第256話 背水の相性




     ◇   ◇   ◇




 鵺は何が起きたのか分からなかった。闇に紛れながら、女の様子をうかがう。


 撃った雷は、突如現れた盾によって防がれてしまった。


 今の鵺の攻撃は、全てが勇輔と戦った時よりも強化されている。落雷も、そう簡単に防げるものではない。


 しかし通らなかった。


 ならば別のやり方で殺す。


 ──ヒョロロロロロロロ。


 病魔の声が多重に響き渡る。これならば盾では防げない。


 カナミは声が聞こえ始めても、もう避けようとはしなかった。


「タリム、相殺してください。この音は聞くにえませんわ」

『命令するのはやめてください。私はあなたの道具ではないのですよ? しかし、確かにこの声は不快ですねぇ』


 特に、自分達が上位者だとでも勘違いしているあたりが。


 タリムは即座に盾の機構を変化させた。彼の魔術は『混生万化こんせいばんか』。


 受けた攻撃を分析し、それを超える肉体を作り出すという超常の技。


 そこにカナミの知識が合わされば、肉体はただ強化されるだけでなく、必要な機構を備えた武器として現れる。


 そしてタリムは魔族として膨大な魔力を保有していた。


 カナミは作り出したい魔道具があっても、これまでは素材や時間、技術、道具の問題で諦めなければならないことが多々あった。


 しかしタリムがいれば、その全てが実現される。


 二人は互いに必要としている物を持っていたのだ。


 盾は内部の構造を組み替えられ、スピーカーとしての役割を持つと、すぐさま病魔の声に対して音を鳴らし始めた。


 既にタリムは病魔の声を受けている。それを相殺する音を出すなど、造作もなかった。


『良いリズムでしょう。こう見えて私は音楽に対する理解も深いのですよ』

「ええ、ありがとう。ただ音楽の趣味は合いそうにありませんわね」


 雷も声も通じない。


 それを認識した時、鵺は初めて顔を歪めた。


 彼は嬲り殺しに来たのであって、こんな抵抗は予想外だった。


 ──ヒョロロロロロ‼︎


 鵺は辛抱というものができなかった。カナミたちに変化が起きたことは理解できるが、それが自分を超えているとは思わなかったのだ。


 一度立った優位から転げ落ちているとは、思いたくなかった。


 闇を利用したヒットアンドアウェイ。死角から飛び出し、前脚での殴打を華奢な身体に振るう。


 カナミは『シャイカの眼』によって、鵺の攻撃をすぐさま察知した。しかし彼女の身体強化では、避けられない間合いからの一撃。


「タリム、強化外骨格パワードスーツの起動をお願いしますわ」

『ええ、あののろまに見せてあげましょう』


 ゴッ! と鵺の打撃が地面を砕いた。


 しかし既にカナミはそこにいない。いつの間にか、鵺の間合いの外に出ていた。


「ロロロ!」


 鵺は即座に闇に紛れ、再びカナミの死角から襲いかかる。


 だが、当たらない。


 どれほど速度を上げ、攻撃のタイミングをずらし、雷と共に強襲しても、全て避けられる。


 鵺では理解できない察知速度と、加速だ。


「やはりいいですわね、これ」

『機構が複雑で、いささか制御が面倒ですがねえ』

「戦闘は私に任せて、あなたは制御に全力を尽くしてくださいませ」


 余裕で声を交わすカナミとタリム。 


 その身体からは、ゴシックドレスに似つかわしくない機械音が鳴っていた。


 カナミの身体能力を底上げしているのは、ドレスの内側にタリムが展開した強化外骨格パワードスーツである。


 この地球に来てから初めて知った考え方。すなわち、鎧に防御力だけでなく、機動性や攻撃力をも持たせるという発想。


 現在の地球では机上の空想でしかない産物も、カナミとタリムであれば実現できる。バネ仕掛けの筋繊維が爆発的な瞬発力を生み、衝撃吸収機構がダメージを抑える。


 そして、カナミは業を煮やして追撃してきた鵺に向かって、拳を構えた。


「『爆雷戦鎚ファイヤ』‼︎」 


 ドンッ‼︎ と鈍い音と共に肘から発火、カナミの拳が撃ち出された。


「ヒョッ⁉︎」


 まさか殴り返されるとは思っていなかったのだろう。鵺の顔面に強化外骨格パワードスーツで強化された拳が突き刺さり、吹き飛ばす。


 カナミは拳を開け閉めし、首を傾げた。


「やっぱり、まだ反応速度に難がありますわね。もう少し早くなりませんの?」

『あまりわがままを言うと殺しますよ。いくら契約である程度思考が共有されるとはいえ、ラグは起こるに決まっているでしょう』

「その辺りは、連携を強化するしかなさそうですわね」


 それでも強化外骨格パワードスーツの性能は破格だった。時間が経つごとに、『混生万化こんせいばんか』によって最適化されていくのを感じる。


「‥‥」


 鵺は起き上がりながら、声もなくカナミたちを見ていた。今更ながら、自分が狩る側から狩られる側に回ったのだと、理解させられたのだ。


「さて試運転は十分ですわね。終わりにしましょうか」

『そうですねぇ。痛ぶるのも好きですけど』


 その言葉の意味が理解できたのかは分からない。


「ッ‼︎」


 しかし鵺はすぐさま夜に溶けて消えた。とにかく今はこの場から逃げるしかない。


 幸いにも、女の方は騎士と違って、夜を吹き飛ばすような無茶はしてこなかった。


 そうであれば、逃げ切れる。


 そんな淡い期待は、背後から聞こえる重い金属音に、すり潰された。


「タリム」

『ええ』


 浮かんでいた二つの盾が、カナミの手元に来ると形を変えた。ルービックキューブを回転させるように、盾は形を変えていく。


 そうして出来上がったものは、おおよそ個人が持つには巨大過ぎる回転式重機関銃ヘヴィガトリングガン


 それが、二丁。


 戦闘機にでも搭載されていそうな銃は、強化外骨格パワードスーツによって支えられ、銃口を夜に向ける。


双頭連竜砲オルトファニール』。


 アルファニールを遥かに超える長大な銃身は、それに見合っただけの威力と連射速度を持つ。カナミの魔力量では絶対に扱えない、対城兵器。


 カナミの魔力が注ぎ込まれ、それに応えるように双頭連竜砲オルトファニールが震えた。


 既に鵺の戦意は折れているが、悪意の権化を逃すことはできない。


 しかしカナミは鵺に対して嫌な思いはなかった。


 ──ありがとうございますわ。あなたのおかげで、私は弱いということが実感できました。そして、さようなら。


 カナミは万感の思いを込め、引き金を引いた。


「『オルファードレイン』‼︎」


 七色の流星群が、夜を打ち破り地上を星空へ変えた。


 二丁のガトリングガンは、脅威的な発射速度で魔弾をばら撒いた。


 ──ヒョロロロッロロッロ!


 必死に逃げようとした鵺も、結末は変わらない。銃口から絶え間なく吐き出される竜の咆哮は、夜ごとその肉体を貫き、粉々に分解していく。


 鵺が消失し、本物の夜が姿を表した時、流星もまた空に昇り消えていった。


「‥‥」


 消滅を確認したカナミは、タリムにチョーカーに戻ってもらいながら、空を見上げた。


 きっとまだこの空の下、あの人は戦っている。


 お待ちください、すぐに追いついてみせますわ。


 まるで願い事を聞き入れるように、最後の魔弾が流れ星の如く瞬いた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




あけましておめでとうございます。

秋道通です。

昨年は私の作品をお読みくださり、ありがとうございます。本年もゆったりしたペースではありますが、更新していきますので、お付き合いいただければ幸いです。

今年もよろしくお願いいたします。

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