閑話 やっぱり可愛くない(あるかもしれないイフストーリー)

 それはとある良く晴れた日のことだった。


 川のほとりにある小さな田舎村に、高名な冒険者のパーティーが立ち寄ったのだ。


 彼らは世界を旅し、魔物の動向を調査したり、遺跡を探索する、情報に餓えた村の人たちにとってはヒーローそのものだ。


 村人総出で歓迎を受ける冒険者の一人、大剣使いの男は遠目にこちらを見る少女に気が付いた。


 年は十代半ばくらいだろう。小柄だが、陽に照らされて輝く金髪が美しい、田舎村に居るには惜しい美少女だ。大剣使いはいそいそと少女に近寄った。


「やあお嬢さん。今日の夜に俺たちの話を村長さんの家でする予定なんだが、君も一緒にどうだい?」

「え?」

「俺の名前はロゴッソ。麗しきあなたの名を聞きたい」

「‥‥シリィ、ですけど」

「シリィ! なんて美しいんだ! 是非今日の夜はあなたと一緒に」

「恥を晒すなバカ者!」


 ゴン! といきなり大剣使いの頭を、後ろから来た女性がぶん殴った。動き易く、ゆったりとした衣装には様々な刺繍が施されている。後衛を担当する魔術師だ。


「なっ、いきなり何をするんだ」

「まったく、ナンパなら王都でやれ王都で。――すまなかった、うちの馬鹿は綺麗な女性には目が無くてね」

「はあ‥‥」


 目の前で突然始まったコントにシリィが目を白黒させていると、魔術師の女性はシリィの胸元に目を留めた。


「‥‥君、それ」

「へ、このネックレスですか?」

「あ、ああ。随分と特徴的なものみたいだけど‥‥」

「あはは、本当に可愛くないですよね、これ。昔うちの村に泊まってたろくでなしがくれたんですけど、タンスに仕舞いっぱなしも勿体ないので、着けるようにしてるんですよね」

「そうだったのか‥‥ちょっと見せてもらってもいい?」

「え? ど、どうぞ」


 魔術師はシリィからネックレスを受け取ると、しげしげとそれを見つめた。


「‥‥これ、村に泊ってたろくでなしって、冒険者だったかい?」

「いえ、普通の旅人だったと思いますけど。昼間からろくに働きもしない人でしたよ」

「どうした? そんなにこのネックレスが気になるのか?」


 大剣使いに聞かれ、魔術師はシリィの首にネックレスをかけながら答える。


「ああ、中々お目にかかれるものじゃないから驚いてね」

「これがそんなにいいものなのか?」


 大剣使いはシリィのネックレスを見つめ、そのまま豊かな胸部分に視線を移し、魔術師にぶっ叩かれる。


 魔術師は改めてシリィに向き合った。


「私はそのろくでなしと会ったことがないからなんとも言えないけど、その人が凄腕の魔術師か相当な金持ちで、君のことを大切に思っていたってことだけは分かる」

「凄腕か金持ちって、え、あいつがですか?」

「そのネックレスは魔道具だ。悪い気を遠ざけ、君自身の魔力を調律する。ただそこにあるだけで力を発揮するタイプの魔道具だよ」

「魔道具‥‥たしか、自分で作ったって言ってました」


 シリィは驚きに目を見開いてネックレスを見つめる。言われてみれば、数年前にもらったものだが、劣化したり傷ついたりする様子はない。 


「自分で作ったのか‥‥。だとすれば相当な凄腕だ。たぶん私なんかよりもずっと」

「え、お前より!?」

「ああ、そもそも素材からして一級品ばかりだ。私の知らない魔物の素材も使われてるみたいだし。たぶん、これを売れば王都の一等地に屋敷を建てられるね」

「ふぁっ!?」


 魔術師の言葉に、シリィが固まった。


 大剣使いが、魔術師に耳打ちする。


「おいおい、その話マジかよ」

「私は嘘はつかない。悪い気を遠ざけ、魔力を調律することで病魔や毒に対しても耐性がついてる。貴族だったらあのネックレスのためにいくらでも出すさ」

「‥‥それ、村娘が持ってるって危なくねーか? 変な奴に目をつけられたら」

「悪い気を遠ざけるって言ったろ。ちょっと、あの子を魔物だと思って見てみればいい」

「は? なに言ってんだ?」

「やれば私の言いたいことが分かるよ」

「‥‥」


 大剣使いは何か言いたげな顔をしていたが、最終的にはまだ固まっている少女に向き直る。


 そして、魔物と相対する気持ちで少女を見た瞬間――、


「うぉっ!」


 何かがこちらを見つめていた。


 男は危うく尻もちをつきかけ、ギリギリで堪えた。


 冷や汗が全身から溢れ出し、生きているという安堵に心臓が早鐘を打つ。まるで巨大な魔物に睨まれたような感覚だ


「な、なんだあれは‥‥」 

「あのネックレスを作った人を凄腕と言ったが、私たちからすれば化け物だよ。魔道具に込められた残滓でさえ、その殺気なんだからね」

「冗談にしても、笑えないな‥‥」

「なに、それだけで実害のある魔道具じゃない。あくまで護身用さ」


 魔術師は肩を竦めると、シリィの肩を叩いた。


「は、はい!」

「そんなに緊張しなくても、今までも着けてきた物だろう? 売るも持っているのも君の自由だけど、私は持っておくことをお勧めするよ」

「えと、それはどういう」

「なに、その魔道具は君のためだけに、魔術師が念を込めて作ったものだ。その正当な持ち主は、間違いなく君だからだよ」

「念‥‥」


 シリィは、そっとネックレスを抑えた。


 ほんの数日村に滞在し、別れの言葉もなく出ていった旅人。


 もう顔も鮮明には思い出せないが、それだけ思われていたと聞くだけで、なんとなく胸が温かくなる。


「私、売りません。持っておこうと思います」

「そう、私もそれがいいと思う」


 シリィはもう一度ネックレスを見て、そしてあの時と同じように笑った。


「でも、やっぱり可愛くはないですね」

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