第146話 正しさの結末

 聖域が光となって溶けていく。


「ユースケさぁああああああん!」

「『うぉ!』」


 感傷に浸る間もなく、リーシャが走って飛びついてきた。


 それを決して落とすことなく抱き留める。随分ずいぶん心配をかけた、これくらいならお安い御用だ。


「私、私どうしたらいいか全然分からなくて、でも力になれたらって」

「『分かったから、落ち着け』」


 なんとか涙目のリーシャを落ち着かせる。

 まだ完全に戦いが終わったわけではないのだ。


「『リーシャ、少しだけ待っててくれ』」

「は、はい」


 名残惜しそうなリーシャを後に、俺は膝を着いたままのラルカンへと歩み寄った。


 心臓を斬ったのだ、たとえ魔将といえど死はまぬがれない。


 しかしラルカンはまだ生きていた。


 か細い呼吸を続けながら、倒れることなく俺を見上げる。


「白、銀」

「『言い残すことがあれば聞こう』」

「俺は、戦士だ。遺言など、ない‥‥」

「『そうか』」

「だが、恥を忍んで、頼む」


 ラルカンはそこで言葉を区切ると、視線を動かした。そこにはロゼと呼ばれた女性の遺体が寝かされている。凄まじい衝撃におそわれたはずなのに、彼女の周囲だけは何かに守られているかのようにきれいなままだった


「ロゼは、哀れな娘だ。いくさで親を失い、俺のそばで、愛を知らずに育った‥‥。本来なら、どこかで家庭を持っていただろう。‥‥戦士以外の、人族を害したことも、ない。どうか、安らかに、眠らせてやってくれ」


 もはや意識を保つことさえ難しいだろう。それでもラルカンは血を吐きながら願った。


「『安心しろ、初めからそうするつもりだ』」


 死者をはずかしめるようなことはしないし、させない。


「感謝、する」


 そう告げると、ラルカンは微かに口元を緩めた。そうして、そのまま動くことはなかった。


「『‥‥』」


 俺はラルカンの遺体を抱き上げると、ロゼの横に寝かせた。そして血で汚れた口元をぬぐってやる。


 そっと横に気配を感じて見れば、リーシャもロゼの顔を拭いてあげていた。まぶたを閉じ、血濡れの髪を整える。自分が汚れることもいとわず、丁寧に。


「私たちのやっていることは、本当に正しいのでしょうか」


 ポツリと呟いたリーシャの言葉は、涙のようだった。


「『正しかったかどうかは、後にならなければ分からない。それでも俺たちは正しくあろうとした。それだけは確かだ』」

「そうですね。そうやって歩いていくしかないのですから」


 俺たちは立ち上がる。向かい合って眠る二人は、兄妹のようにも、恋人のようにも見えた。二人の本当の関係なんて、俺に分かるはずもない。


 けどなラルカン、この人が愛を知らずに育ったなんてことはないだろうよ。大切な人のために命を懸けて戦った女性を前に、哀れなどと言えようか。彼女もまた、己の正しさを進んだのだ。


 俺は剣を地面に突き立て、魔力を流した。


 ラルカンとロゼの身体を赤い魔力が覆いつくした。どんな炎よりも赤く、美しく。二人を天へ運ぶ。


 魔力が薄れるころ、あかつきの光が俺とリーシャを照らした。


 『歪曲の魔将ディストル・ロード』ラルカン・ミニエスと、勇者白銀の戦いは、ここに決着した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る