第416話 『我が真銘』
◇ ◇ ◇
俺は月子を背に、ユリアスと向かい合った。
身体は動くどころか、全盛期よりも遥かに調子が良い。
メヴィアの『天剣』が身体を治癒し、潜在能力を極限まで引き出してくれたのだろう。
それだけではない。アステリスでユリアスから受けたはずの古傷まで、何もなかったかのように消え去り、魔力の通りがすこぶる良い。
これはベルティナさんとユネアの力だろう。
「‥‥」
ただ、この戦場で月子以外の気配が感じられない。
それが何を意味するのかは、今は考えない。
俺が見るべきは、たった一人だ。
「戻ってきたぞ、ユリアス」
「驚いたよ。まさか再び立ち上がってくるとは思っていなかった」
そう言いながら、ユリアスは少しも驚いているようには見えなかった。
どこか楽し気でさえある。
ユリアスが空を指さした。
「それでも、少し遅かったね。『
黒々と広がる空には、いつのまにか世界を覆いつくさんばかりの星座が広がっていた。美しくも目を焼く光は、どこまでもユリアスの理想を表しているようだ。
「‥‥」
「発動までに残された時間は十分程度だ。君はその時間で私を倒し、『
「そうか、親切にありがとうよ」
目が覚めてから、なんとなく分かってはいた。
途方もなく大きな力が動こうとしている。
これが完全に発動すれば、地球とアステリスは一つに
「長すぎるくらいだ」
俺は深く呼吸をして、魔術を発動した。
体内を神秘の力が脈打ち、全身の
『我が真銘』。
全身を
今までにないほどの熱が、全身を駆け巡っている。動け動けと、脈打っている。
「『行くぞ』」
「ああ」
ダンスの手と手を取り合うように。俺たちは剣と魔法を交わした。
『
ユリアスの前に六体の獣が召喚され、それぞれが
狼は大地。
獅子は炎。
山羊は雷。
猿は森。
大蛇は水。
一体一体が国を滅ぼす災害だ。個人ではどうあがいても超えられない壁が、そこにはある。
ただどうしてだろうな。
翡翠の魔力が右腕に絡みつき、バスタードソードを輝かせる。
負ける気がしない。
「『
剣を振るった。瞬きの間に数えきれない程の斬撃を、空間そのものを制圧せんばかりの勢いで飛ばす。
ただこれは、これまでの
何故なら斬撃の一つ一つは『
獣たちの魔法を切り裂き、斬撃の嵐は吹き荒れた。
「『
そこへ飛び込んだ。
大樹の腕を伸ばしてくる猿の懐に潜り込んで首を落とし、それごと燃やさんとする獅子のたてがみを丸ごと斬り払う。
大蛇が渦となって巻き付いてきたので、尾から頭までを回転して両断する。
下で待ち構えていた狼の牙と剣を打ち合わせ、全ての牙を打ち砕いて首を飛ばした。
「『ふぅ――』」
身体が理想を飛び越えて動いていく。剣が冴え渡り、刃先を滑る魔力の一本一本さえ捉えられる。
俺はユリアスを見た。
「凄まじいな。やはり君は私の知る誰よりも強い」
ユリアスは魔法を破られたことなどお構いなしで、目を丸くしていた。
その余裕な態度に、怒りよりも底知れなさを覚える。
「『ユリアス』」
「分かっているよ。私も君も決着を着けるためにここにいる」
そう言うと、ユリアスはゆっくりと空に浮かび上がった。
「この魔法は、創ってから一度も使ったことがないんだ。あまりにも排他的で、暴力的だから」
魔力が捻じ曲がる。
空間そのものが歪んだのではと思う程の圧が、ユリアスの背後に現れる。彼の言葉は本当なのだろう。まだ何も起きていないのに、そこから感じられる異様な圧力は、『
これが最強の魔法だ。
そう疑いもなく直感した。
「私は本来これを、『
ユリアスの背後で、歪みに耐え切れなくなった空間に亀裂が走った。
亀裂は一気に大きくなり、ぼろぼろと崩れていく。
そこから覗くのは、巨大な瞳だ。
現れる。
先ほどまで猛威を振るっていた『
頭が。
角が。
首が。
世界の何もかもを噛み砕かんと牙を剥く。
「『
地球、アステリスにおける、最強の幻想種。
それは竜だった。
あるいは龍だった。
胴体はなく、竜の首と頭だけが崩れた空間から現れたのだ。
それも一体ではない。
一体だけでも獣全てを丸呑みにせんという頭が、何十体。
実際の所数えるだけ無意味だろう。これらはユリアスが存在する限り、無限に出現する。
きっとこの力を使えば、ユリアスは一夜にして世界を滅ぼすことも可能だろう。
お前は
「終わりにしよう、ユースケ。
今の俺では、この魔法には勝てない。
それは見た瞬間に分かった。
リーシャやメヴィアたちの力を借りたところで、限界がある。
これに勝つためには、自分を超えなければならない。
俺の中に眠る可能性。それはずっと見えていて、それでも見ないふりをしてきた。その光に手を伸ばすことの意味を、重さを、知っているから。
俺は俺自身を信用できない。自分が強い存在だなんて思ったことはない。だから散々迷って、間違えて、悲しませてきた。その度に皆に助けられてきた。
今度は俺の番だ。
覚悟を示す時が来たんだ。
「『ユリアス、俺もお前に
そう告げて、左腕を空に向けて
竜たちの圧に、身体が揺れる。ただ存在するだけで命を吹き消す存在感。
それに耐えようとした瞬間、
「『――――――』」
腕を支えてくれる手があった。
夢か幻想かと思うには、あまりにも鮮明に、彼女たちは言った。
『先輩、格好良いところ見せてくださいね』
『ユースケ、大丈夫だよ。何も心配なんていらないから』
『ユースケ様、貴方様は勝ちますわ。これまでも、これからも』
『ユースケ、頑張って。私がずっと
陽向。
ノワ。
カナミ。
シャーラ。
やっぱり一番初めに君たちが来てくれるんだな。
これ以上に安心することはない。
左腕を伸ばす。空を超え、空間を超え、更にその先へ。
随分と遅くなってしまった。それでも気付いた。
俺の魔術、『我が真銘』の本質。
無限の魔力を呼び出し、他者の魔術すら再現するこの力は、その実とてもシンプルなものだ。
「『
目の奥に焼き付く、空を支えるような大樹。獣をも内に秘め、彼らの
朱のマントが激しくはためき、形を失って燃え上がった。
俺は空へと昇り、
『我が真銘』の本質とは、
空間を、生死を
「『
それは辛く苦しい過去だ。多くの人を失い、悲しみ、憎しんだ。
それでも苦しいだけではなかった。救えた人、手を貸してくれた人、共に戦った人、分かり合えた人。数え切れない程の
この枝一本一本の先に、彼らがいる。
皆、もう一度だけ、俺自身の意志で、立たせてほしい。
まだ皆が、そう認めてくれるのなら。
「『
俺は今度こそ、本物になるよ。
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