第289話 もう一つの契約

 そこは明るい空間だった。


 ──あれ、どうして私、ここに。


 陽向はその場で、前後の記憶を思い出そうとした。


 周囲では、いくつもの光景が流れて消えていく。それらの共通点は、陽向がこれまでに見聞きしてきた記憶だということ。


 そしてどの場面にも、必ず勇輔がいた。


 次々に記憶は切り替わり、流れ続ける。


 出会ってから一年も経っていないというのに、これだけの記憶に溢れていることに、驚く。それだけ自分が彼を目で追っていたのだと、自覚する。


 同時に理解した。


 自分が大切にしていたこの宝箱を、誰かが開けようとしている。


 愚かにも、その鍵を渡したのは自分だ。


 後悔しても、もう遅い。


 ──ああ。


 渡したくないと、そう思った。どんな結末になろうと、自分の力が足りなかろうと、この想いは陽向だけのものだ。


 あの人に届けるというのなら、それは、自分の言葉で、自分の手でなくては意味がない。


 そう思った時、陽向の目の間に何かが現れた。


 それは人のような形をした、桜色の炎だった。


 火の粉が散り、炎の端がヴェールのように揺らめく。


 そして、声が聞こえた。


『この出会いは奇跡。受け入れて。私はあなたに、あなたは私に。そうすれば共に行ける。あの人の場所へ』


 それは新たな契約だった。


 陽向にその存在が何なのかは分からなかった。しかし、この出会いが奇跡だということは、どうしてか納得できた。


「私は、もう弱気にならない。あなたが力を貸してくれるというのなら、私はそれを利用する。どんな方法でも、私は私のやり方で、先輩の隣に行く」


 そう言って、なんの躊躇もなく、炎の手を握った。


 炎が、笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る