第323話 罠と襲撃
◇ ◇ ◇
俺たちは家を出ると、それぞれ分かれてモンスターたちの討伐に向かった。俺がまず目指すべきは、展開された領域の中心だ。
魔術領域は基本的に術者を中心に展開される。まだそこに残っているかは分からないが、見に行って損はない。
『我が真銘』を発動し、屋根から屋根へ飛び移って移動する。
すでに中心の座標は加賀見さんが割り出して、通信機を使って教えてくれている。
逃げられる前に捕まえないと。
走っている間に、何体かのゴブリンを見つけた。
醜悪な顔に、下卑た笑い声。ゲームの世界とは思えないほどの解像度の高さだ。これが一から全て作られた存在だとしたら、この術者の力量はとんでもない。
ただゴブリンなだけあって戦闘力は雑魚。走りながら斬撃を飛ばすだけで、簡単に倒せた。
それでも普通の人間からしたら、殺意を持って襲い掛かってくるだけでも十分な脅威だ。
一刻も早く術者を見つけて魔術領域を解除させる。
都心に近づけば近づくほど、人が増えていった。
日曜日だ、そりゃ元々出かけていた人も多いだろう。交通機関が止まっているところも出ているようだし、このままだと人が人を害する事態になりかねない。
俺は近場のビルの屋上に立つと、魔力を練って喉に集中させる。
そして腹に力を込めて、全魔力を声として放った。
「『鎮まれ‼』」
言霊は晴天に
これで多少なりとも混乱が治まってくれたらいいが、根本的な解決にはならない。
俺は言霊を放ちながら、モンスターたちに斬撃を飛ばして走る。
そしてついにその場所へとたどり着いた。
新宿区と渋谷区の
しかしここはどう見てもただの道路だ。広い大通りで、近くに建物はあるものの、怪しげな場所は見つからない。地下にも何かあるのかと思ったが、特別そういった空間もなさそうだ。
流石にこんな場所で魔術を発動しようとしたら、多くの人に見られてしまう。
中心で発動したわけじゃないのか。
だったら、どこで発動したんだ?
考えても仕方ない。地道に脚で情報を仕入れるしかないか。
そう思い、引き返そうとした瞬間、
背後で魔術領域が不自然に
「『‥‥⁉』」
後ろを振り返ると、魔力が今まさに姿を現すところだった。
はめられた。術師を探るために中心に来ることを見透かされたのだ。
しかしあり得ない。
あり得ない魔力の密度、収縮。あるはずのない魔力が虚空から
なんだ、これは。
俺が見つめる先で、高密度の魔力が光を放ちながら
触れてはならない。握りしめた剣が、震える。
それは繭の中から重い身体を引きずるようにして進み出た。地面が削れる音の中に、翼が羽ばたく音が響いた。
直後、あらゆる物理現象を無視した、純粋な圧が大地をならし、周囲のビルが砕けて崩れ落ちる。
我が
俺は剣を地面に突き立て、魔力を放出させながら顔を上げた。そこまでしなければ、立っていられない。
陶器か彫刻かと
上半身はまさしく
空を覆わんばかりに広がる、巨大な白い翼。そして女性の肉体を持ち上げる、丸太のように太く、電車よりも長い蛇の下半身。
右手に握った巨大に過ぎる槍が地面に打ち付けられ、火花を散らした。
美女の上半身に大蛇の下半身。そして背中の翼。
これだけでも相当特徴的な姿だが、このモンスターは何よりも特筆すべき力を
『
本来そこらの怪異や魔術師が持つはずがない力。ただそこに
脳が理屈を超えて直感する。
こいつはただのモンスターではない。神に近い存在だ。あるいは、神そのもの。
そして俺はこの姿で、神性を持つにふさわしい存在を知っていた。
地獄の番犬ケルベロスや多頭の大蛇ヒュドラ、嵐の化身キマイラなど、数々の有名な怪物を産み落とした、
「『エキドナか‼』」
ギリシャ神話に登場する怪物。
しかしただの怪物ではない。不死ともいわれ、その夫はゼウス神にも匹敵するギリシャ神話体系最強の存在、テュポーン。
そこから生まれた子供たちは、どいつもこいつも現代でも広く名が知られる怪物ばかりだ。
だが問題はそこじゃない。
加賀見さんが言っていたはずだ。神話体系の神なんてものは、現代には存在しないと。
それが今、魔術領域の中で存在している。
つまりこの沁霊術式を発動している魔術師は、異空間を作り出し、更には神性をも操作する力を持っているということになる。
凄まじい圧に鎧が音を立て、景色が歪む。
その中において俺はバスタードソードを構えながら、エキドナの顔を見上げた。
まあいい。まんまと罠にかかったわけだが、速攻で食い破れば済む話だ。
「『どういう理屈かは斬れば分かる』」
俺は神に向けて剣を向けた。
◇ ◇ ◇
魔術領域が展開され、多くのモンスターたちが市井を
対魔特戦部の本部も慌ただしく人々が行き
ほとんどの対魔官たちが現場に駆り出され、モンスターの対応に当たっている。本部に残る人々は、そのサポートだ。
そんな中で、本来事態の鎮圧に当たるべき最強の男が、本部の一室で座っていた。
土御門晴凛はソファに座ったまま、目を閉じている。
土御門は本来であれば一番に現場に出るべき人間だ。しかし対魔特戦部の上層部たちがそれを許さなかった。単純な話、最強の魔術師を本部に置いておくことが、自分たちの安全につながるからだ。
腐っている。
「‥‥ヒトガタはこれの布石か、
片目を開けた土御門が呟いた。
魔術師を表舞台に立たせないようにしてきたのは
その不自然さが
土御門は式神を通して東京都の各地をリアルタイムで観測している。ヒトガタはおそらくモンスターたちを完全な形で作り上げるためのテストだったのだろう。
問題は今回の騒動が何のために起こされたのかということだ。
真意が見えない。
どうやら民間人の救助は山本勇輔とその仲間たちも動いてくれているようだ。土御門も自身の式神を何体か動かしている。
あとは術師を見つければいいわけだが。
「――なるほど」
土御門はそう言って立ち上がった。
わざわざこの東京で、これだけ大規模な魔術を起こした理由。
土御門は各地に放っていた全ての式神との接続を切り、魔力を回した。そして扉ではなく、窓の方に行く。
下を見ると、対魔特戦部へと一人の人影が歩いてくるところだった。
パーカーを着た黒髪の女だ。頭にはヘッドフォンを着け、うつむいて歩いている。特戦部に入る時、女がこちらを見上げた。
暗幕のような髪から覗く瞳が、遥か上にいるはずの土御門を捉えた。
「やってくれる」
狙いは、
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