第382話 神魔大戦の真実

     ◇   ◇   ◇




 ユリアスは紅茶で口を濡らし、俺にもそれをすすめてきた。


 どうせ毒なんて警戒するだけ意味もない。俺は味の分からない紅茶を、ぐいと喉に流し込んだ。


 そんな俺を、ユリアスはほほ笑みながら見ていた。


 男に見つめられたところで気持ちわるいだけだが、こいつに関しては見目が良いせいか、あるいは雰囲気のせいか、居心地の悪さの方が勝った。


「ユースケ、こうして君とお茶ができるなんて、不思議な気分だ。一度死んでみるものだね」

「俺は別にお前とお茶をしたいと思ったことはないけどな」


 そういう発想すら出てきたことないぞ。


 そんなことよりも。


「お前、本当に死んだのか?」

「何を言っているんだい。殺したのは君だろう」

「そんな元気いっぱいですって顔で言われても、に落ちねーんだよ」


 ユリアスの言う通り、俺はこいつを殺した。 


 神魔大戦も終了しているのだから、それは間違いない。どういう理屈だよ。


「そう。そこから説明してもよいけれど、それよりも聞きたいことがあるんじゃないのかな?」

「この戦いは神魔大戦じゃないと聞いた。どういうことだ」


 ユリアスに水を向けられ、俺は即座に答えた。


 流転セラティエがコウに伝えた言葉。


 きっとこの疑問の裏に、俺たちが知らない何もかもが隠れている。


 ユリアスは少しだけ間を空けて、変わらぬ口調で答えた。


「君も察しているだろう。この神魔大戦は、私が起こした戦いだ」

「っ――!」


 再度剣を振るおうとし、すんでのところでとどまる。


 それが分かっていながら、ユリアスは平然と続けた。


「君の聞いた通り、この戦いはそもそも神魔大戦ではないんだ。神魔大戦の術式に手を加えて、そう見せかけただけのハリボテ。だから魔王も勇者も存在しない」

「何のために‥‥」


 こんなことを起こしたんだ。


 ユリアスは魔王だが、他の魔族と違って人族に対する強い憎しみも、敵対心も持たない。


 彼が戦ったのは、ひとえにそれが魔族のためだからだ。


「前の神魔大戦をやり直すためか」


「まさか。あれはもう既に君たちの勝利で決着がついている。今更どうこうしようとは思っていなかったよ。そもそもこれは神魔大戦としてはハリボテだ。勝敗が決したところで、エーテルの流れは大きくは変わらないはずだ」


「だったら何のためにこんな戦いを始めた」


「私の夢のためだよ」


 夢? 


 夢だと。


「魔族の繁栄か? おかしいだろ。それこそこの戦いに勝ったところでたいした意味はないんじゃなかったのか」

「それも目的の一つではあるけれど、それが本質ではないよ」


 何を言っているんだ、こいつは。


 さっきから話が全く見えてこない。


 そこでユリアスは少し困った顔をした。


「どこから話せばいいか、全てとなると少し長くなる。それは君も本意ではないだろう」

「ああ、手短にしてくれ」


 できれば三行くらいにまとめてもらえると話が早くて助かる。


 ユリアスの指が、カップの取っ手を指で撫でた。


「アステリスに居た頃から、疑問だったことがある」


「なんだよ。手短にって言っただろ。そういうクイズに付き合っている暇はないぞ」


「クイズではないさ。君にも言ったことがあるだろう。‥‥どうしてアステリスの魔族と人族は互いを憎み合うのか。何故、神魔大戦なんてものが生まれたのか。ずっと疑問だった」


「‥‥」


 その言葉を聞いた瞬間、記憶の引き出しが、内側から叩きだされた。


 それは最後の戦いで、二人で向き合った時。ユリアスは同じことを口にしたはずだ。


 人族と魔族は、互いを受け入れられない。


 それは好きだとか嫌いだとかではなく、種としての本能が互いの生存を認められないのだ。


「神魔大戦は女神様と、魔神の契約によるものだろう。長い間戦い続ければ、お互いに相容あいいれなくなったとしても不思議じゃない」


 アステリスにあるエーテルという魔力資源は有限だ。


 それを手に入れるための神魔大戦であり、そこで勝つための進化。


 そういうものだと思っていた。


 生き残るためには勝たなければいけないのだから、敵への情けは生存戦略上、かせにしかならない。


 ユリアスはうなずいた。


「ユースケはやはり頭の回転が速いね。私もそうだと思っていたよ。神の思し召しおぼしめし故に、仕方のないことだと。その種に生れ落ちた時から背負う、ごうなのだとね」


「まるで、今は違うとでも言いたげだな」


 そう聞くと、ユリアスは口を閉じて上を見た。


「私がユースケに斬られて死んだ時、本来なら魔神様の下へと還るはずの私の魂は、どういう因果か、世界を渡った。気付いた時には、この地球にいたんだよ。ユリアス・ローデストの魂を持った、まったくの別人としてね」


「そんなことが、あり得るのか?」


 つまり魂だけで異世界転移をしたってことだろう。俺も世界を飛び越えているし、無い話ではないのかもしれないが、それにしたって荒唐無稽こうとうむけいだ。


「実際にあったのだから、あり得たとしか言えないね。私と君の魔術がぶつかったせいで、世界を覆う壁が不安定になっていたのかもしれない。そこで私は長い間、この地球で人間として生きてきた」


 あまりにも信じられない話だ。俺が生きてきたこの地球で、ユリアスもまた生きていたなんて。しかしその証拠が、目の前に座っている。


 ユリアスの話は静かに続いた。


「私はこの地球で生きてきて、ある事実を知った。きっとこの世界の人間なら、誰もが当たり前に知っている事実に、気付いたんだ」


「‥‥事実?」


 ユリアスは賢い。


 きっとどんな魔族よりも、下手をすれば人族も含めて一番賢いかもしれない。


 それほどの賢者が、見落としていた事実。


 ユリアスは玉虫色の髪を揺らして、どこか自嘲するように言った。


 そう、俺たちにとってはあまりにも当たり前の事実を。




「神が人を作るんじゃない。人が、神を創るんだ」




 それは否定だった。


 アステリスの根幹を支える創世神話。


 人族と魔族。


 女神と魔神。


 神魔大戦。


 それら全ての前提を破壊する暴論。


 アステリスに住む者では、絶対に辿り着かない真理。


「女神も、魔神も、神魔大戦すらも、望まれたから存在した。って欲しいという人々の願い、祈りから、生まれたんだ」


 その言葉を発するのに、どれほどの覚悟が必要だったのだろうか。


 おのれの信じてきた全てを否定し、見つめ直すのに、どれほどの痛みがあったのだろうか。


 だからこそ、ユリアスの言葉は自然と胸の中に入ってきた。


「あの戦争を始めたのは神じゃない。他でもない、私たちの歴史だ」


 逃げることは許されない。 


 どれだけの痛みをともなおうと、それが真実であるのならば、向き合わないわけにはいかないのだから。


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