第381話 新世界の鍵
先ほどの発言と同じ声で、少女が言った。
「初めまして、リーシャ、メヴィア、ユネア、ベルティナ。私はシュルカよ」
「は、初めまして」
リーシャとユネアは
他のメンバーは、警戒に満ちた顔でシュルカを見ていた。
フィンや櫛名と同じ場所に座り、「我が主」と言葉にするのであれば、間違いなく
「あらご丁寧にどうも。悪いわね、
「何が同じ立場だよ。囚人と牢番くらいの差があるだろうが」
メヴィアが鼻を鳴らした。
それに対し、シュルカは笑顔を崩すことなく答えた。
「いいえ、同じ立場よ。なんとなく分かっていると思うけど、ここにいるのは全員『鍵』の資格を持った者たち。別の言い方をするのであれば、『聖女』の資格を持つ魔術師たちなんだから」
「っ! あなたも聖女なのですか?」
「違うわ。そっちのユネアやベルティナも違うでしょう。私が話しているのは教会の認定するくだらない肩書じゃなくて、本質のことよ」
指を横に振るシュルカを、メヴィアは細めた目で見た。
「お前、聖女の資格を知っているのか?」
「不思議? 教会が大切に隠し続けた秘密だものね。答えはイエスよ」
「お前レベルの魔術師で教会の関係者なら、知らないはずがないんだがな」
「関係者といえば関係者なのかしらねー。私としては、あんなものと関係しているなんて、微塵も思って欲しくないけど」
「‥‥」
メヴィアは黙って考える。
しかし見ただけで分かるものもある。
シュルカはメヴィアやシャーラと同じ、聖女としての資質を持っている。
それも同等、下手をすれば自分たちよりも高いレベルで。
「‥‥でも、待ってください。その、聖女の資質は、男性には現れないはずでは」
おずおずといった様子でユネアが口を開いた。
その視線の先にいるのは、フィンと櫛名だ。
「‥‥」
「ぅっ!」
ギロリとフィンに睨まれたユネアが震える。
先に口を開いたのは櫛名の方だった。
「僕がいるのは単純な話だ。本来ならシャーラが持つ聖女の資格、『
その時、再びリーシャの方から魔力同士が衝突する音が響いた。
「シャーラさんの魔術を返してください! あなたは、自分が何をしたのか分かっているのですか⁉」
「分かっているよ。その上で返すわけないだろう。シャーラはどんな異空間からも自分の空間に逃げられる上に、単体の戦闘力も化物級と来てる。正直、『鍵』の確保で一番難しいのが彼女なんだから」
櫛名は肩をすくめた。
魔力をぶつけ続けたリーシャが、再び力を失って椅子に崩れる。
「こわ。こんな凶暴だったっけ?」
「軽口には気を付けろよ。正直、お前のしたことに関しては私が一番頭に来てんだよ」
メヴィアは櫛名を睨みつけた。
古い仲間の魔術を奪われたのだ。その怒りは想像を絶する。
しかしここでそれを言ったところでどうにもならないことくらい、メヴィアにも分かっていた。別の方に視線を向ける。
「それで、お前の方はどういう理屈だ」
「‥‥答えるわけないだろう」
問われたフィンは、メヴィアたちの方を見ようともせずに答えた。
「あらいいじゃない。どうせここまで来たら、隠す意味もないでしょ」
「勝手なことを言うな。俺はお前たちと手を組んだが、指図をされるいわれはない」
「ははは、別に指図しているつもりはないわ」
シュルカは笑いながら指を鳴らした。
次の瞬間、白い部屋の中で何らかの力が
何かが破壊されたことにメヴィアは気付き、何が破壊されたのか、フィンだけがすぐに理解した。
「貴様‼」
「ことここに至って、私たちの間に隠し事なんてものは必要ないのよ。どんな真実が明らかになろうと、行きつく先は変わらないんだから」
シュルカとフィンが何を言っているのか、三人もすぐに分かった。
フィンの骨格が男性のものから、丸みを帯びた少女のものへと変わっていく。
上書きされていた映像が消えるように、フィンだったものが消え、後には金の髪に赤い目をした少女が座っていた。
「え‥‥?」
「‥‥そういうことかよ」
フィンは目を見開き、慌てて顔を下に
「見るな‼ シュルカ、元に戻せ‼」
「えー、壊れちゃったからもう無理だって。それに、そっちの姿の方がこの後の説明がしやすいんだよね、
「その名で私を呼ぶな‼」
フィン――フィオナがシュルカに詰め寄らんとするが、彼女もまたリーシャたちと同じ状況にあるようで、立ち上がることはできなかった。
いまいち状況が飲み込めないリーシャが、目を白黒させながら首を傾げる。
「フィオナ‥‥? そちらが本名ということでしょうか」
「多分な。聖女の資格を持っているってことは、あれが本来の姿で、今までは魔道具かなんかで見た目を変えていたんだろ」
「どうしてそんなことを」
素朴な疑問に対して、フィオナがキッ! とリーシャを
「黙れ‼ 貴様のような箱入りの世間知らずが、俺は一番嫌いなんだ! いいか、聖女の資格なんてものは、ごく一部の選ばれた人間以外にとっては、呪い以外の何者でもない‼」
喉が裂けるような叫びに、リーシャはたじろいだ。
「私がこの髪と、目を持って生まれたせいで、どんな人生を歩むことになったか分かるか! 生まれた時から人権も自由も、家族も、何もかもを奪われたんだぞ‼」
椅子を破壊せんばかりの勢いで髪を振り乱しフィオナは叫んだ。
「‥‥そ、それは」
分からない。
リーシャにはフィオナが何を言っているのか分からなかった。
そもそも聖女の資格さえリーシャはよく知らないのだ。
「知るかよ」
「‥‥何だと?」
「お前の事情なんざ知ったこっちゃないって言ったんだよ」
フィオナの目から逃げることなく、メヴィアは言い切った。
「人権、自由、家族。そんなもの無くて当たり前だろ。それが力を持って生まれた者の責任だ」
「教会の奴隷は言うことが違うな。調教されて牙どころか吠え方すら忘れたように見える」
「吠えて何か変わるってんならそうしただろうがな。
メヴィアの目は、フィオナを見ているようで見ていなかった。
彼女が見ているのは、どんな運命の中でも道を切り開いてきた仲間たちだ。
「‥‥」
フィオナが音を鳴らして歯を噛み締める。
「それで、ここにいる連中が全員『鍵』だってことは分かった。何でここに連れてこられたのか、説明はあるんだろうな」
メヴィアの問いに、シュルカは脚を組んだ。
「そうね。もう隠すものでもないし、あなたたちの勇者も同じように話を聞いているところでしょう。いいわ、話してあげる。裁定の結果が出る時まで、私たちにはたくさんの時間があるもの」
長い年月を語るには、初めの一言はあまりに重く、シュルカはゆっくりと口を開いた。
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