第336話 あの日見られなかったもの

     ◇   ◇   ◇




「ん、ぅん‥‥」


 まぶたを貫いて目を焼く日差しに、月子は目を覚ました。


 ぼやけた視界の中で、金色の髪が揺れるのが見えた。


「大丈夫ですか‥‥月子さん」


 自分を見ているのがリーシャだと気付くのに、数秒かかった。


「月子さん、月子さん! よかったぁ」


 そしてホッとした表情で息を吐く陽向ひなた


(‥‥私は、確か、家の皆を助けに行って、そして‥‥)


 そこまで考え、何があったのかを思い出した。


 そうだ。伊澄家を襲った犯人と戦い、そして、手も足も出ずに敗北したのだ。


 最後に見たのは、去っていく敵の後ろ姿。


(殺され、なかったの‥‥)


 どうして自分だけが見逃されたのかは分からない。


 とにかく生き残り、リーシャたちが助けてくれたのだろう。


「まだ無理に起き上がらないでください。ユネアさんが治療してくれましたけど、しばらくは安静にしていてください」


 ユネア。聞いた覚えがある。


 たしか、勇輔たちとは別行動をしている『鍵』の一人だったはずだ。


 実際に月子を助けたのは、イリアルとユネアの二人だった。勇輔がカナミづたいに、助力を求めたのだ。


 そしてイリアルたちは倒れた月子をリーシャたちのところに送り届けたのである。


「‥‥でも、まだモンスターたちがいるわ」


 そう言いながら身体を起こした月子は、周囲の風景に絶句した。


 自分が寝かされていたのは、家の前だったらしい。


 どうしてわざわざ中ではなく外に出ているのか。それは、周囲の様子を見れば一目瞭然だった。


 あらゆる建物が倒壊し、更地のようになっている。これでは家の中にいようと関係ない。


 自分が寝ている間に何があったのか。


 聞くよりも早く、リーシャが言った。


「もう、大丈夫です。ユースケさんたちが、解決してくれました。この領域も、じきに消失するはずです。みんな、守ってくれたんです」


 リーシャは泣き笑いのような表情を浮かべていた。


 言われていれば、空からはらはらと魔力の光が散っている。この領域は今まさに、崩壊の只中ただなかにあるのだろう。


「そう、勇輔たちが‥‥」


 流石だ。


 こんな規模の破壊をもたらす相手と戦い、勝利したなんて、普通なら信じられない話だ。けれど勇輔ならばと納得してしまう自分がいた。


「すぐにユースケさんとコウさんを迎えに行きましょう!」


 リーシャが明るくそう言った。


「いや、その必要はねえ」


 その言葉に、すぐに返事があった。


 視線を動かすと、いつの間に現れたのか、黒い毛皮のコートを着たコウガルゥが立っていた。


 彼もまたこの戦いの間、休みなく駆け回り、モンスターを倒し続けていた。


 リーシャは驚きの声を上げる。


「えっ、いつの間に戻られたのですか?」

「今だよ。チッ、いいように使われたぜ」

「お、お疲れ様でした! あの、ユースケさんは、一緒ではないのですか?」

「あん? あいつなら──」


 そこまで言って、コウは隣を見た。そこには、どこか遠くを見つめたまま立っているシャーラとカナミがいた。


「‥‥俺は寝る」


 コウガルゥはそれだけを言い残すと、家に入っていった。


 リーシャは何が起こっているのか分からず、戸惑いながらシャーラたちに声を掛けた。


「カナミさん、シャーラさん。ユースケさんは今どこに──」


 そこまで言いかけ、リーシャは言葉を止めた。


 シャーラがこれまでに見たことのない表情で、リーシャを見たからだ。


 喜んでいるような、泣いているような、不思議な顔。彼女は、ゆっくりと口を開いた。


「今は──」


 万感ばんかんの思いと共に、シャーラの頬に一雫ひとしずくの涙が伝った。


 もう二度と見られないと思っていた景色が、彼女の目には映っていた。


「二人にしてあげて」


 あの時実現されることのなかった二人の時間。


 別れの湖畔こはんに置き去りにされ、止まったままの時が、今、ゆっくりと動き出そうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る