奇貨踊る崇天祭
第151話 空からの来訪者
穏やかな雲海が後ろへ流れていく。
ロンドン・ヒースロー空港から羽田空港行きの航空便。到着予定時刻は昼前、天候は良好で、フライトは順調だった。
ファーストクラスを任せられる客室乗務員の一人は、まだ経験の浅い女性だった。ベテランに交じり、経験を積んでいる最中だ。
ファーストクラスに座る客は一部
気は張り詰めるが、決して苦しい仕事ではない。
彼女はいつも通り凛とした立ち振る舞いににこやかな笑顔を装備し、仕事をこなしていた。必要なのは気品、どんなトラブルがあっても崩れることのない余裕がお客様に安心と快適さを届けるのだ。
そんな中、彼女は珍しい客を見た。
男女の二人組で予約していた客で、女性の方はストールを頭に巻き、顔には不釣り合いな大きさのサングラスをしているため、顔がほとんど見えない。
そして男の方はこげ茶の髪を三つ編みにした美青年だった。まだ年若く、目の下に入った傷が印象的だ。服の上からでも分かる鍛えられた肉体から、格闘技の選手なのかもしれない。
いい男ね。お忍びのカップルかしら。
「お客様、お飲み物はいかがですか?」
笑顔で問いかけると、男の方が横の女性に小さく声を掛け、それから顔を上げた。
「紅茶を一つ頂けるか」
「承知いたしました。何か御用があれば申し付けください」
「ああ、ありがとう」
女性の方は喋らないのね、そう思いながら視線を彼女に向けた時だった。
こちらの目に気付いたのか、女性がサングラスを下げながら顔を上げた。
ルビーのように真っ赤な瞳がこちらを見上げていた。
「っ――⁉」
声を出さなかったのは、プロとしての
なっんて綺麗な目。
職業柄高価なアクセサリーは様々見てきたが、女性の瞳はどんな宝石よりも輝いていた。危うく我を忘れて覗き込むところだった。
「何やってるんですか!」
それに気づいた男性が、慌てた様子でサングラスを掛けなおさせた。
――は。あ、危なかった。あと一秒男性の動きが遅ければ、身を乗り出して見入っていただろう。
女性はサングラスのつるを指先で遊びながら唇を
「これ邪魔」
ガラスの鈴が耳の中で軽やかに転がる。どれだけアナウンスの練習をしても到達できない、いくらでも聞いていたくなる天に愛された声だ。
「我慢してください。無事日本に着きたいのでしょう」
「‥‥仕方ない」
女性は諦めたように呟き、座席に深く腰掛けた。
今になって彼女が顔を全て隠している理由が分かった。あれは魔性だ。あんなものが平然と晒されていたら、周りの人間は平静ではいられないだろう。
「失礼いたします」
客室乗務員の女性は慌てて、けれどみっともなくない速さで頭を下げ、その場を後にした。
頭の中に浮かぶのは、リストでチェックした二人の名前。
確か、男性の方がオスカー・クレイン。
そして女性の名前が――、
「シャーラ・ヤマモト」
それは一分にも満たない邂逅だったが、彼女にとっては一生忘れられない出会いになるのだった。
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