第123話 出会い
ネーナ城周辺の丘陵帯で起こったセントライズ王国と魔族の戦争が激化し、第三騎士団の派遣が決定されたと聞いたのが一昨日のことだ。
他国で別の任務に当たっていた俺たちは、参加要請こそなかったが、即座にその戦場に向かうことを決めた。
時間短縮のために街道を使わず、魔獣の出る山を走って越える。それは言うほど容易いことではない。
「姫様、体力は問題ありませんか?」
先頭を行くグレイブから声がかけられた。俺の前を走るエリスが即座に返す。
「大丈夫よ。むしろもっとスピードを上げてもいいわ」
「なっはははは、それは重畳」
「勘弁してください。僕は元々戦場を走るタイプじゃないんですよ」
グレイブの言葉にリストが冷静に言った。彼は言葉の通り眼鏡をかけた線の細い青年で、文官でもやっていそうな雰囲気だが、実際は魔導騎士団の一員である。恐らく多少スピードを上げたところで容易くついていけるだろう。事実、障害物が多く足場も不安定な中を軽口を叩きながら走っているのだから。
それはエリスも同様だ。セントライズ王国第二王女でありながら、幼少の頃より近衛騎士団のグレイブに鍛えられた実力はそこらの兵士など及びもつかない。もう丸二日近く走り続けているというのに、息一つ乱していないのだ。
きっと三人だけならば、速度を上げていたかもしれない。
リストがそれを止めたのは、他ならぬ俺がこのパーティーにいたからだ。
「ユースケ、辛くとも呼吸を乱さず魔力を回し続けなさい。なんてことはありません。身体強化さえ効いていれば走れるものです」
リストの声を聞きながら、俺は返すこともできない。
おかしいだろ、速すぎるし、走る距離がバグってる。どんだけ体力お化けだよこいつら。地球なら新幹線の距離だぞ。
一見優男なリストも、女性のエリスも俺より遥かに身体能力が高いという事実に打ちのめされながらも、必死で脚を回す。少しでも止めたら二度と動かせないだろう。
しかし二人も相当だが、先頭を走るグレイブは更におかしい。
この山は人の手がほとんど入っていない。俺たちが走っているのは山道ですらない森そのものだ。
グレイブは車を超える速度を保ちながら、ルートを選択し、邪魔になるものは全て切り払って道を作りながら走っているのである。後ろに飛んでくるのが枝葉ならまだ分かるが、丸太や魔獣の死体となると笑うしかない。
あいつ一人で山とか開拓できちゃうんじゃないの。
俺はとにかく三人に置いていかれないように必死に走るしかなかった。
最近は戦闘じゃそれなりに役に立てるようになってきたと思っていたが、平均的中学生の俺とファンタジック異世界人では、根本的なスペックが違い過ぎる。
ただ泣き言を吐いている場合じゃない。
こうしている今も戦況は悪化しているかもしれない。
第三騎士団はセントライズ王国でも屈指の戦力を持つ軍だ。それを当てるということは、状況は推して知るべしである。
そんな不安を慮ってか、それとも少しでも俺の疲労を紛らわせようとしたのか、リストが走りながら言った。
「安心してください。僕たちがするのは遊撃で各所を削っての時間稼ぎです。第三騎士団さえ到着すれば彼らがなんとかするでしょう」
「『‥‥そんな、簡単に行くのか』」
「当たり前でしょ。私が生まれる前はグレイブが団長を務めていたのよ。そこらの軍とは練度が違うわ」
エリスまで参戦してきた。
第三騎士団はほとんど前線に出ていたから、俺はあまり会ったことがない。一度だけ団長を見たことがあったが、三十代のイケメンな男だった。地球にいればハリウッド俳優にでもなっていただろう。
嫌なことを思い出した。エリスはあの団長様に恋焦がれているのだ。
王女と騎士団長の許されざる恋なんて、どこのラブストーリーだよ、ちくしょうめ。
心底くだらない嫉妬の炎で身体強化を維持する。
一歩一歩前に踏み出す度に、何かに近づけるんじゃないかって、そんなことを思いながら。
そうして進んでいた脚が止まったのは、疲労のせいではなかった。
前を走っていたグレイブが突然進むのを止めたのだ。
グレイブの背に追いついたエリスが訝しげに顔を見上げた。
「どうしたの、グレイブ」
「いえ‥‥この先に誰かがいるようです」
誰か?
この森は緑が深すぎて、月の光はまともに差し込まない。
身体強化でうっすらと見えはするが、その程度だ。
俺には誰かいるなんて分かるはずもなかった。
グレイブが硬い声で言った。
「リスト、場合によっては援護しろ。姫様、ユースケは後ろにいてください」
「何言ってるの、敵なら私も戦うわ」
「姫様、私たちの此度の役目はネーナ城への助力。姫様やユースケの魔術は大規模戦で大きな力を発揮します。このようなところで消耗させるわけにはいきません」
「それは‥‥」
強情なエリスも、冷静な指摘に押し黙った。
エリスをここまで容易く御せる人間はグレイブか乳母のどちらかだろう。
大剣を肩に担ぎ、グレイブはいつもの調子で笑った。
「なっははは。心配せずとも、敵ならば私が討ち倒すだけです」
そう言いながら、再び進み始める。
できることなら俺も力になりたいが、グレイブの判断には従うべきだ。
この中では最も経験が多く、実力も図抜けている。俺たち三人がかりで挑んでも勝てないだろう。
勇者だなんだと持ち上げられても、結局はこの体たらくだ。
いつになったら名前に相応しいだけの強さになれるのか、皆目見当もつかない。
そんなことを思いながらグレイブに続いて歩き始めると、程なく視界が開けた。
そこは大きな湖のほとりで、鬱蒼と視界を覆っていた木々もなく、月光が青白く地面を照らしていた。
その中央に、一人の男が座していた。
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