第293話 桜色の記憶
◇ ◇ ◇
思い出すと、ずいぶん昔の話になる。
ノワール・トアレ。ノワは魔族の中でも異質な存在だった。
ついでに言えば、出会いもまた特殊だった。
魔族との出会いといえば、ほとんどが戦場。たまに向こうからこっちに襲撃してくるか、こちらが襲撃するかって感じだ。
しかしノワは違った。
「だから、ノワは子供じゃないって言ってるでしょ!」
「そう言われてもな‥‥。連れの大人はいないのか?」
「だから、子供扱いするな!」
どういう状況だ、これ。
「あ、ユースケさん。すみません、わざわざ来ていただいて」
「いや、それは全然いいんですけど」
セントライズ王国の王都で、俺は門番からの報告を受けて様子を見に来ていた。
わざわざ俺が対応するような事態でもなかっただろうが、状況が意味不明すぎて、見に来たのである。エリスたちが仕事で忙しくて、暇だったのもあったけど。
そこでは、魔族の少女が騒いでいた。
「ノワは、勇者をぶっ飛ばしに来たの! 早く出して!」
どういうことだってばよ。
どうやらこの桜色の髪をした少女は、一人でこの王都まで、勇者を倒しに来たらしい。魔王城に突撃かます勇者よりも大胆不敵な行動だ。恐れ入る。
魔族という時点で、普通なら殺されていそうなものだが、ここの門番たちは俺と仲が良く、戦士以外の魔族を殺す気にならない俺の我が儘に付き合ってくれているのだ。
だから責任もって確認しにきたという面もある。
少女は、見たところ十歳前後だろう。大きなたれ目に、涙ぼくろが特徴的な可愛らしい見た目だ。大人になれば、男を手玉に取りそうな気配を感じる。
いや、魔族の見た目なんてさほどあてにならないけど。ラルカンとか、俺とそう変わらなく見えるし。
しかしこの少女は、見た目も少女なら、オーラも大したことなかった。魔族の強者は独特な雰囲気を纏っているものだが、この少女にそれはない。
軽いお使いみたいな感覚で勇者をぶっ飛ばしに来ちゃったのかな。思考回路バーサーカーかよ。
「お嬢ちゃんお嬢ちゃん」
「は、何?」
少女は俺の方を向くと、あからさまに不機嫌な顔をした。
「誰?」
「勇者です」
正直に名乗ると、ゴミを見るような目になった。
「‥‥馬鹿なの?」
「君に馬鹿とか言われたくないな。本名はユースケだ。こっちは名乗ったんだから、そっちも名乗りなよ」
少女はしばらく口をモゴモゴさせると、
「ノワ」
とだけ名乗った。まあ、さっきから自分で言ってたけど。
「じゃあノワ。俺が勇者のところに案内してあげるから、ここは出ようか」
「あんたが? 勇者とどういう関係なの?」
「まあそれなりに近しい間柄だよ。じゃあすみません。しばらく俺の方で面倒見ますけど、いいですか?」
「え、ええ。ユースケさんがそうおっしゃるのであれば」
俺は頭を下げると、ノワを連れ出す。
この子が本当に勇者を倒しに来たのだとしたら、さっさと殺してしまうべきなんだろうが、流石にこの見た目で何も悪いことをしていないのに、斬る気にはなれなかった。
騎士団長には許可ももらっているし、しばらくは様子を見て、情報を集めるのに専念しよう。この子を利用して、裏で動いている輩がいるかもしれないな。
「じゃあ、まずはこの指輪をつけてくれ」
「嫌よ。何よこれ」
「君が魔族だって周りにバレないようにするためのもの。それをつけてくれないなら、勇者には会わせられないな」
それは騎士団長から必ずつけらせるように言われた魔道具だった。魔力を抑え込み、装着者の状態を術者に知らせてくれる。
これを拒否するのであれば、残念だがこの王都からは出てもらう他ない。
「仕方ないわね」
ノワはそう言って指輪を受け取ると、特に
マジか。
この子、馬鹿なのか大物なのか分からないな。
「じゃ、行くか」
「勇者に会いに行くのね」
「はいはい」
俺はそう答えると、ノワを連れてある場所に向かった。
「ユースケ様、ご来店いただきありがとうございます」
「突然来ちゃってすみません。奥の個室使わせてもらっていいですか?」
「もちろんでございます。すぐにご案内させていただきます」
店員さんがそう言って頭を下げる。
俺がまず向かったのは、レストランだった。
「ここに勇者がいるの?」
「いや、勇者は忙しいからな。そう簡単には会えないよ」
というわけで、俺は情報を集めるためにもここに来たのだ。
ここは内密な会談をするにはうってつけの場所で、貴族もよく利用している。戦闘になるのも想定されている時点で、なんとも血なまぐさいが。
「お待たせいたしました」
俺たちが席に座って数分もすると、ティーセットが運ばれてきた。
エリスが好きなセットで、可愛らしいお菓子が数種類、宝石のように飾られている。
ぶっちゃけ女の子が好きなものなんて全然知らないので、大分賭けではある。
どうしよう、この見た目で魔物の骨が好きとか言われたら。
「何これ?」
「お菓子だよ。魔族はお菓子食べないのか?」
「馬鹿にしないで。ノワたちの国にだってお菓子くらいある! ‥‥数は少ないけど」
そりゃそうか。
昔聞いた話では、魔族の国の文化は非常に尖っているらしい。良くも悪くも、個人主義社会だからだ。
ノワは敵から出されたお菓子を、
「毒なんて入ってないぞ」
「入っていても関係ないわよ」
「さいで」
この子、思ったより強いの? 毒は嫌でしょ毒は。
怖がっていると思われるが嫌なのか、ノワはケーキにフォークを突き立てると、一口で頬張った。
小さいとはいえ、十歳の小さな口にはそうそう入らない。
案の定クリームのついたほっぺは、ハムスターのように膨らんでいる。
もぐもぐと数秒でケーキを飲み込んだノワは、無言で次のケーキにフォークを突き刺した。
「美味しかったか?」
「まあまあね」
「それはよかった」
俺の分など知ったことかという勢いで次々にケーキを攻略していくノワを見ていれば、言葉は必要なかった。
どんだけ気に入ったんだよ。
「それで、どうしていきなり勇者を倒そうって?」
「んぐんぅ‥‥ん。別にノワも勇者なんてどうでもよかったんだけど、最近調子に乗っているらしいじゃない」
「調子に乗ってるのか。こないだも『
あいつ強すぎるんだよ。
「それでも、倒したんでしょう」
「まあ、一応そうらしいな」
「だからノワがぶっ飛ばしてやろうかと思って」
「発想の飛躍が凄まじいな」
その理屈で行くと、『
ノワは唇についたクリームを舐めとると、笑った。
「魔王様に届くとは思わないけど、段差があったら邪魔になるでしょう」
「それを潰しに来たと」
「そう。きっと魔王様も褒めてくださるわ。もしかしたら、何かご褒美がもらえるかもしれない」
そう言うと、ノワは熟れたりんごのように赤くなった頬を両手で押さえた。
その姿は、幼くとも恋する乙女そのものだった。
ここまで好かれるとは、魔王も
そこから、俺とノワの一週間の奇妙な生活が始まった。
てっきり黒幕が顔を出すかと思えば、そんな様子もなく。
俺はノワをあの手この手で
あるいは心のどこかで、期待があったのかもしれない。
魔族と戦わなくてもいい、そういう選択肢があるんじゃないかって。
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