物らしいな」


 動揺した瞬間に鎧男の体勢を崩し、鎧の隙間を狙って十字剣を振るう。


 信仰を焼く奇跡はオスカーの想定を超える効果を発揮したが、それは敵の心にも火を付けた。


「グゥッォァアアアアア‼︎」


 鎧男がその場で独楽のように回転した。


 地面を削り、火花と共に振り回される拳は、十字剣を弾き飛ばす。男は更に加速しながら、的確にオスカーへと距離を詰める。


 これまでの拳をはるかに超える速度のそれは、当たれば防御ごと砕かれるという予感があった。


 回避を──、下がろうとしたオスカーの耳に、端的な言葉が聞こえた。




「騒がしい」



 

 キンッ、と涼やかな音を立て、鎧男の動きが止まった。

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