第94話 魔術の本質
鬼退治に行くと決めた桃太郎はこんな気分だったのかと益体のないことを考えながら、俺は電車に揺られていた。
始発に乗ったせいか、はたまた夏休みだからか他に人の影はほとんどない。
昨晩リーシャたちと話して鬼を討ちに行くと決めた俺は、妖刀の導きに従って早朝に合宿から離れた。
会長たちはまだ二日酔いでグロッキーだろうし、説明は全てカナミに任せてある。彼女ならいいようにしてくれるだろう。
妖刀の話をまとめると、鬼と化した弟が巣くっているのは長野県らしい。陰陽師に封じられたのがそのあたりだったらしい。
如何せん時間が経ちすぎているので土地勘などは皆無のようだが、妖刀には鬼の位置が何となく分かるそうだ。それが双子だからなのか、何か魔術的な縁が繋がっているのかはよく分からないが、どちらによせ好都合だ。
ここから長野までは電車を乗り継いで四時間近くかかる。到着は昼頃だろう。
それまでに事態が大きく動かなければいいんだけど。
『しかし何とも妙な気分だ。長い時を経て、またあの地に戻ろうとしているとは』
手に持った布の包みから声が響いてきた。
俺が心をある程度許したおかげか、あるいは一度魔力で屈服させたせいか、刃を抜かなくてもこいつの声が聞こえるようになっていた。
どうでもいいけど、ちゃんと黒井さんが持ち運び用の袋も買っておいてくれて助かった。現地に着く前にお縄に着くところだ。
「今鬼の周りに魔力は?」
『動き始めておるのお。それに合わせて弟の魔力も高まっている、あまりゆっくりもしてられんな』
「分かった」
やっぱり対魔官たちも動き始めてるか。恐らく日が高く昇る中天を目安に近づくんじゃないかと思うけど、実際どうかは分からない。
電車の窓から流れゆく風景を眺めながら、どうにもならない焦燥に駆られる。
移動の時間があまりに歯がゆい。どうせなら夜にタクシーを呼んだ方がよかったか。いや、距離的にも時期的にも、渋滞に捕まりでもしたら終わりだ。
一つ深呼吸をし、心を落ち着ける。
「そうだ、言っておかなきゃいけないことがあったんだ」
『なんだ?』
「俺は魔術師だ。けど今回の戦いで俺が魔術を使うことはないと思ってくれ」
『何? 何故そのようなことをする』
「諸事情だよ」
銀騎士がリーシャの元を離れて対魔官たちの加勢に行くのは明らかにおかしい。その間俺がいなくなっていたことがバレれば、俺と騎士が結びついてしまう。
それは絶対に避けたいところだ。
「こっちの事情もあるけど、そもそも鬼の討伐はお前の宿願だろ。俺はそれを手伝うだけだ」
『確かにそう言われればその通りだが‥‥』
詭弁だ。自分で言っていて反吐が出そうになる。
つまるところシナリオはこうだ。
合宿で妖刀に憑りつかれてしまった俺が鬼を討伐しに行ったら、偶然対魔官たちもそこにいて共闘することになる。
そう、俺の正体がバレることが問題なら、端から隠さずに戦えばいい。
戦闘能力に関しては全て妖刀に操られていたからということにしておけば問題ない。多少の違和感は覚えるかもしれないけど、大事なのは銀騎士と俺の間に線を繋げないことだ。
それでも最悪の場合は正体がバレてでも戦わなきゃいけない。その覚悟は必要だ。
「俺も身体強化は使えるけど、基本はお前の魔術が戦闘の主軸になる。どういった魔術を使うんだ?」
『‥‥』
その問いに妖刀は暫く黙り込んだ。
『儂の魔術を当てにしているのなら悪いが、とても戦いに使えるようなものではない』
「弟はそれだけ強いのに?」
『魔族の血が色濃かったからのお。儂の魔術は道具に己の意識を憑依させ、暫くの間動かせる。その程度のものだ』
「ふーん、便利そうな魔術だけど」
『動かせるのは本当に小さなものであったし、素早く動かせるわけでもない。茶碗や杓を動かせるからと言って戦いの役には立たんだろう』
言いたいことは分からんでもない。確かにパっと聞いた限りじゃ戦闘向きではなさそうだ。
ただ魔術をそんな一面的な捉え方で見ていては、一生強くはなれない。
「なあ、魔術の本質ってのはなんだと思う?」
『魔術の本質だと』
いくら焦ろうと、今は揺れに身を任せる他ない。徐々に外の景色が熱気を帯びていくのを感じながら、昔の記憶を思い起こす。
妖刀は答えた。
『それは知識と技術だろう。どのように使うべきかを知り、より強く、より速く使えるようになる』
「そうだな、俺もそう思ってた」
実際それも間違いじゃない。ではその知識とはどこから得るのか。魔術は人によって異なる。魔力を流すことで発動する身体強化なんかは魔術師なら誰もが使えるが、あれは副次的なものだ。
同じ魔術を使う者がいないなら、学びようがない。
そんな俺の疑問に師匠は事も無げに答えた。
「魔術の本質は、『自己との対話』だ」
『対話だと?』
「個々によって使える魔術は違う。それはこの世に同じ人間が一人として存在しないからだ。ならその魔術について理解するためには、自分を理解しなきゃいけない。それが『自己との対話』だ」
師匠曰く、自己との対話において気付きを得ることが、魔術の進化には不可欠。それを意識的に行えなければ魔術師としての大成はない。
魔術回路も術式も詠唱も、自己との対話によって得られた知識を形にしているに過ぎないのだ。
「お前の魔術だって、ただ物を少し操れるくらいなら、今の状況をどう説明するんだよ」
刀に乗り移って何百年も過ごすなんて尋常じゃない。明らかに本人の理解と魔術の力が乖離している。
『む、確かにそう言われるとそうだな』
「自己との対話によって魔術の理解を深め、感情の励起によって発動する。それが魔術の基本であり極意であると俺は教わった。お前の魔術も化ける可能性はあるってことだ」
『成程のう‥‥』
それから妖刀は考え込むように口を開かなくなった。
偉そうに言ったけど、俺だって自己との対話がどんなものなのか明確な答えを持っているわけじゃない。全ては師匠の受け売りだ。
それでも今回は妖刀の力に頼るしかない。
目的地に近づくにつれて高まる緊張感に身を委ねながら、俺は少しでも体を休ませるために目を閉じた。
駅に着いたのは昼も過ぎようかという時だった。妖刀の感覚に従って場所を絞り込み、電車を乗り継いだせいで結構な時間がかかってしまった。
『あれだ。あそこに見える山の頂上。分かるか』
「ああ、みたいだな」
ここまで来れば妖刀に言われなくても感じられる。駅からも見える小高い山。一見すると何の変哲もない場所だが、山頂付近が薄い魔力に覆われている。
あれは結界か?
全容がぼやけていてここからじゃ何が起きているのか分からない。月子たちがいるとすれば、あの中だろう。
結界を張れるレベルとなると、想像以上にヤバいかもしれない。
「急ごう」
『あい分かった』
周囲の人に気取られない程度に魔力を流して身体を強化しつつ、山めがけて駆け出す。
頼む、まだ無事でいてくれよ。
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