第200話 衝撃の再会

 いや、そんな生易しいものじゃない。骨の髄まで凍り付く。たった一言を聞いただけなのに、錬磨されてきた身体が、動かない。


「っはぁ――」


 酸素を求めてあえぐ。


 聞こえたのは、よく知っている声だった。知っているどころじゃない、魂に染み付いた声だ。


 そんな、嘘だろ。


 たしかにこの神魔大戦が始まってから、この可能性は頭の片隅にあった。そもそもメヴィアが現れた時点で、既にその予想は明確なリアリティを持っていたのだ。


 それでも。


 どんな顔をして会えばいいのか分からなくて、その時が来るまで、俺はそれを口にしてこなかった。


 考えても答えが出なかったから、先送りにしていたのだ。


 そしてその時が来た。今、ここで。


 困惑する月子の前で、俺は後ろを振り返った。


 そこには、黙って俺を待っている少女がいた。身に着けていたらしいサングラスとストールを脱ぎ去る。


 月の光を梳かしたようなプラチナブロンドの髪、見ているだけで時間を忘れる紅玉の瞳。


 白磁の肌と端正な顔立ちは、彫刻じみた非現実的な美しさがあった。


 その顔を忘れるはずがない。


 懐かしさと共に思い出が爆発するように頭の中にあふれ出す。


 冥府で出会い、共に旅をした仲間の一人。




 シャーラがじっと、俺の言葉を待っていた。




「‥‥」


 口の中が乾いて、言葉が出ない。それはそうだろ、二度と会うことがない、生涯の別れをしたはずなのだ。


 そんな相手が、今目の前に立っている。


 何を、言ったらいいんだ?


「ひさし、ぶり?」


 迷った末に出た言葉は、自分ながら間抜けなものだった。あまりの驚きに頭が回っていない。


「‥‥」


 シャーラは無言で軽く首をかしげ、次の瞬間、その場から消えた。


 違う、消えたんじゃない。


 トンッ、と下から衝撃がぶつかってきた。


 冷たい頬が俺の頬に押し当てられ、首には細い腕が回された。一直線に飛び込んで、抱き着いてきたのだと理解した時、俺も思わずその腰を抱き留めていた。


「ようやく、会えた」


 昔と変わらない、淡々と落ち着いた声色。それでも俺には、その内に秘めた想いが分かった。肌と肌を通して、冷静の奥にある熱量が伝わってくる。


 そうか、また会えたのか。


 改めてその事実がじんわりと頭の中に広がった。実はシャーラとはそんなに長い付き合いではないのだが、過ごした密度は相当なものだった。


 シャーラはしばらく俺の身体を砕かんばかりに抱きしめていたが、ようやく満足したのか腕を緩め、俺の顔を正面から見つめた。


 近いな。


 近いけど、今は恥ずかしさより懐かしさが勝つ。リーシャによく似た赤い目が、真っ直ぐに俺を射抜いていた。まるで、もう逃がさないと言わんばかりに。


「ユースケ」

「シャーラ、本当に久しぶりだな、いつからこっちに来て――」


 俺は最後まで言い切ることができなかった。


 目の前にいたシャーラの顔が見えなくなるくらい近付き、言葉を唇が物理的に遮る。


 柔らかくて、ほのかに温かいシャーラの唇が、俺の口をふさいでいた。


 ‥‥ふぁい?


 数秒か、数十秒か。


 時間が引き延ばされ、まぶたを閉じるのも忘れていた。焦点が合うと、シャーラの綺麗な顔が驚くほど近くにあった。


 何、なんだ? 何が起こってるんだ?


 頭がバグって、状況が把握できない。唇と唇が合わさっている、つまるところマウストゥマウス。


 またの名を、キス。


「うぉぉおあぁあああああああ⁉」

「は⁉」


 シャーラの後ろで野太い雄たけびが、俺の後ろで月子の驚く声が聞こえた。


 待て、待ってくれ。俺も驚いている。というか俺が一番驚いている。


 おかしい、さっきまで月子と大事な話をしていたはずなのに、何故こんなことになっているんだ?


 背後で鳴るバチバチィッ! という放電音を聞きながら、そういえばシャーラと初めて会った時も度肝抜かれたな、と他人事のように思い出した。

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