第407話 棍対拳 二
◇ ◇ ◇
シキンとコウガルゥの戦いは始まりからクライマックスだった。
双方ともに、攻撃の種類はいたってシンプル。加速し、殴る、蹴る、投げる。
小細工は必要ないと言わんばかりに、互いに間合いを土足で踏み鳴らし、攻撃を叩きつける。
ここが作られた空間でなければ、とっくに木造の床は穴で足の踏み場も無くなっていただろう。
上空から仕掛けたコウガルゥが大樹の如き首に棍を振り下ろし、シキンも怯まずコウガルゥの腹を拳で突き上げた。
爆裂の勢いで二人は弾き飛ばされる。
ガガガッ‼ とシキンの足が床を削り、倒れることなく耐える。追撃へと構えたその正面に、流星の速度で墜落したコウガルゥが、地面を蹴って突っ込んできた。
――噛み殺す。
牙を剥き出しに棍を振り上げるその姿は、紛れもなく獣。
「
言葉の通り、コウガルゥの速度は千年という時間すらも追い越さんばかりに速くなる。
「『
獣を迎え撃つは鬼の殴打。勇輔すら『
やることは単純明快。
致命傷になる攻撃は弾き返し、それ以外は無視して進む。
最も険しい道を抜けた先にこそ、求める物があるのだと、その歩みは示していた。
地獄の狂乱を抜け、コウガルゥは棍を肩に構えた。
シキンは煌夜城の戦いで、この瞬間を勇輔に捉えられて負けた。
「同じ
抜けることは想定内とばかりに、置かれた旋風蹴り。
「んなこたぁ分かってんだよ‼」
棍を振る。
蹴り足をへし折り、積み重ねた時間ごとシキンを殴り飛ばす。
ゴッ‼ と巨体が毬のように跳ね、壁に
「見事だ。我が技を一本槍にて打ち砕く気概と力、称賛する他あるまい」
そう言ってシキンは何事もなかったかのように床に降り立った。
折れたはずの脚も、再生している。
「‥‥」
対して、コウガルゥは
全身が青と赤に変色し、至る所が腫れあがっている。見ただけでも骨折していることが明らかだった。
シキンから受けたダメージだけではない。『
「敵から受ける称賛の言葉なんて、
コウガルゥは棍を構え直した。
魔物はびこる大森林の奥で育った彼にとって、戦いとは己と自然との言葉無き対話だった。
自らの脚で歩き、腕で切り拓き、頭で探る。
美しい弱肉強食の世界。余分なものなどなく、本能が研ぎ澄まされて針のように細く、鋭くなっていく感覚。
称賛とは、敵の
「ふぅ‥‥」
この先のこととか、仲間のこととか、そういったしがらみを息と吐きだし、魔力を棍に込める。
弱気になるな。恐れるな。されど驕るな。敵はいつだって自分よりも強大であった。
「侮辱か、そのようなつもりはなかったが、気を悪くしたのであれば謝罪しよう」
「いいさ、こちらこそ悪かった。弱気に囚われた」
棍が震える。込められた魔力に悲鳴を上げているようだった。
彼の棍は森を荒す竜の角を
それが破裂せんばかりに低い唸り声を上げていた。
ぶん殴る。
「弱気などよく言う。その目、未だ折れておらぬ」
「当然だ」
シキンが緩やかな所作で拳を構えた。ともすれば見落としてしまいそうな程に何気ない動きだが、そこに
「これにて決着としよう。我が『無窮錬』は修練を余さず己が力とする。その内百年分、この拳に乗せる」
「
「光の一撃か、楽しみだ」
二人に合図はいらなかった。
その時が来たと、自然に直感し、まったく同じタイミングで技を放った。
「『
「『
棍は魔力の柱となり、コウガルゥの言葉通り光の速度で振るわれた。
音を置き去りに、光は
速さとは戦いにおいて、理不尽の押し付けだ。相手に何もさせず、一方的に自分の攻撃を通すことができる。
そしてどんな小さな質量さえも、速さは兵器に変える。
人である限り、認識さえ許さない一撃。
そう、故にそれは奇跡と呼ぶ他ない。
シキンはコウガルゥの攻撃を知覚するよりも数瞬先に、技を放っていた。ほんの少しずれただけで、結果はまた変わっていただろう。
事実として『
百年の修練をエネルギーに変換し、拳に乗せる。
どこまでも真っ直ぐな殴り合いの結末は、真っ白な光に包まれ、空間の崩壊を招いた。
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