第69話 付加価値の力
「そういや伊澄は今日も来てないんだな。勇輔は何も聞いてないのか?」
「いや、俺も何も知らない」
総司の言う通り、ほとんどのメンバーが来ている中彼女の姿はなかった。会長に聞いたところ、合宿にも参加しないらしい。会う機会もないので、その理由は聞けていなかった。
何度か連絡を取ろうとも思ったけど、その指はいつもトーク画面を開くところで終わった。振られたくせに、今更どんな面で連絡しろと。
元勇者にも超えられない壁がそこにはある。
対魔官としての仕事もあるだろうし、その関係で忙しいんだろう。
そんなことを考えている間に、男たちのおにぎり争奪戦は佳境を迎えていた。
文芸部の中で人気なのは、やっぱり三年生の
諫早先輩はおっとりした雰囲気のお嬢様といった風体で、実際相当な資産家の娘らしい。しかも巨乳。大事なことだから二回言うけど、巨乳。その溢れ出る母性にオギャりたいという男たちは多い。
竜胆は俺たちの同級生で小柄なザ・女子大生といった感じである。いつも明るく、誰に対しても気軽に接してくれるため、非常に高い男性人気を誇る。
なんか陽向とキャラが被ってる感は否めない。ただ陽向と違ってハイスペックな他大学の恋人がいるって前に聞いたけど。
「竜胆凄いな、彼氏いるのに流石の人気ぶり」
「んー、かたりちゃんはこないだ別れてるよ。だから皆狙ってるんじゃない?」
「え、そうなの?」
「こないだ本人から聞いたから間違いないねー」
「マジか」
「というか、松田はいつ起きたんだよ‥‥」
本当だ、あまりにも違和感なく話に入り込んできたから気付かなかった。
俺と総司の間に割り込むようにして妖怪――もとい松田がひょっこり顔を出していた。
「なんだか面白そうな話が聞こえてきたからね!」
ドヤ顔でサムズアップするのはいいけど、頬にキーボードの跡がくっきりついてるぞ。
「彼氏さんって確かめっちゃ頭よくて学生起業してるとかいう人だろ。別れちゃったのか」
「企業というか、大学生向けのアプリケーション開発だね。理由は詳しく聞いてないけど、飽きたんじゃない?」
「そんな身も蓋もない‥‥」
「大学生の恋愛なんてそんなもんでしょ」
うーん、まあ付き合ってみなきゃ分からないことなんてたくさんあるし、一番いい人を探そうと思ったら当たり前の選択なのかもしれない。
ある意味俺よりも遥かに現実を見据えて生きているわけだ。
そんなことに感心しながら頷いていたら、こちらに気付いた竜胆が手を小さく手を振ってくれる。可愛い。
しかし隣の陽向の表情がいつもよりぎこちなかった。
「どうした陽向?」
「‥‥私、かたり先輩あんまり得意じゃないんですよね」
へえ、陽向がそんなこと言うなんて珍しい。
「あれか、やっぱりキャラが被ってるから」
「そんな漫画のキャラみたいに言わないでください。そうじゃなくて、あんまり好かれてないみたいなんですよね」
「え、そう?」
別にそんな感じしないけど。
だが陽向は肩を竦めて言った。
「そりゃ男性に分かるわけないじゃないですか。女同士だからこそですよ」
「えー、こわ」
「どこ行ったってある話ですけどね」
そういうもんか。ぶっちゃけ竜胆とはそんなに喋ったことないから分からんけど。女同士の関係に男が首を突っ込んでも碌なことにならないことはよく知ってるので、ここは黙するのが正解。
それにしても、こうして見ると圧倒的だなあ。
確かに諫早先輩と竜胆は人気だ。男たちに声を掛けられる頻度が群を抜いている。それを他の女子に気を使いながら上手いこと捌いている点も流石だ。
だがそれは文芸部の中では、である。
本来なら文芸部のメンバーしかいないはずのここには、もう一人参加者がいた。
周りの女性陣にそれとなく守られながらも、周囲の男たちから絶えず声を掛けられ続ける少女。黒髪や茶髪の中で明らかに浮いている鮮やかな金髪が忙しなく揺れていた。
それをぼんやりと眺めながら松田が呟いた。
「すごい人気だねー、リーシャちゃん」
「そんな食いたいもんかね、あいつのおにぎり」
諫早先輩も竜胆も抜き去り、男たちから絶大な人気を集めている少女の名は、リーシャ。
金髪を三つ編みにした少女で、その顔立ちはまさしく絶世。少女と女性の境目を揺蕩う偶像染みた美貌は老若男女問わず全てを魅了する。
彼女の正体は何を隠そう、異世界アステリスの聖女だ。時には一国の王さえ超える発言力を持ち、世界中の人々から崇拝される女神に最も近い人間。
そんな雲の上のような存在が、何故こんな大学でおにぎりを握っているのかといえば、それには様々な事情があった。
アステリスでは人族と魔族による神魔大戦というものが行われているのだが、その戦争が今はこの地球で行われている。
人族側の一人がリーシャなわけだ。
本来ならこんなところで和気藹々としている場合じゃないのかもしれないけど、この間大きな戦いが終わったばかりだし、こうして休息する時も重要だ。
それに今回の神魔大戦に参加している人数はそこまで多くないと聞いている。そう連続で戦闘が起こる可能性は低いという算段もあった。
そんなリーシャさんの作ったおにぎりは大人気。男たちは皆口々に「リーシャちゃんのどれ?」と聞いている。今なら一つ千円でも完売しそうな勢いだ。
女性陣たちはそうなることを見越していたのか、リーシャのおにぎりがどれかははぐらかして捌いていた。
というか男たちを見ている女性陣の目が怖い。
「そんな金髪女子高生のおにぎりがいいんか、ぁあん?」という声が聞こえてきそうだ。
確かに我が家でもリーシャが料理することはほとんどないから、彼女の手料理はレア。アステリスで売りに出したら一財産築けるだろう。
うーん、いつまでもここにいたら、リーシャのどころか、おにぎりそのものが一つもなくなってしまいそうだ。
そう思ったのは俺だけじゃなかったらしく、松田が伸びをしながら言った。
「さて、じゃあ僕たちも取りにいきますか。どうせだからかたりちゃんのおにぎり貰おっかなー」
「なんだ、松田はリーシャの狙わないのか」
「俺も思った」
あらゆる手を駆使して取りに行きそうだけど。
松田はやれやれ分かってないねえ、とムカつく顔で肩を竦めた。
「あんな競争率の高いところで狙うのは愚策だよ。リーシャちゃんが教えてくれたとしても、周りからのヘイトを高めるだけだしね。僕とリーシャちゃんの仲ならいずれおにぎりくらいは作ってもらえるだろうし、ここは無理するところじゃないって話さ」
「その根拠のない自信はどこから出てくるんだ‥‥」
学校でしか会わないのに、どのタイミングで作ってもらう気だよこいつ。
そんなことを話しながら俺たちもおにぎりのところまでやってきた。
おかわりを求める男たちもいるので、おにぎり配給はまだ賑わっている。
本当に誰のおにぎりでもから、さっさと取って戻るか。
松田の話じゃないけど、ヘイトを買うって話なら俺の文芸部内でのヘイトは既に天元突破している。前は月子と付き合ってたし、今はリーシャと住んでいるわけだから、そりゃそうもなるだろう。
たとえ片方は振られていて、片方は血生臭い事情があったとしても、傍から見ればそんなことは関係ない。
俺だって友達に超美人の友達がいたら妬くね、間違いなく。
なのでここでの正しい動きは、それとなく適当なおにぎりを頂いてすぐに離脱することだ。
元勇者はこういう隠密行動だってできる。幾度となくエリスに「貴方の鎧って、無駄に目立つのよね、それもう少し光抑えたりできないの?」となじられてきたが、今の俺は派手さからかけ離れた男。
この程度のミッションなんなく――、
「あ、ユースケさん!」
ミッション失敗。
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