第311話 裏方の仕事も大変なんです
◇ ◇ ◇
対魔特戦部三条支部。月子や加賀見綾香が所属する支部である。
対魔特戦部の中にも多くの
「見つからないわね‥‥」
彼女が呟いたのは、
櫛名は対魔官のふりをしながらシャーラの魔術を強奪しただけでなく、ついこの間は陽向紫の拉致まで実行した。
陽向の護衛をしていた対魔官たちは、襲撃を受けて多くが今も療養中である。
結果的に陽向は勇輔によって助けられたが、どういう因果か魔術師として目覚めてしまったらしい。
明るい道を歩むはずだった一人の女性を、こちらの道に引きずり込んでしまったのは、綾香たちの責任でもある。
綾香は思う。きっと勇輔は全ての責任を感じ、その人生を背負う覚悟でいるだろう。
しかしそんなことはおかしい。
彼はただ優しく、己の正義を持ち、自分の手の届く範囲を守ろうと、襲いくる現実と戦い続けているに過ぎない。
これまでは異世界人同士の戦いであったから、対魔官たちの中にもどこか
対魔官に潜んでいた膿。
あってはならない存在だ。
しかし見つからない。
それに本部の動きも妙だ。対魔官の中から裏切り者が出たのだから、もっと大きく動くはずと思っていたのだが、それにしては反応が薄い。
現状は三条支部が指揮を取り、応援要請に本部が渋々応じているというような状況だ。
本部の対魔官たちが本格的に動けば、もっと広く探すことができるというのに。
眠気覚ましのために濃く淹れたブラックコーヒーを飲み、苛立ちを抑えようとする彼女に、一人の対魔官が話しかけてきた。
「加賀見さん」
「何?」
対魔官の顔は暗い。純粋な疲労に加え、持ってきた話が良いことでないことがすぐに分かった。
「また『ヒトガタ』が出ました。あの家の近くです」
「っち、面倒臭いわね」
綾香たちが今頭を悩ませている問題がもう一つあった。
それが今話に出た『ヒトガタ』だ。
最近東京でよく見かけるようになった怪異で、ほとんどの場合が黒い人形のシルエットであることが名称の理由だ。
しかしながらヒトガタによって人が殺された事例は今のところ報告されていない。
怪異は生まれた因果から、なんらかの行動目的を持っている。ただそこに存在するだけか、あるいは人に害をなすか。
ヒトガタは怪異の中でも不可思議だ。一般人にはほとんど興味を見せず、対魔官や魔術師にだけ反応する。
そして満足いくまで戦うと、殺すこともなくどこかへ消える。
ただの自然発生した怪異ではない。
だがそれがどういう意図なのかは分からない。
正体のわからない、嫌な予感だけが汚泥のようにまとわりつく。
怪異として発生しており、それが人を害する危険性を持っている以上、放置しておくわけにはいかない。
「分かったわ。今誰が手空いてる?」
「それが‥‥」
「誰かしらいるでしょ。最低でも三人は欲しいわね。そろそろあれふんじばって、正体を突き止めるわよ」
話しかけてきた対魔官は言い辛そうに言った。
「誰もいません」
「は? そんなわけないでしょ。確かにうちはそんなに人は多くないけど、そんな、誰もいないなんてこと」
「無理して動かせば動けなくはないでしょうけど。みんな残業に押し潰されて、まともに祓えないと思います」
「私だって同じ時間働いてるわよ!」
「加賀見さんがおかしいだけです‥‥」
人を妖怪みたいに言うな! と思いながら支部の中を見回す。
見慣れた光景すぎて意識していなかったが、確かに部屋の中は死屍累々。そこらに気絶してるのか寝ているのか分からない連中が倒れている。
流石の綾香といえど、それを蹴り起こして戦いに行けとは言えなかった。
「仕方ないわね」
「どうします? 申し訳ないですけど、私は戦えないですし」
「分かってるわよ。私が行くわ」
「加賀見さんがですか⁉︎ 加賀見さんもとっくにオーバーワークですよ!」
そんなことは自分がよく分かっている。
「だったら、伊澄さんに出てもらいましょう。幸い近いですし」
対魔官が言ったあの家というのは、勇輔や月子たちが住む家のことだ。あそこは三条支部の管轄。月子を派遣することはなんら間違っていない。
けれど綾香は首を横に振った。
「駄目よ。あの子は今別のことに全力を尽くしているんだから、その邪魔はできないわ」
「だったら、本部に連絡を」
「本部が応援よこすまでどれくらいかかると思う? それに、今本部と共同で仕事するくらいなら、一人でやった方がマシよ」
今の本部はどうにもきな臭い。背後から刺される可能性を危惧するよりも、一人の方がまだいい。
「でも、流石に加賀見さん一人では行かせられないですよ。相手はヒトガタですし、殺されないなんて保証はないんですよ」
「そう言ってもね。行ける人が行く以外にないのよ」
答えながら、綾香は考える。最悪の場合、自分が動けなくなったらどうなる。勇輔や月子は戦闘力で言えば最強クラスだが、人の悪意はもっと嫌なところから手を伸ばしてくる。
そんな彼らを守れるのは、綾香だけだ。
今彼女が他に頼れる人間は誰か。そう考えた時、一人の顔が脳裏に浮かんだ。
気は進まないが、あいつならすぐに来てくれるだろうという確信もあった。わずかな罪悪感と期待を抱き、加賀見はスマホを取り出した。
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