第373話 約束の丘
◇ ◇ ◇
何かに身体を引っ張られる感覚。
上下の方向感覚もない、光も重力も感じない空間で、俺は何かに引かれ続けていた。
身体を動かすどころか、魔力の存在すら感じず、呼吸をしているかも分からない。
それはつい最近経験したばかりの感覚だった。
ユネアの魔術でベルティナさんの魂に潜った時、あの時によく似ている。
意識そのものが
俺は一体何をして――。
「アイリス、本当に来ないのか」
どこからか聞こえた声に、一瞬で意識が
俺は、そうだ。魔術を全てかき消されて、『
ここはどこだ? みんなはどうなった?
その疑問に対しての答えは、すぐ目の前にあった。
ここはどこかの丘らしく、夕日が辺りをオレンジ色に染めている。
そこに二人の人が立っていた。
玉虫色の髪を揺らす美丈夫。グレン・ローデストだ。
そしてその対面に立っているのは、黒髪を一つに結わえた少女、リィラの
この二人がいるということは、俺が今いるのは誰かの記憶の中なのか。『鍵』のメンバーが近くにいたから、彼女たちの魂を通してまたここに来てしまったのかもしれない。
みんなはどうなったんだ。どうして俺はここにいる?
何とかこの空間から脱出できないかと魔力を回そうとするが、心象領域の中同様、魔力の気配すら感じられなかった。
あの時も記憶を見ていた時間に対して、現実の時間はほとんど進んでいなかった。
今焦っても仕方ない。
慌てるな。
『鍵』は恐らく殺されない。たとえ異空間に飛ばされても、役割が残っている限り生きているはずだ。他のメンバーはそうそうやられるような玉じゃない。
落ち着け。
敵の『
俺が深呼吸をして気持ちを落ち着けている間に、アイリスが答えた。
「はい。ここが私の故郷なのです」
「それは
グレンが夕日を見ながら言った。
どういうことだ。
たしか前に見た時は、理想郷がどうこうと話していたはずだ。つまりこの場面は、前に見た場面よりも後の光景なのか。
そしてグレンたちは前に見た街から新しい場所に行こうとしているのだろう。
アイリスが同じように夕日を見た。
「分かっています。私たちの故郷だからこそ、誰かがここで待たなければいけないでしょう。いずれ、戻ってきたいと思った時に、私がここにいます」
「そうか。‥‥リィラが寂しがるな」
「そう思っていただけるだけでしょうか。お目付け役がいなくなって、羽を伸ばすかもしれませんよ」
アイリスはそう言って笑った。
彼女は共に新天地にはいかないのか。
二人の表情を見ていれば分かる。彼らが戻ることは、二度とないと。それを、二人とも理解している。
今交わしている言葉は絵空事だ。
「羽を伸ばす暇があればいいがな」
「ローデスト様もお気を付けて。どんな災厄が待っているか、何も分からないのですから」
「どんな場所でもいいさ。少なくとも、この世界よりは生きやすい」
その時、ある考えが俺の頭を
まさか‥‥。
最後にアイリスが真剣な顔でグレンを見た。
「リィラ様を頼みます」
「任せておけ。俺の命ある限り、あいつを守るさ」
「‥‥その言葉が聞けて、嬉しいです」
アイリスが泣き笑いのような顔で、頷いた。
その瞬間、俺の身体はあの時と同じように空へと吸い込まれる。
もしもこの考えが当たっていたとしたら、俺たちは――。
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