第376話 花嫁と婚約者

    ◇   ◇   ◇




 ドスッ、と自分に上に誰かが降ってきたことで、陽向紫ひなたゆかりは自分が倒れていたことに気付いた。


「ぅぐっ!」


 背中に柔らかな感触と共に、確かな重さがのしかかっている。


「だれ、ですか?」

「あ、ごめん」


 陽向の背中から降りたのはシャーラだった。


 人一人分と考えたら、随分な軽さだったなと陽向は自分のお腹をつまんだ。多分陽向が人の上に落ちてきたら、この程度では済まないだろう。


 見た目通り妖精なのかもしれない。


 陽向は立ち上がり、周囲を見回した。


「ここは、どこかの街ですかね」

「さあ」


 陽向の疑問をシャーラはいつも通りぶった切った。


 陽向たちが経っているのはどこかの街だった。石造りがベースの建物がほとんどで、二人が立っているのはちょうど広間のようなスペースだった。


 大きな噴水からは飴細工のように繊細な水が上がっていた。


 日本の街並みではない。これだけ特徴的で魅力的な見た目なら、旅行大好きな陽向が知らないはずがなかった。


 少なくともさっきまでいた山の中ではないことはたしかだ。


 場所もそうだが、陽向はそれよりも気になることがあった。


「先輩とか、月子さんとか、どこ行ったんでしょう。もしかして、迷子ですか?」

「‥‥この空間に引き込まれた時、全員分断された」

「え、そうなんですか?」

「私の魔術も似たようなものだから、やられれば分かる」


 シャーラはそう言うと、広場を突っ切って、真正面につながる大通りを歩き始めた。


 陽向もそれについていく。


 ほどなく、それは現れた。


「これは、お城ですか?」


 道の先にあったのは、巨大な城門。高さや幅だけではない、見えないはずの厚さも感じ取れる巨大さ。


 その扉に触れたシャーラが、呟いた。


「世界の中心、核」

「核? なんですかそれ」




「この世界の柱になっている部分ってことっすよ」




「っ⁉」


 陽向が後ろを振り返ると、そこには白髪の青年が立っていた。忘れることのできないガラス玉みたいな目が、陽向を見ている。


「お前は――!」


 忘れるはずがない。


 陽向を拉致し、その心を利用しようとした魔術師の一人。


導書グリモワールのコーヴァ・リベルだ。久しぶりっすね、陽向さん。元気そうでよかった」


 いけしゃあしゃあとのたまうコーヴァに対して、陽向は言いようのない違和感を覚えた。


 コーヴァは導書グリモワールの一人だ。だからここにいること自体は不思議ではない。


「先輩にやられたはずじゃ‥‥」


 そう、コーヴァは陽向を襲った時に、勇輔によって斬られている。


 そもそも悪魔のような何かに、身体を食われていたはずだ。それを陽向はこの目で見たのだ。


 コーヴァは、ああ、と今思い出したかのように腕を広げた。


「見ての通り、ぴんぴんしてるっすよ。まあ、流石に死ぬかと思ったけど」

「魔術師って‥‥本当どうかしてる」


 一般人の陽向には理解できない事象に、頭を抱える。


 その隣で、シャーラが口を開いた。


「‥‥それで、あなたを倒せばこの扉が開くの?」


「察しがいいっすね。そう、その扉だけが次の空間に行ける。そしてその扉を開くには俺を倒さなきゃいけない。シンプルで分かりやすいでしょ」


「そう、それなら話が早い」


 言うが早いか、シャーラは『魂刈りリーパー』の銘を持つ曲剣を取り出すと、地面を蹴った。


 瞬きする間もなくコーヴァを間合いに捉えると、そのまま剣を袈裟斬りに振るう。


 剣術に限るのであれば、勇輔さえ上回るシャーラの不意打ち。


 コーヴァは反応出来ていなかった。


 しかし剣は肉を斬ることなく弾かれた。


 けたたましい音と共に、シャーラは一歩後ろに下がる。


 普段の彼女であれば、防がれようと流れるように次の一閃へとつなげただろう。


 その一歩を踏み出すのを、本能的に避けた。


 それをすれば、自分が斬られる可能性があると、そう直感した。


「‥‥あなた」


 目を大きく見開いてシャーラは剣を構える。


「はははは。あぶねえあぶねえ。まったく、俺一人でここを抑えろってのはいくなんでも無茶だからさ、ちょっとばかし援軍を頼んでおいたんだよ」


 援軍の正体を瞬時に看破したシャーラは、吐き捨てるように言った。


下衆げす

「何とでも言えよ。勝つ以外に大切なことなんてねーんだから」


 戦場であってもそれがトレードマークであるとばかりに、決して脱ぐことのない執事服。両手には二振りの銀剣。


 聖女メヴィアの守護者であったはずの、セバスがコーヴァを守るように立っていた。


 赤黒く染まった目を見ただけで、正常でないことが分かる。


「何をしたの?」

「先輩の魔術で、この人の心を買ったんすよ。まあ、その分のコインもこの人の魔力で作ったらしいから、詐欺みたいな話だけど」

「ああ、あの魔術」


 櫛名命の魔術、『不平等サイドコスト』。


 魔力から魔法のコインを生み出し、それを使って様々なものを強制的に買収する理不尽の権化。


 メヴィアを捕らえられたセバスは、その条件を呑むしかなかったのだろう。


 コーヴァだけならばともかく、セバスも同時に戦わなければならないとなければ、厄介だ。


 セバスはサインではない。


 しかしその実力は歴戦の将軍すらもしのぐ。


 教会の最高機密、聖女の守護を一人でになっていたのは伊達ではない。


 しかも今のシャーラは魔術が使えない状態だ。


 セバスはシャーラのそんな状態を知ってか知らずか、あるいは戦っている相手が仲間だということにすら気付いていないのか、躊躇ためらうことなく突っ込んでくる。


 二刀の凄まじい手数を、シャーラは踊るようにさばく。


 理想は殺さずの無力化だが、それが出来るほどやわな相手ではない。


 覚悟を決めて曲剣を振るおうとした瞬間、セバスの身体が吹っ飛んだ。


「‥‥あれ、味方だから加減して」

「あら、そんなことを気にしている場合でしょうか。日本には素晴らしい言葉があるそうですよ。死ななきゃ安いと」


 悠然ゆうぜんとシャーラの隣に立ったのは、濃い桜色の髪をなびかせる陽向紫だった。


 いや、既にその中身はまったくの別人。『夢想の魔将パラノイズ・ロード』、ノワール・トアレだ。


「あなたと共闘なんて、最悪ですけど、事態が事態です。馬がいませんので、私の脚で蹴り倒してユースケの下に急ぐとしましょう」

しゃくだけれど同感。すぐにでも、終わらせる」


 シャーラは剣を、トアレは片足を持ち上げて構えた。


 四英雄しえいゆう魔将ロード


 本来相容れるはずのない二人は、相手の出方を待つはずもなく、我先にと敵へ強襲した。 


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