第418話 繋ぐ力

    ◇   ◇   ◇




 嬉しいな。


 魔術を発動した時、一番最初に思ったことがそれだった。


 皆が俺を勇者として認めてくれている。もう一度戦うことを、応援してくれた。


 それがたまらなく嬉しい。


「『さあ皆、行こう』」


 竜が巨大な口を開いて突っ込んできた。


 大きすぎて、避ける場所はない。


 この竜、さっきまでの自然の力を全て内包しているだけではない。色濃く感じられる、エーテルの気配。


 世界に満ちる神秘の力。


 それそのものが形を取って襲ってくるのだから、もはやこれは星の一撃に等しい。


 しかし負けられない。俺は自分で勇者としての座を願い、皆が座らせてくれた。


 その信頼を裏切ることはない。


 避けられないのなら、どいてもらおうか。


 脳に呼び起こされるのは、圧倒的な暴力。どれだけ捻じ曲がろうと、理想に進み続ける信念。



 ――狼狽うろたえるな。俺の術が道を開ける。



 肩にそっと触れるのは、小さくも力強い戦士の手だ。


 借りるぞ、ラルカン。


「『灯火リンク――双掌重天握ディス・アクスコラプス』」


 二つのてのひらが、歪曲の球体を握る。


 それは竜へと衝突し、その頭を曲げた。


 ぐぐぐと竜の進路を変え、空に向けて軌道をらす。


 次なるは、俺に信念を貫くことを教えてくれた騎士の魔術。



 ――行け‼


 

 たった一言と共にグレイブは俺の背中を押した。


「『灯火リンク――騎士道ナイトプライド』」


 一歩を踏み出す。


 次の一歩。前へ、前へ走る。


 その歩みが確かな力となるのを感じながら、俺は空を蹴ってユリアスへと向かった。


 そこに二体の竜が挟み撃ちで向かってくる。


 感じる。今の一発で、この竜は既にラルカンの魔術に対して耐性を得ている。


 上等だ。



 ――目を逸らさないでください。


 

 落ち着いた声色で、リストは本を開きながら言った。


「『灯火リンク――おしゃべりな魔導書スペルメーカ―』」


 グレイブたちと共に旅をした王国魔導騎士団、リスト・セラエの魔術。その時その時において、最善の魔術を作り出す万能の術式。


 左手に顕現させた魔導書は、ひとりでにページをめくり、魔術を発動する。


 瞬間、俺は幻影となって実体を無くした。


 目標を見失った竜たちが通り過ぎていく。


 魔術の効果は一秒も持たない。そこへ、間髪入れずに次なる牙が降ってきた。受けるか、避けるかを一瞬迷う。



 ――ユースケ、油断しない。



 冷たい手が俺の手を握り、流麗な動きで剣を振り上げさせた。


 シャーラの剣技は、衝撃を流しながらも確実に竜の牙を受け止めた。


「『ッ――‼』」


 ゴッ‼ と天が丸ごと落ちてきたような重さに、受け止めた剣ごと叩き落とされそうになる。


 ここで一歩でも退けば、『騎士道ナイトプライド』の効果は消える。



 ――わたくしはあなたと共にありますわ。



 剣に添えられる彼女の手。それはもう、城で泣いてばかりだった頃の小さな手ではない。


「『灯火リンク――血の盟約ブラッドロール』」


 カナミ、力を貸してくれ。


「『つるぎよ。森羅万象を切り拓き、我が意を示せ』」


 コウッ‼ と赤い糸を絡ませた剣が震え、牙に食い込んでいく。契約による能力の向上。


 そこに技を掛け合わせる。



 ――小僧、一度決めたからにはやってみせろ。



「『灯火リンク――真流星剣オル・ステラ』」


 剣聖の絶技は、刹那の間に竜の逆鱗げきりんへ刃を滑り込ませ、解体する。しろを失い、パッと、魔力がきらめきとなって爆発した。


 一気に溢れる暴力的な魔力の波を渦に巻き込み、次なる技へ繋げる。


「『真流竜剣オル・エルトニア』」


 くれないの竜剣が、ユリアスへと飛翔した。


 『星砕く龍脈ディストラクション』をも飲み込んだ一撃だ。七色連環剣の中でユリアスに刃が通るとすれば、奴自身の力を利用した斬撃をおいて他にない。


「無駄だよ」


 ユリアスはただ腕を一振りした。


 それだけで三体の竜が竜剣に食らいつき、噛み砕く。


 駄目か。


 それならやはり間合いに飛び込んで、直接斬るしかない。


 しかしそこまでの道のりがあまりにも遠い。こちらが魔術を発動すればするほど、あの竜たちはそれに対応していく。


 無限に湧き出る『星砕く龍脈ディストラクション』をさばいてユリアスに近付くのは、至難の業だ。


「考え事をしている余裕はないよ」


「『ッ――⁉』」


 頭の上で、竜があぎとを開いていた。牙の一撃ではない。


 そこから放たれるのは、地表を焼き払う竜の息吹ブレス


 カッ‼ と太陽がまたたいた。



 ――構えて、ユースケ。

 ――今度は私が守る番ですね、先輩。



 彼女たちが、笑顔で俺の前に躍り出た。


「『灯火リンク――愛せよ乙女メルヘンマイン‼』」


 桜色の炎を盾として展開する。


 衝突と衝撃。灼熱の光が視界を埋め尽くし、荒れ狂る。それでも、俺には届かない。想いを強さに変えるノワと陽向の盾は、竜の息吹ブレスを受け止めてみせた。


「『しまっ――⁉』」


 しかし自分を守るので精一杯だった。


 地上にはまだ月子がいる。


 そこに息吹ブレスの余波が叩きつけられんとする。


 ここで月子を助けに行けば、ユリアスとの距離は遠くなる。それを詰めるのは絶望的だ。


 大義のために見捨てるのか?


 迷ったのは一瞬だった。


 その迷いを、即座に断ち切る者たちがいたのだ。


 レイピアと拳が、月子を守るように突き出される。



「『白くあれ花茨ホワイトリリー』‼」


「『暴駆アクセル』‼」



 ゴウッ‼ と二つの魔術が息吹ブレス相殺そうさいした。


 ――何だよ、おい。


 いるならいるって、最初に言ってくれよ。


「振り返らないでユースケ‼」


「ユースケ、進めぇ‼」


 満身創痍まんしんそういのエリスとコウガルゥが、叫んだ。


 恐らく生死の狭間にいたから『我が真銘』が繋がらなかったのだろう。そして二人を起こしたのは、間違いなく口の悪い聖女様だ。


 最高の置き土産だよメヴィア。


 きっとネストとイリアルも回復している。


 それならば、もはやうれうものは何もない。


 ただひたすらに進み、お前の下に行く。


 弓を引くように、限界まで身体に力を溜め、解き放つ。


 胸の奥で、獣が鳴いた。進めと言わんばかりに。


「『勇騎邁進ナイトグローリー‼』」


 俺は赤き矢となって放たれる。骨、肉、血の一滴に至るまでが魔術と化し、加速する。


「勇輔ぇぇぇええええええええ‼‼」


 聞こえたのは月子の声か、あるいは全員か。


 進路を妨害するように立ちふさがった竜たちに、下からいくつもの魔術が飛んできた。闇の矢が、翼の槍が、金のいかづちが、白の茨が、蒼銀の拳が、道を作るように竜たちへと突き刺さった。


 それは刹那せつな、竜たちの動きを鈍らせる。



 ――行け。


 ――進め。


 ――前へ。



 皆が稼いでくれたわずかな間隙かんげきを、駆け抜ける。


 どこまでも遠く、長く感じた距離は、すぐに消え去った。


「『――――』」


「――――」


 剣が届く距離に、ユリアスがいた。


 呼吸を止め、剣を振り上げる。全身の力と魔力と意識を絞り上げ、刀身に乗せる。




 剣を振り下ろす一手先に、ユリアスの魔法が発動した。




「『円環の乖理ウロボロス』」




 竜たちの頭が、超次元の速度で回転し、互いを喰らい合った。圧倒的な力同士がぶつかった時、そこには膨大なエネルギーが生まれる。救済ではなく、世界そのものを滅ぼしかねない禁忌きんきの一撃。


 間に合わない。


 剣を振るよりも先に『円環の乖理ウロボロス』は俺を消滅せんとした。






『ユースケさん』






 その光が、止まった。


 誰がそれをしてくれたのか、考えるよりも先に身体が動いていた。


 欲しかった一瞬。


 黄金舞うそこへ、命をして飛び込む。


「『がぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼』」


 剣を振り下ろした。


 刀身に極限まで注いだ全ての力を解放し、魔術を組み上げる。


 魔術も、魂も、存在も。ありとあらゆるものを一閃の下に断ち斬るつるぎ











 我が真銘――『極剣アンカルナム』。










 くれないの一閃が、世界を断った。


 竜も、空間も、何もかもが一筋の剣閃に飲み込まれ、消えていく。


 それはユリアス・ローデストも例外ではなかった。


 彼は魂ごと消えゆく中で、俺の顔を見て。


 穏やかに笑っていた。

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