第126話 星空の下で
グレイブが意識を取り戻した時、視界に入ったのは満点の星空だった。
冷たくも懐かしい星々がグレイブを見下ろすように瞬いている。
「‥‥そうか、私は負けたか」
戦いの結果はすぐに知れた。
身体を動かすことができなくなっていた。これは拘束されているのではない。
一切感覚がないのだ。
自分の身体がどうなっているのか、首すらまともに起こせないグレイブに確認する術はなかった。
何が起きたのか具体的なことは分からない。確かにグレイブはラルカンの首を獲るその寸前まで踏み込んでいた。しかし、その感触を得られなかったことは確かだ。
あれが『沁霊術式』。
己の中に住まう魔術の本質。それを完全に掌握した存在だけが使うことを許される、魔術の極地。
「起きたか。呆れた頑丈さだ」
そんなグレイブの視界に新たな人影が入り込んだ。
先ほどまでしのぎを削っていたラルカンが、グレイブの隣に立っている。その顔にはいくつかの切り傷があるが、それ以外は何ら変わりなかった。
「無念。私の全力をもってしても届かなかったか」
「己を恥じる必要はない。俺に一対一で沁霊を使わせた者は魔族を含めても一握りだ。誇っていいぞグレイブ。貴様は『
「なっ、はははは、そうか」
力及ばずとも、魔将にそこまで言われれば妙な満足感さえ覚えてしまう。それはラルカン・ミニエスが敵だったからだろう。
グレイブは口を閉じ、この場を後にした勇輔たちを思った。
城で鍛えたとはいえ、実戦経験の少ない彼らを育て導くのがグレイブの役目だった。
まさかこれ程早くその役目を終えることになろうとは思っていなかった。できるのであれば、最後まで見届けてやりたかった。
「ああ姫様、申し訳ない。貴方様の御子を見ることも、できなんだ」
ふと頭を過ったのは、幼少の頃より仕えていたエリスだった。彼女が生まれた時から近衛騎士として仕えてきたが、このような方こそまさしく
幼いながらも才気に溢れ、武芸に通じ、仁徳を携えていた。その反動のようにお転婆で気位が高く、他の者から見ればなんとも扱いづらい姫であったろう。
だがグレイブにとっては不敬な話と思われようが、娘のような存在であった。どれだけ強く立派になろうと、彼女が進む道が茨であることを認める度に、胸が張り裂ける程の痛みを感じる。
自分はもうその手を引くことも、隣で守ることもできないのだ。
いずれ戦場で死ぬことは覚悟していたというのに、長く生きれば生きた分だけ後悔は募っていく。
しかしグレイブは同時にどこか安堵していた。
立場と性格故に、孤高の薔薇のようであった彼女には、今信頼できる仲間がいる。彼らならば、きっとどんな困難にも立ち向かい、乗り越えることができるだろう。
今も同じ星空の下を駆ける彼らに向けて、グレイブは笑みを浮かべ、届くはずのない言葉を伝えた。
「行け、お前たちの進む道の先で、待っているぞ」
そうしてセントライズ王国近衛騎士団が一人グレイブ・オル・ウォービスは、
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