第55話 夜の舞踏会
勇輔とリーシャを後に残し、カナミと翼の守護者は夜空を飛んでいた。守護者は翼を使い、カナミは『
二人が着地したのは、とあるビルの屋上だった。この辺りでは珍しい高層ビルで、眼下には疎らに灯る明かりが見えた。
既に移動しながらカナミは『人払い』の魔術を周囲に弾丸としてばらまいていた。暫くすればこの辺りの人影も完全に消え失せる。その時こそが、本当の戦いの始まりだ。
カナミは双銃の銃口を突きつけ、口を開いた。
「裏切者が相手とはいえ、一騎打ちで名乗らぬのも無作法というもの。私の名はカナミ・レントーア・シス・ファドル。貴方もせめて人としての死を選ぶのであれば名乗りなさい」
翼の守護者はその口上にさえつまらなさそうな目を返す。
しかしカナミのまっすぐな視線に射抜かれ、首を小さく横に振って答えた。
「‥‥今更自分の死に様に興味はないけれど、伝えておくわ。私の名はイリアル。許せと言うつもりはない、この名を怒りと共に冥府に持っていきなさい」
姓を言葉にしなかったのは元々姓を持たなかったのか、親族に累が及ぶことを嫌ったのか。
どちらにせよ、名乗り敵対を告げるということは、やはり覚悟を決めているということだろう。人類の敵になる覚悟を
カナミも迷いを断ち切り、引き金にかけた指に力を込めた。
眼下に見えていた明かりが消えていき、月明かりも雲に陰る。それが切っ掛けであったのか、あるいは二人のどちらかが動きの予兆を捉えた故か。
槍と弾丸が闇の中で衝突し、派手に光と音を散らした。
イリアルは先ほどの邂逅で遠距離での撃ち合いは不利だと感じたのか、翼から推進力を得て一気に距離を詰める。
カナミはそれに対し鉛の弾丸を連射するが、イリアルは全て槍で弾き飛ばして前進する。
更に距離が近付いたところで翼が魔術を発動した。イリアルの周囲に浮かび上がるのは、六体の小さな羽が生えた球体。
「『
カナミは即座にその場で転身した。
ひらめくゴシックドレスを掠めるように、守護天使から光線が放たれた。六本の光線を同時に避けることができたのは他でもない、シャイカの眼で攻撃の軌道を予め見ていたからだ。そうでなければ後手で避けるのは不可能な速度。
ビルを焼き焦がす音を聞きながら、カナミは毒づいた。
「とことん自動化が好きなようですわね」
カナミはステップを踏みながら拳銃に弾丸を込める。
こうなると手数は圧倒的に向こうが有利。もうイリアルの槍が届く距離も目前だ。
連続で放たれる光線をかいくぐりながら、カナミも引き金を絞った。
「手数勝負ならば望むところですのよ」
『
双銃から放たれたのは、屋上を埋め尽くす白光の群れだ。何百と枝分かれする数多の雷が空気を引き裂き、手当たり次第に散乱する。
守護天使も光線を撃って雷を迎撃するが、多方面から襲い掛かる雷に叩き落された。
しかしその隙にイリアルもカナミに肉薄していた。
瞬く間に放たれる三連撃の刺突。顔、胸、腹と迫る突きに対し、カナミは初撃を避け、残りは拳銃の銃身で捌いた。
弾ける火花を置き去りに、カナミもイリアルへと魔術を撃つ。
近距離は決して槍だけの距離ではない。銃口を向け引き金を引く。ただそれだけで銃は槍の刺突にも引けを取らない攻撃が放てるのだ。
しかも引き戻す動作も必要としない。
一瞬で六発の弾丸がイリアルへと撃ち出された。
イリアルは先ほど同様に槍で弾丸を叩き落そうとするが、その瞬間目を大きく見開いた。
『
爆ッ‼ と轟音と共に炎が膨れ上がり、六つの火球がイリアルを包み込んだ。
「――っ!」
更にそれで終わりではない。カナミは予め込めておいた
暴風は炎を纏いながらとぐろを巻き、嵐と化す。夜空を真昼のように明るく染め上げながら、火炎旋風は目を得た龍の如き勢いで空を昇った。
火龍の腹に飲み込まれた人間は本来なら一瞬で灰と散る。
しかしイリアルも守護者に選ばれる程の実力者。
煌々と燃え盛る炎の中で徐々に白い光が強くなっていく。
次の瞬間、嵐の中で光の翼が強く羽撃ち、輝きと共に炎を吹き飛ばした。
無傷のイリアルは白い光の中で目を細めた。
「その銃、魔道具ね。刻まれた魔術は魔弾の生成。見たところ一度に生成できるのは一つの銃につき六発」
カナミは銃のリロードをしながら手の中で拳銃を回し、返した。
「見れば分かることを得意げにひけらかして満足ですの?」
イリアルの読み通り、カナミの使っているリボルバーはファドル皇国によって作られた魔道具である。銘は『フェルガー』。
フェルガーは
故に使う弾丸は自由自在。戦況に応じて魔弾を作り、多角的な攻撃を重ねるのがカナミの戦い方だった。
(あちらの魔術はユースケ様の言っていた通り、翼を起点にした魔術。しかし発動する魔術自体はシンプルなものですわね)
仕組みは魔法陣と同じ。翼の面積は限られるが故に、複数の魔術式を刻めば使える魔術はシンプルにならざるを得ない。
イリアルもカナミも、結局のところ目指している魔術の形は同じだ。短時間で魔術を発動し、手数と威力で相手を叩き潰す。
恐らくイリアルの魔術そのものが魔法陣の形成と維持に適したものなのだろう。
勇輔であれば相手の魔術を看破した時点で躊躇なく突っ込み、有無を言わさず叩き潰したはずだ。
だが今回この相手はカナミに任されている。
この役目は君にしかできないものだと。
雲の上の存在、憧れ見上げることしかできなかった人からの頼みだ。カナミはこれまでにない重みを感じていた。
フリルと髪を揺らしながら、音高く靴を鳴らして皇女は笑う。
「さて、料理も音楽もありませんが、楽しい舞踏会にいたしましょう」
二人は手を取り合う代わりに銃口と穂先を突きつけ、魔力を迸らせた。
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