第378話 王女と神殿騎士
◇ ◇ ◇
ビュンッ‼ と白い
何百冊という本が白い紙片を血のようにばらまきながら空を舞う。
知恵の結晶を無残に引き裂きながら、鞭は勢いを落とすことなく暴れ回った。
驚くべきは、無秩序に振るわれているかのように見える攻撃が、全て研ぎ澄まされた剣閃であることだ。
鞭は一本ではない。
初めに認識しただけで七本。意識の隙を突くように、更なる鞭が追加で振るわれる。
しかし攻撃が振るわれ続けるということは、狙われている対象が生き続けている証左だった。
「我、対話を、要求する」
その男は鞭の攻撃に紛れて見えなくなりそうな、白い服を着た男だった。
いや、本当に男なのかどうかは分からない。
何せ白い頭巾をかぶり、服装は体型が分からないゆったりとしたもの。
声も性別が判別としない、機会音声のような平坦なもの。
魔族最強の一角、『
それに対するは四英雄、エリス・フィルン・セントライズ。
彼女はこの巨大な書斎に転送され、
「対話ね‥‥。構わないわよ。ただあなたが無事である必要はないわ。両手足砕いたうえで、話を聞いてあげる」
「不許可。我にも、役割がある」
「誇り高き魔族が、異界の人間と手を組むとは思っていなかったわ」
「‥‥」
当然のようにそこに叩き込まれる攻撃の嵐。
しかし、その全てが当たらない。
もはやそれは避けているとは言えない。エリス自身が、わざと攻撃を外しているかのような不自然さだ。
「我が役割、変わらぬ。あの時と、同じ」
「‥‥そう。
「返答。立場と役割は、同質ではない」
つまり彼は間違いなく
アステリスの人族代表であるフィン、そして
それをまとめ上げる存在は、一体どんな
「じゃあ聞くけど、あなたの役割ってのは何なのかしら。ティータイムをしたいというのなら、お断りよ」
「我は、記録者。彼の者が求めた、歴史を
「彼の者?
「
その瞬間、エリスの目が細められた。
半分正解で、半分不正解ということだろう。
つまり、アステリスと地球とで、やっていることは同じだと。
どこからどこまでが正解で、不正解なのかは分からない。
「‥‥まさか」
脳裏を
もしも
「ユリアス・ローデスト‥‥」
古今東西過去現在において類を見ない、あの最強の化物が、関わっているとしたら。
――ユースケが危ない。
エリスはレイピアを鋭く構えた。
「事情が変わったわ。あなたに話を聞くよりもその扉の先にいる主とやらに話を聞いた方が早そうね」
エリスは書斎に入った時から扉の存在に気付いていた。
本に紛れるようにしてひっそりと立つ扉。あれこそが、先へ進む道だと。
「不許可。役割と立場は、同質ではない。我が立場は、裁定。先に進むべき者か、否か」
「言い回しが
「是」
ならば初めからそう言えばいいだろうに、迂遠な言葉に辟易する。
そもそも話を聞くよりも先に叩き潰そうとした自分の行いを華麗に棚上げしながら、エリスは魔術を発動した。
白い茨の森が、書斎を飲み込んで広がる。
「どんな物量であっても、無意味」
「さて、どうかしら」
ゴッ‼ と白い森の中から鋭い槍の一閃が
「――」
「守護者、イリアル」
「ええ。私はサポートの方が得意なの」
この部屋に飛ばされたのは、エリスだけではなかった。
転送と同時にエリスの魔術で隠れたのは、ユネアの守護者、イリアルだ。
――避けたってことは、魔術の本質はアステリスに居た頃と変わらないわね。
エリスは冷静に分析する。
何故なら、手の内が分かっている。
地球の常識で育った得体の知れない魔術師ではない。
エリスが得意な敵だ。
「さあ、さっさと終わりにしましょうか」
「同意。裁定は、既に始まっている」
「っ!」
違う。
天井だと思っていたものが、灰色の滝となって落ちてきたのだ。
エリスは津波のような勢いのそれを、
「この魔術は――」
「久しいな、セントライズの
いつの間に現れたのか、その男は書斎の奥からこちらを見ていた。
二メートル近い背丈ながら、どこか不格好に見える
人族の守護者にもかかわらず、勇輔たちを襲った裏切り者。
サーノルド帝国の将軍、『
――ここに来たか。
エリスは落ちて来た少しの灰を手に乗せ、笑った。
「
「バイズ・オーネット、参る」
灰と茨が本棚を丸ごと飲み込みながら激突した。
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