第298話 後輩は言うことを聞かない

     ◇   ◇   ◇




 俺の人生は、うまくいかないことの方が多い。


 異世界に呼ばれて勇者になるなんて、漫画大好きな中高生が憧れるシチュエーションになりながら、チートで異世界無双! とはならなかった。


 ひたすら地道な訓練と実戦を繰り返し、勝ったり負けたりしながら成長してきた。


 しかし戦闘に関していえば、それでもうまくいった方だ。


 何せ魔王を倒せたわけだから、一番の目的は達せられた。


 ではうまくいかなかったこと筆頭とは何か。


 それは間違いなく、女性関係である。


 エリスに捨てられて地球に帰還したこともそうだが、それ以外にも失敗したことは数知れない。


 そもそも勇者だぞ。普通に考えたら色々な女性と結婚やら一夜の過ちやら、あるべきだろう。


 実際は、あと一歩というところまで、いって、たいてい何かしらでおじゃんになる。進展がありそうなのに、碌でもない終わり方ばかり迎えるのだ。


 こっちが本物の勇者の呪いだろ。よっぽど実害がある。


 もしこれが呪いでないとしたら、俺本人の問題ということになる。きっと占い屋さんに見てもらったら、女難の相が濃すぎて生命線も何も見えなくなっているに違いない。


 さてそんなうまくいかないことばかりだった俺の人生だが、人とは学び、経験し、成長していくものだ。


 当然女性の扱いに関してもレベルアップしているはずだ。


 はずなのだが‥‥。


「‥‥」


 俺は家の前でひたすらに頭を抱えていた。


 レベルアップしたはずのに、なんと言って家に入るのが正解か分からない。既に気配でみんなが待機しているのは分かっている。


 後は入るだけなのだが、そのみんなを納得させられる方法が不明だ。


 グレイブ‥‥教えてくれ。お気にの嬢の機嫌を取る方法、もっとちゃんと聞いておくべ気だった。


 それもこれも。


「入らないんですか?」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべて俺の腕に抱きつく、陽向が原因だった。


 いや今は陽向なのか? それともノワなのか。


 どうやら魂が同化しているようだが、意識自体は別にあるみたいだし。魔術を発動していないと、どっちがどっちなのか判別がつかない。


「なあ、今はどっちなんだ?」

「見て分からないんですか?」

「‥‥」


 え、何その返答。心臓がキュッとなったんですけど。


 分からない俺が悪いのか。


「‥‥」


 そうですね、今回の件に関していえば大体俺が悪いです。


 あざとく頬を膨らませる陽向だかノワだかを見ていると、罪悪感で胸が潰れそうになる。


 とにかく俺はこの巻き込んでしまった後輩を、責任もって面倒を見なければならない。


 そのために、ここまで連れてきたのだ。


 普通に考えて、陽向がこんなベタベタしてくるはずがないので、ノワだと思うんだが、さっきの言葉がリフレインする。


『陽向が、大好きな先輩のために、一肌脱いであげますよ』


 そして、唐突に訪れたキスの感触。


 その時はとにかく驚きで、それがキスだと理解できなかった。月子と比べる訳ではないけれど、乾いた唇に潤いを与えるような情熱的なキス。


 思い出しただけで、頭が沸騰しそうになる。


 あそこまでされて、先輩後輩としてだよな、なんて馬鹿なことは言えない。


 陽向はため息をついて、肩をすくめた。


「冗談ですよ。今の私は陽向紫ひなたゆかりです。ノワは疲れて寝ているみたいです」

「そういうの分かるのか?」

「自分でも不思議な感覚なんですけど、中にノワがいるのはよく分かるんですよね。別に居心地悪いわけではないんですけど、妙な感じです」

「ふーん、そういうもんか」


 ちょっと待って。じゃあさっきから当ててるんですよとばかりに密着しているのは陽向の意志ってことじゃん。


 やばい、動悸がしてきた。


「じゃあ、ドア開けるから一回離れてくれ」

「嫌ですけど」

「‥‥なんて?」

「嫌です」

「だから、ドア開けたいんだって」


 人の話聞いてた? 


「別に片手空いてるんですから、そっちで開ければいいじゃないですか」

「誰もできるかできないかの話なんてしてないんですよ陽向さん? 開けるから離れて欲しいって話。お分かり?」

「分かった上で嫌だと言ってるんですよ先輩。理解しています?」


 こいつ‥‥!


 ノワが寝ている今なら、所詮女子の腕力。無理矢理引っぺがしてからドアを開けようかとした瞬間。


 ──ガチャリ。


 向こうからドアが開けられた。


「‥‥何しているの?」


 そこから、鬼を背負った月子が現れた。

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