第305話 ランニングする分からんちん
家を出ると、吐く息が白く
今日は特に寒さが厳しいとニュースで言っていたが、こういうふとした瞬間に、本格的に冬が到来したのだと感じる。
ストレッチを済ませた身体はほのかに熱を帯び、もっと動きたいとむずがゆいうずきを感じる。
俺は最近定番となりつつあるコースでランニングを始めた。
いかんせん、俺の身体は少々特異なものになってしまっているので、フルマラソンを全力疾走したところで大した負荷にならない。そこで今やっているのは、魔力を身体中に流しながら走るという鍛錬だ。
それだけ聞くといつもやっているじゃんといった感じなのだが、魔力の密度は俺ができる限界まで高めている。
そしてそれを身体の外には決して漏らさず、
魔力を過剰に流し続ければ、肉体にはすさまじい負荷がかかる。いずれ身体はそれに対応するようになり、素の身体能力が上がるのだ。
アステリスの人族が地球の人間より身体能力が高いのは、そういう理由だと思っている。そもそも種が違うから、見当違いかもしれないけれど。
「ハッハッハッ――」
すぐ後ろでリズムのよい吐息が聞こえた。
勇輔は後ろに目をやりつつ言った。
「スピードは大丈夫そうか?」
「はい、大丈夫です!」
走りながら答えたのは、リーシャだ。
白いジャージに短パン、タイツといったスポーティーな服装で、三つ編みの金髪にはキャップが被せられている。
初めは普通のTシャツに短パンだったんだが、我が家の母ことカナミがあれやこれやと世話を焼き、気付いた時にはこの服装になっていた。
いつのまに用意したのか知らないが、恐ろしく似合っているのは素材がいいからなのか、カナミのセンスが抜群に優れているのか。
一緒に走る俺は、きっと誰の目にも止まらないことだろう。
引っ越してから、周囲の地形を頭に入れようと思い、トレーニングがてら始めたランニングだが、リーシャも一緒に行くと言い出したのだ。
彼女の鍛錬といえば、基本的に
それだけでも十分だと思うのだが、まあこのランニングも身体強化のいい鍛錬になる。
他にも二名ほど、ランニングに付いていくと言った同居人がいたが、丁重にお断りした。最終的には丁重とは何ぞやという力技だった気もするが、この朝の澄んだ時間を、あの我が儘ガールズに邪魔されてはたまらない。
俺たちは坂を上り、広めの公園に入った。ここは俺たちの住む心霊区域と普通の区域の境目ぐらいにあり、割と一般人も利用している。
俺は自販機でスポーツドリンクを二本買うと、その内一本をリーシャに渡した。
「ほら、一回休憩」
「ありがとうございます。少しずつ慣れては来ましたけど、疲れますねこれ」
「自分で負荷かけ続けなきゃいけないから、身体より頭が疲れるよな」
重りをつけたり、距離を伸ばしたりといった自動的に負担が増えるものとは違い、常に魔力をコントロールしなければならないので、精神に疲労がたまる。
リーシャはスポーツドリンクに口をつけ、一気に飲む。
汗のにじむ白いのどが、あまりにもなまめかしい。この子十六歳ってマジかよ。聖女補正だとしたら、メヴィアはもう少しなんとかならなかったのかな。あいつ多分十二歳くらいで成長止まってるぞ。
スポーツドリンクを飲み終わったリーシャが、ペットボトルをゴミ箱に捨てて、そこで止まった。
「どうかしたのか?」
「いえ、別に何があったわけではないのですが‥‥」
何だよ、歯切れが悪いな。
俺もゴミ箱に捨てながら、リーシャの見ている方を見る。
そこにはウォーキングをしているらしいカップルがいた。
俺たちより少し年上だろうか。二人で楽しそうに歩いている。
なんだあの幸せ空間。寒い朝も熱々ですってか。こっちは朝のランニングに出かけるまでに、二人の暴走列車を縛り上げてきたというのに。別の意味で熱くなったわ。
「ユースケさんユースケさん」
「どうした?」
リーシャの方を向くと、彼女はカップルを見たまま俺の隣に来た。
気のせいか、距離感が近い。近くない?
けっこう汗もかいているはずなのに、リーシャからは甘いいい香りがする。この香水が出たら、迷わず枕に垂らすね。
「――私たちは、どう見えているのでしょう」
「え、何?」
香りに気を取られて聞いてなかった。自分で言うのもなんだが、相当気持ち悪いな。
聞き返した
「どうしたどうした、りんごみたいになってるぞ」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
「え、俺のせいなの? 何もしてないだろ、言いがかりだぞ」
むしろ走るペース合わせたり、飲み物買ってあげたり、現状はイケメンポイント高めだろ。これで怒られるのは納得いかない。
「まったく、ユースケさんはどうしてそこまで分からんちんなんですか!」
「分からんちんに分からんちんとか言われたくないわ」
「私は分からんちんじゃありません!」
「いや分からんちんだね。死ぬほど頑固じゃん」
「なっ――」
リーシャが赤いままわなわなと震える。
蝶よ花よと育てられたリーシャは、未だにこういうことを言われると停止するくせがある。
くくく、エリスだのメヴィアだのを相手に鍛えられた俺が、箱入り娘に口喧嘩で負けるはずがない。
幸せそうなカップルを眺めながら、十六歳の少女を口げんかで負かして
それが俺、山本勇輔だ。
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