第173話 崇天祭、始まる
普段ならば退屈な教授の声が響き渡る講義室。寝てるかスマホをいじるかばかりの学生が怠惰に時を過ごすそこは、今やその面影もない。
「諸君、お疲れ様だ。結局時間ギリギリになってしまったが、準備も整った」
部屋の中に会長の声が響き渡る。
これまでの疲労と、これからへの期待感。そんな感情が混ざり合い、サークルの面々が歓声を上げて答えた。
「もちろん、ここからがスタートだ。いいか、目指すは打倒漫研、最後の最後まで手を緩めず、戦い抜くぞ!」
その言葉と同時に、崇天祭実行委員のアナウンスが響いた。
『これより、第五十七回崇天祭を開始します。学生の皆様にとっても、お客様にとっても、よき三日間となるよう、頑張りましょう』
直後、学校全体が揺れるような雄たけびが聞こえた。
ついに我らが崇城大学の一大イベント、崇天祭が始まったのである。
ここからの三日間は、本当に普段の学校とは違う非日常だ。大会が近い部活や研究が煮詰まっている限界学生などを除けば、どこにいてもお祭り騒ぎでどんちゃらどんちゃら。
ここまで長かったなあ。部誌の発行やら出店申請やら、コイン集めも含めて、本当に休みがなかった。学生の本分など夏休みと一緒にどこかに置いてきてしまった。
「ついに始まるんですね!」
むんす! とちっちゃい拳を握ってやる気を露わにするリーシャ。
おー、頑張れ頑張れ。
文芸部において、彼女は非常に重要な役割を担っている。何故なら俺たちが今年やるのは『大正文芸喫茶』。一品注文すれば、今年発行した部誌に加え、歴代の部誌たちも読み放題の喫茶店だ。
はっきり言って、文芸部の部誌はインパクトに欠ける。漫画に比べれば雲泥の差だ。
中身に自信はあっても、手に取ってもらわなければ意味がない。
そこで『大正文芸喫茶』。この喫茶店は大正と名がついている通り、サークルメンバーは男女ともに基本
リーシャも例外ではなく、赤と紺の
珍しい服に気分が上がっているのか、にこにこと袖を持ち上げたり袴を揺らしたりしている。可愛い。
なんだこいつ、どうして純日本人より袴が似合っちゃうの? チートじゃん。
「意外と動きやすいんですのね、この服」
「カナミもよく似合ってるよ」
いつものゴージャスに巻いている髪を一つにまとめたカナミが、嬉しそうに笑った。
萌黄色に鮮やかな花を散らしたカナミの袴は、豪奢な彼女に負けていなかった。二人の分はレンタルするつもりだったんだが、加賀見さんがそれならばと用意してくれた。
おかげさまで、カナミが嬉々として改造していたけど、あれの中身は一体どうなっているのやら。
もしかしてミサイル? ミサイルとか出ちゃったりするの。
とそんなことを考えていたら、リーシャが俺を見上げて言った。
「ユースケさんもかっこいいですよ」
「お、そうか。ありがと」
かくいう俺も袴姿、と言いたいところだが、そうじゃない。いくら動きやすいとはいっても、俺の場合袴は動きの邪魔になる。普段から修道服やドレスで着慣れている彼女たちとは違うのだ。
というわけで、俺は学ランにマントというハイカラな服装だ。大正の格好がどうこう以前に、大学生の俺が学ランを着ていること自体がコスプレ感を増長している。
すぐ近くに立つ総司と松田は二人とも袴である。松田は細くて身長もあまり高くないから、本物の書生さんのようだ。いや、学生だから書生であながち間違ってないんだけど。
横目に部屋を見渡せば、陽向と月子の姿も見えた。人が重なってあまりよく見えないが、二人とも袴を着ていたはずだ。
結局、二人とは明日と明後日に会うことになった。明日は陽向、明後日が月子だ。
一体どんな話をされるのか、今から手汗がにじむ。
「勇輔、今日は最初からシフト入ってたんだっけ?」
「あ、ああ。そうだよ。会長にリーシャとカナミと入ってほしいって言われて」
「最初から飛ばすねえ」
松田はケラケラと笑う。
まったくだ。
会長の狙いなんて聞かなくても分かる。あの人、この崇天祭を本気で取るつもりだ‥‥。
「楽しみですね、ユースケさん!」
「本当にな」
いろんな意味で。
そうしているうちに、文芸部の面々はそれぞれの仕事に取り掛かり始めた。
喫茶店ということで、お茶やコーヒー、軽食なんかも取り扱っている。とはいえ、この教室に本格的な調理施設を置くことはできないので、別の調理室で作ったものを、ここでは盛り付けたりサンドしたりと、それくらいの工程である。
区切った調理スペースの中に裏方が入り、それ以外の接客担当は店内に散らばっていく。
松田と総司は広報担当なので、数名の女子をともなって出ていった。
俺はさっきも言った通り、リーシャとカナミと接客だ。
正直接客とか全然やったことないけど、人生経験だけならそこらの社畜にだって決して負けない自信がある。異国人どころか異世界人とさえ接してきた俺の力を発揮すれば、この程度は障害にさえならないのだ。
いくらリーシャやカナミが美人とはいえ、二人とも接客とは最も縁遠い天上の人間。ここは叩き上げ勇者と名高い俺がサポートせねば。
「頑張りましょうね、ユースケさん」
「ああ、任せろ」
「私は裏方で良かったのでございますが‥‥」
そんなこんなで、様々な思惑入り乱れる崇天祭が始まった。
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