第141話 我が真銘の力

 初撃はまるで前の焼き直しだった。


 互いに真っ向から剣と槍斧ハルバードを叩きつける。相手の武器ごと両断せんという気迫に大気が震え、足場が悲鳴を上げた。


 均衡は刹那。


 一閃。


 翡翠の斬撃がラルカンを槍斧ハルバードごと吹き飛ばした。


「っ!」


 自分のすべきことを見極めた。ただそれだけで『我が真銘』はここまで応えてくれる。


 後方に吹き飛んだラルカンは驚きに目を見張りながらも、動きは止めない。選んだのは、守りではなく攻めの一手。


 『真理へ至る曲解アンロスト』で勢いを殺しながら着地し、腕を後ろへ引く。踏み込みながら打ち込んでくるのは、胴体を貫く刺突だ。


 空折ウォーゼによって槍斧ハルバードの刺突が歪み、渦を巻く。


 ラルカンの膂力から放たれるそれは、局所的なハリケーンだった。


 竜すら頭から貫く刺突に対し、俺もまた魔力を回した。


 魔力が腕に絡みつき、剣に幾何学模様きかがくもようが走る。


「『嵐剣ミカティア』」


 嵐と嵐が衝突し、爆ぜた。青と翡翠が牙となって互いを削り合い、その度に大気が生き物のようにうなる。


 またしても押し勝ったのはこちらだった。槍斧ハルバードを押しのけ、無数の刃が怒涛どとうと押し寄せた。


 ラルカンは刺突を弾かれながらも次の魔術を発動する。周囲に展開されるのは歪曲わいきょくする黒い球体。


 なんだ、あの魔術。


「『渦廻スペル』」


 それは現れるやいなや嵐剣ミカティアを分散させ、飲み込んでいった。数えきれない程の斬撃か、全て消される。


 歪曲し続ける渦か、厄介だな。攻撃を散らすだけでなく、こちらの動きが制限される。

 その隙間をぬうように、銀の閃光が駆け抜けた。なんとか首筋へと迫る槍斧ハルバードを弾く。


 しかも相手は渦廻スペルの間を通り抜けて攻撃が可能。


「正面から力負けしたのは久しぶりだ」


 軽く言いながらも攻撃は止まらない。気にしてない風に言うけど、その威力は回数を重ねるごとに強くなる。


渦廻スペルを回り込もうにも、全方位から襲い掛かる槍斧ハルバードを捌きながら近寄るのは至難の業だ。


 やってくれるな。迂回うかいできないってなら、正面から押し通る。


 集中力を高めろ。嵐剣ミカティアの散り方は見ていた。効果範囲さえ分かれば、抜けられる。


「『行くぞ』」


 俺は頭の中に描いた道筋だけを見据え、一歩を踏み出した。相手に迎撃の隙を与えるわけにはいかない。


 一呼吸で踏破とうはする。


 地面すれすれまで身体を倒して渦廻スペルを潜り抜け、時には跳び、曲がり、紙一重のところで避けながら走る。


 少しでも捕まればそこを狙い撃ちにされる。速度を落とさず、道を違わず前進する。

 

 渦廻スペルを抜け、ラルカンの顔が見えた。


 斬れる。


「その動き、昔同じものを見た」

「『っ⁉』」


 そこに魔術が発動していた。


 俺が抜けようとするのを読まれていたのか。そうなれば道は幾つかに絞られる。魔術を置いておくのも容易い。


 やられた。


 空間が俺を握り潰さんと歪んだ。


「『五指壊アッシュ』」


 破壊の指先がひたりと鎧に触れた。これまでの空折ウォーゼとは違う。自分の存在そのものに触れられたかのような、異質な感覚。


 これは受けられない。


 判断と見切りは同時だった。どれ程異常な魔術であっても、それを構成するのは魔力だ。そこには間違いなく流れが存在する。


 星を繋ぎ、魔力の要所を断ち切る。


 『星剣ステラ』。


 魔術は意味を失い、俺を潰そうとしていた全ての指がバラけた。


「なに?」


 今度こそラルカンが動揺し、手が遅れる。流石に魔術を斬られるとは思ってなかったか。


 暗雲過ぎれば月青く燃ゆる。


 対処する暇は与えない。連続で行くぞ。


 踏み込み、月剣クレスで首を狙う。ラルカンは瞬時に気を静め、槍斧ハルバードで受けた。魔術を発動できなくとも、その武力は一級品だ。


 だからこそ技を繋ぎ、畳みかける。


 月剣クレスでラルカンの防御を薙ぎ払い、刀身に膨大な魔力を注ぎ込む。


 回避した先ごと消し飛ばす。


 『焔剣フローガ』。


 翡翠の剣閃がラルカンごと目前の一切合切を両断し、爆ぜた。


 それは妖刀を使っていた時の比ではない。魔力の爆発が連鎖し、広範囲を破壊の炎が舐めた。


 切り口を内側から吹き飛ばす焔剣フローガは、射程こそ短いが、嵐剣ミカティア以上の威力を持つ。


 ボッ! と舞い上がる土煙の中からラルカンが飛び出た。


 外套が裂け、義手から肩にかけて激しい傷が刻まれているが、その目は冷静そのものだった。


 あれも捌くのか。槍斧ハルバードでの防御を諦め、寸前のところで空折ウォーゼを使って攻撃のベクトルを逸らしたな。


 更に追撃しようと剣を振るうが、それと同時にラルカンも動いていた。


 槍斧ハルバードで地面を薙ぎ、魔術を発動する。


 次に起こったのは災害だった。


 地面が不自然に歪み、それに耐えきれず割れた。立っていられない程の振動と共に、至る所が陥没、隆起りゅうきして周囲の景色が丸ごと塗り替えられる。


 まともに立っていられず、一度下がって距離を取る。


 魔術の圧で強引にこちらの流れを断ち切った。なんて無茶苦茶な力技だ。魔将ロード一人で戦況が変わるなんてざらに聞く話だが、これを見ると納得せざるを得ない。


 聖域が張られてなければ、学校そのものが沈んでいただろう。


 ラルカンは距離を詰めてくるようなことはせず、俺を見ていた。


「凄まじいものだな、勇者の力というのは。想像以上だ」

「『お互い様だ』」


 並大抵の敵なら今までの間に十回は斬っている。


 ほとほと、あの時勝てたのは皆のおかげだったんだって身に染みるよ。


 ラルカンはおもむろに槍斧ハルバードを地面に突き立てると、両手の指を目の前で組んだ。まるで指と指を絡ませるような、独特な形。


「こうして今一度貴様と戦える奇跡に感謝しよう。主を失い、大義もなく生き長らえたこの数年、決して無駄なものではなかった」


 ラルカンの魔力が今までにない動きを見せた。これまで静かに全身を覆っていた魔力が大きく広がり、そして内側に収縮する。見えなくなった魔力が深くラルカンに沈んでいくのが分かった。


 これは――。


「故に俺も全身全霊をもって挑もう。俺が求め続けた真理に、貴様はついてこれるか」


 放たれた怖気おぞけに、思わず剣を構えた。


 ラルカンから感じる雰囲気が変わった。潰れそうなプレッシャーとは違う。触れてはいけない、正体不明の暗闇があたりを覆うような、そんな恐怖。


 この感覚を知っている。


 魔術というにはあまりに緻密で、まるで神話の怪物のように脈打つ魔力の器。


「『沁霊術式しんれいじゅつしきか!』」


 ただでさえ強力なラルカンの魔術。その沁霊術式となれば、その威力は計り知れない。


 攻めるか、退くか。


 その判断に迷ったせいで、動きが遅れた。


「沁霊術式――解放」


 既にラルカンの魔術は完成し、景色が歪む。




「『重天握アクスコラプス』」

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