前職、勇者やってました。ー王女にも彼女にも振られた元勇者、魔族と戦ってほしいと聖女に請われる。仕方ない、文系大学生の力を見せてやる。ー
第345話 閑話 ドキドキ! リーシャのマジカルクッキング! 決着編
第345話 閑話 ドキドキ! リーシャのマジカルクッキング! 決着編
俺が訓練を終えて上の階に戻った時、部屋には異様な空気が漂っていた。
リビングには美味しそうな匂いが立ち込め、温かい光に満ちている。
にもかかわらず、そこは決闘場のような緊迫感にあふれていた。
何だ、訓練をしている間にこの家で一体何が起こっているんだ。
カナミは、まだ帰ってないみたいだな。
俺は先に訓練を終え、すでに椅子に座っている月子に声を掛けた。
「なあ月子、なんか雰囲気変じゃないか」
「ええ。そうね。どこかの誰かさんのせいで、大変なことになっているみたいよ」
「はあ? どこかの誰かさんって誰だよ」
「にぶちんには分からないんじゃない?」
誰がにぶちんだよ。戦場における勘の鋭さは野生動物並みとまで言われた勇輔さんだぞ。
しかし月子の言葉からすると、この緊迫感は俺が原因ということか。
朝から晩まで訓練室にこもりきりだったのに、俺のせいになる意味はさっぱり分からないが。
「とりあえずシャワーを浴びてきたら? もうご飯の用意は終わっているそうだし」
「そうか、了解」
この匂いはカレーだろう。カナミがいないから冷凍したお惣菜系かと思っていたけど、もしかしてリーシャか陽向が料理をしたのかな。
カレーならルーを入れるだけだからリーシャでも作れるはずだし、陽向は普通に料理ができると思う。
緊迫感は気になるが、あとは料理を食べて寝るだけだから、妙なことにはならないだろう。
若干の現実逃避感を感じながらも、俺はシャワーを浴びに行った。
もう誰かが湯を張ってくれていたらしく、俺はありがたく一番風呂をいただいた。
この生活に慣れ切ると、二度と一人暮らしに戻れなさそうで心配なんだよなあ。
そんな不安はさておき、俺はぽかぽかした身体でリビングに行った。
そこには予想通りの夕飯が並んでいた。
サラダにスープ、そしてメインとなるカレーライス。
それ自体はなんら不思議なことはない。むしろリーシャが作って当たり前に美味しそうなカレーが出てきたことそのものが不思議なのかもしれないが、あの腹ペコ聖女だってやる時はやる女だ。
ここまではなんら問題ないのだが、おかしな点があった。
俺たちの家は基本的にみんなでご飯を食べることになっている。そのためカレーがたくさん並んでいるのはまったくおかしくないのだが、何故か俺が座る席にだけ、カレーが二皿置かれていた。
「あ、ユースケさん。お夕飯の準備できましたよ! カナミさんは少し帰りが遅くなるそうです」
キッチンからひょっこりと顔を出したリーシャがそう声をかけてきた。エプロン姿が眩しすぎる。そのままフィギュア化してもらえよ。
「今日はリーシャが作ってくれたのか、ありがとう」
「はい! カナミさんが事前にいろいろと準備をしてくれたので、私でも作れました!」
むん! と誇らしげな顔と共に誇らしく胸が突き出される。エプロンに包まれた状態でその破壊力はどうなんだろう。鞘がまともに機能してませんけど。
そんなことはさておき。
「ところでリーシャ、どうして俺の席だけカレーが二つ置いてあるんだ? お客さんでも来るのか?」
リーシャは「ええと‥‥」と言い辛そうに頬を掻いた。
「両方ともユースケさんのですよ」
「なんで俺だけ二つ? 別にそんなに大食いでもないんだけど」
半年近く一緒に暮らしているんだから、知ってるだろ。
「いえ、私が用意したわけではなく」
「私ですよ」
そう言いながら現れたのは、陽向――じゃないな。
「ノワか。料理なんて作れたのか?」
「失礼ですね。恋に生きる女ですよ。家庭に必要な技能は全て修めています」
茶髪の一部が桜色に変わり、心なしか体型もより女性らしくなっている。陽向の身体に住んでいるノワール・トアレだ。
ってことはあれか。このカレーはリーシャとノワが作ったものなのか。
「なんだってまた別々に作ったんだよ。一緒に作ればよかっただろ」
「ユースケ、これは戦いなんですよ。女の意地と意地を賭けたね」
「カレーに賭けちゃったかぁ‥‥」
もう少し賭けるものがあったんじゃないですかね。
しかし作ってもらったものに文句を言うのは道理に合わない。
二皿くらいなら、大した量でもない。インドカレーの専門店に行けば、カレーなんて何種類も出てくるしな。
「それではいただきましょうか」
月子とシャーラもテーブルにつき、全員がそろった。
「いただきます」
俺はそう言うと、改めてカレーを見比べた。
よく見なくても、明らかに違う。
少し不ぞろいで大きめに切られた野菜がごろごろ入っているカレーが、リーシャが作ったものだろう。豚小間が使われているらしく、まさしくおうちカレーだ。
懐かしいなあ。アステリスに居た時、どうしてもカレーが食べたくなって奔走した結果、似ても似つかぬものが出来て、涙を流したものだ。俺の求めるカレーにならなかっただけで、それはそれで美味しかったんだけどさ。
そしてもう片方の方は、なんというか黒い。
あれ、カレーってこんなに黒かったっけ? って思うくらい黒い。巷ではブラックカレーなるものもあるそうだし、その類なのかな。
とりあえずリーシャカレーの方を食べてみる。
「おお、うまい!」
ただのカレーじゃないな。これは出汁の風味だ。中辛のルーに出汁が入ることで、よりマイルドに、米に合う味に仕上がっている。
長年の異世界生活のせいで、戻ってきてからも身体が和を求めてしまうんだよな。
「リーシャ、美味しいよこれ。一人で作ったんだよな」
「本当ですか⁉ 嬉しいです。カナミさんや陽向さんに手伝ってもらってですけどね」
リーシャは笑いながら、自分でもカレーを食べる。
あの不器用オブ不器用なリーシャがカレーを作れるようになるなんて、人間は成長する生き物だなあ。
さて、問題はこっちの黒い方である。
なんだか美味しそうな匂いがしているのが一周回って不気味だ。何せノワの作ったカレーである。
彼女はああは言っていたが、料理をしているイメージが微塵もない。敵を料理するっていうなら俺も納得なんだが。
スプーンですくい、鼻に近づける。
ふむ、リーシャのものより匂いは刺激的だが、やはり普通に美味しそうな香りである。
むしろリーシャの方が優しい味な分、こちらのインパクトが際立つ。
「どうしたんですか、ユースケ? まさか勇者ともあろうものが、カレーごときに臆すると?」
「元、元勇者だ」
というか和気あいあいとした夕食の席で、なんでそんな煽られ方をしなきゃいけないんだよ。
しかしノワの言う通り、ここでしり込みしていても仕方ない。
俺は意を決してブラックカレーを食べた。
「‥‥うまいな」
普通に美味しかった。
味のパンチは強い。ニンニクの風味がガツンときて、その奥から様々な味が混じり合って口内に膨れ上がる。
これまで食べてきたどんなカレーとも違う味だ。
ノワは鼻高々に言った。
「そうでしょうとも! 何せユースケの嗜好を完全に調べ上げた上で作りましたからね!」
「それは聞きたくなかったんだけど」
ストーカーじゃん。やめてくれ、勇者時代にお腹いっぱいなんだよその手のあれは。
というか食べてて気づいたんだけど。
「このカレー、具材もリーシャと違うのか? 鶏肉っぽいのも入ってるけど」
「ああ、それは‥‥」
「すっぽんの肉ですよ」
「へー、すっぽん。すっぽん⁉」
どういうこと⁉
俺が食べてるこれすっぽんカレーなの?
そりゃ気付かないはずだ。食べたことないもの。
「というか、なんでわざわざそんな特殊な具材を‥‥」
そう言いながら俺が続きを食べようとすると、その手を横から掴む者がいた。
今まで我関せずで食べていた月子である。
「な、なんだよ」
俺のまっとうな疑問に月子は答えず、ノワの方だけを見た。
「ノワさん。あなた、このカレーに他に何を入れました?」
「他にですか? すっぽん以外ですと、にんにく、マムシ、高麗人参、マカ、隠し味にチョコレートを少し」
「え、闇鍋カレーなのこれ」
料理っていうか薬じゃん。
「なんだってそんなもんを入れたんだよ‥‥」
俺が呆れた声で言うと、月子はため息を吐いて首を横に振った。
「どうした?」
「‥‥ざい」
「ごめん、なんて言った?」
「精力剤よ。どの食材も男性の精力増強に使われるものよ」
はい?
俺は思わずまじまじとノワを見た。
彼女は蠱惑的な笑みを浮かべて熱っぽい息を吐くと、呟くように言った。
「ユースケは、一度出されたものを残すなんてことはしませんよね? 後で部屋にデザートも用意していますから」
「‥‥」
は、ハニートラップじゃねえか!
やけに刺激的な味は、個性の強い食材をまとめるための手法かよ! 完全に騙されたわ。
「あの、精力剤ってなんでしょう?」
「リーシャさん、あなたは知らなくていいのよ」
「そうだぞリーシャ。この和風カレーは純粋で美味しくて素晴らしいなあ! 勝者はリーシャだよリーシャ」
そもそも勝負にすらなっとらんわ。
「いいんですよ。私の負けでも。でも、きちんと全て食べきってくださいね」
こいつ‥‥。それが目的か。
勝負にかこつけて俺にこのバキバキカレーを食べさせる魂胆だったのだろう。
確かに自分のために出された料理を残すのはポリシーに反する。元気になるだけで、毒が入っているわけでもない。
ふう――。
「いいだろう、全部きちんと食べきってやるよ」
俺はそう言うと、言葉通り米の一粒すら残さず完食した。
ちなみに数々の戦場で無数の毒と呪いを受けてきた俺の身体は、病気もしないし、薬の効果もほとんど効かない。
その夜の
勝者、リーシャ。
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投稿が遅くなり申し訳ございません。
新型コロナウイルスやら仕事やらで忙殺されておりました。
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