第429話 騒がしい内覧会
「ふえぇ、おっきいね!」
「離宮より小さくね?」
「外から見たのなんて一回だけだし、わかんないよ」
クラスメイトたちがわいのわいのやっているけど、コレは王城で住んでいた『水鳥の離宮』よりは確実に小さい。それは俺が保障する。
だからといって、この邸宅がこじんまりしているとはとても言えない。
アウローニヤ大使館から歩いて十分。城の正門に続く内市街のメインストリートから一本入ったところに一年一組が拠点にする予定が濃厚となってしまった建物はあった。
ペルマ迷宮やペルマ迷宮冒険者組合は城の中にあるのだけど、そこまでだって歩いてニ十分もかからないだろう。
冒険者としてやっていくなら、これ以上ない拠点かもしれない。
主に通勤、俺たち的に表現するなら通学時間的な意味で。
山士幌町は面積が広いわりに高校はひとつしかない。お陰でクラスメイトたちの通学時間は長いのから
短いのまでそれぞれだ。
一番遠いのは実家が山士幌の北の端で宿を営んでいる
実は俺も
高校自体は街の中央からちょっとズレた場所にあるが、農業酪農組、すなわち小麦農家の
故郷に思いを馳せるのはこれくらいにして、注目すべきは目の前の邸宅だ。
なるほどこの立地なら割引されたのに半年で一億というのも頷けなくもない。ごめん、嘘だ。そういうレベルの金銭感覚を俺は持ち合わせていないんだ。
とはいえ、一年借りれば二割引きでも二億ペルマという数字は、リンパッティア様が婚約破棄で受け取る慰謝料に等しくなるわけで、たぶん侯爵家レベルでも意味のあるすごい値段だということだろう。
こんなのを公費で私的に借りていた前アウローニヤ大使って何者なんだろうな。
前アウローニヤ大使の私邸として使われていた建物は上から見下ろすとH字形の建物で、ほぼ石造り。明るい灰色の石材は迷宮産かもしれない。三角を組み合わせたような複雑な形をした屋根の色は濃い緑で、悔しいけれど俺の好みにマッチしている。
「窓が高いところにあるのね」
「防犯なのかな。入口が階段になってて、中二階みたいなところがメインフロアらしいけど」
「それでも二メートルくらいだし、ちょっと階位があれば入れそうよね」
「それ言ったら切りが無くなりそうだ」
「
横を歩く
この建物には大きな玄関があるわけだけど、階段を上がった場所になる。
セキュリティなのかはわからないが、一・五階くらいの高さがこの邸宅の居住区画だ。半地下もあるのだけど、建物の中からしか入れないし、基本は倉庫や隠し部屋だな。
なのでこの建物は見た目は三階建てに近いけれど、実質平屋プラスちょっとした二階、アンド地下っていう構造になっている。
それとだけど綿原さん、夏樹を泥棒の手先扱いしないでやってくれ。
「厳重ね」
「普段の警備って感じじゃないよな」
敷地の端は鉄柵を乗せた石壁に囲まれて、入口には鉄柵の大きな門が開いた形で待ち受けていた。ぶっちゃけフェンタ子爵邸より厳重だ。
門番が四人も立っているのは通常モードなのか、大使が拘束されたのが理由なのか、それともリンパッティア様が訪問するからなのだろうか。
アウローニヤの王都軍が二人と、ペルメッダの兵士が二人なので、たぶんイレギュラーなんだろう。
スメスタさんが視線を送っただけで、兵士四人は門の脇に逸れ、クラスメイトたちは小さく会釈をしながら敷地内に侵入していく。
こういう部分が俺たちの小市民というか、平民根性だ。
「お待ちしていましたわ」
「お待たせしました」
正門から進むこと数分。緑のドレス姿をしたリンパッティア様が堂々と俺たちを待ち受けていて、視線を受けた
大使館から十分の距離を俺たちはスメスタさんの先導でぞろぞろ連れ立って歩いてきたのだが、リンパッティア様は格が違った。
ドレス姿のままでさっそうと二頭立ての豪華な馬車に乗り込み、俺たちを置き去りに先に現地入りしたのだ。護衛のメーラハラさんはまだいいとして、御者のおじさんは午前中ずっと馬車で待っていたんだろうか。
物語に出てくるような真っ当な馬車なんてこの世界で初めてみたのだけど、ものの一分で消えてしまった。もちろんド街中なので襲撃イベントもなし。
いかにも洋館のエントランス風な階段を登った正面玄関前で、家の主のごとく一年一組を見下ろすリンパッティア様は、とてもサマになっている。もちろん斜めうしろにはメーラハラさんが控えているわけで、ホスト感もマシマシだ。
「なあ、俺たちが冒険者になれなかったら、どうするんだろうな、これ。よっぽどな理由がないとキャンセルできないだろ」
「考えたくないけど、手放すか、アウローニヤやペルメッダの偉い人を拝み倒して冒険者になれるようにねじ込んでもらうか」
「コネかあ。楽勝で半年生きていける金があっても、いがまれるようにはなりたくないなあ」
階段を登りながら大邸宅を見上げるイケメンオタな
古韮のビビりも理解出来なくはない。
アウローニヤでの生活は流されてああなっていたし、豪華な離宮にしても隔離と守りという意味合いが強かった。王城生活だったので、ほぼ一般人を見かけなかったというのも大きいかな。
そんな俺たちがペルメッダでは人に溢れる街並みで生活するのだ。しかも住処は高級住宅街にある豪邸。
実家の敷地面積だけなら負けていないメンバーもいるし、なんなら中宮さんの家は道場付きの豪華な家らしいけど、目の前にある存在感バリバリな西洋風のお屋敷なんていうのはなあ。
これで冒険者になれませんでした、なんてなったら、ダメージがデカすぎるぞ。
この国において、迷宮に入る人種は大きく三つに分けられる。
ひとつは言わずもがな、冒険者となって堂々と迷宮に潜り、日々生きていく金を稼ぐ連中。
もうひとつは兵士となり、魔獣の相手というよりは対外戦争を見込んで、自己鍛錬を積み重ねる人々だ。
そして最後のひとつは兵士なり冒険者なりを頼り、階位上げを願う人たち。
実生活において階位を上げて損をする要素は皆無なこの世界において、彼らがそれを望む以上、応えるシステムが存在するのは必然だろう。
兵士以外の平民に極端なレベリング制限を掛けていたアウローニヤが異常なくらいだ。
冒険者に謝礼を払うか、軍に依頼してレベリングをお願いする人たち。
そんな代表こそが、リンパッティア様や侯王様になる。とはいえ、侯王様は十六階位なんていうこの国でもトップクラスの階位を持っているわけで、接待という枠組みを遥かに超える存在ではあるのだが。
では俺たちはとなると、ペルメッダ国籍も持たないただの平民であるからして、国軍に頼るわけにはいかない。依頼料を払って冒険者の付き添いの下でレベリングをすることになる。
もちろん迷宮で稼ぐのなんて論外だ。ほとぼりが冷めるまでイトル領でコッソリ農家や酪農家でもやるしかないかも。
それもこれも全ては俺たちが冒険者組合に入れてもらえなかったらの話ではあるが、そういう可能性もゼロではないのだ。
大手を振ってアウローニヤから出てきたのに、そんなのは負け犬みたいでいやだなあ。
「成り行きとはいえ、先行投資がデカすぎるんだよ」
「古韮お前、断れたと思うか? あの展開で」
「ムリだ」
俺の問いかけを一言で切って返す古韮に、こちらとしても異存はない。
そもそも俺たちが悪乗りをしてこういう状況を自ら招いたんだ。勝算は十分にあるけれど、ここまでくればやるしかない。
「さあ、あなた方の拠点になるのですわよ? フルニラ、マナ、自分たちの手でお開けなさい」
「へい」
「うす」
どうやら一年一組がここに住むのはリンパッティア様の中では確定事項っぽいようだ。
ナチュラルに扉開け係を指名してくる彼女に逆らうこともなく、古韮と
ギギギと重厚な音を立てて扉が開いていく……、んだけど。
「普段はあっちよね、通用口かしら」
「だよなあ」
敷地への門を潜ってすぐのあたりからサメを浮かべていた綿原さんが、大きな扉のすぐ脇にある標準サイズのドアに視線を送っている。
今回のところは記念すべき第一回目ということで。ほら、古韮と馬那って儀仗係だし。
◇◇◇
「ワリと殺風景だねえ」
離宮程ではないが、日本人感覚では十分に広いエントランスホールに、アネゴな
実家が温泉旅館を営んでいるだけに、建物を印象付けるエントランスには一言あるタイプの笹見さんの観察眼……、というか普通に素人目でも殺風景だな。
フローリングや白地の壁紙は綺麗だけど、絨毯も敷かれていないし、壁際にありがちな装飾も見当たらない。絵とか壷とか、そういうのが一切合切。
気になったので【観察】してみたら、部屋の壁辺りの色が所々で違っている。そういうことか。
「そのですね。大使の私物は全て売却処分の手続き中でして」
俺たちではなく、たぶんリンパッティア様を気にしながら、申し訳なさそうにスメスタさんが状況説明をしてくれる。
「備え付けのモノには手を出していませんので、ご理解を」
そのままリンパッティア様に頭を下げるスメスタさんは、再び情けないムードになってしまった。
金策、大変だったんだなあ。クラスメイトたちからは哀れみの視線がスメスタさんに集まっている。
なるほど、リンパッティア様の婚約破棄問題より先に、俺たちが輸送してきた金に喜んでいたのも理解できるというものだ。
「……前向きに考えればいいのですわ。勇者たちが自らの力でこの屋敷を飾り立てる。それが冒険者の在り方ですわ」
「いいこと言うねえ」
「っぱ、カッコいいよな」
てっきりスメスタさんをイジりに走るかと思ったリンパッティア様が、なんとも前向きな発言をしてくれた。
これにはクラスメイトたちも絶賛の声を上げざるを得ない。
もしかしたらだけど中宮さんとの交流もあって、勇者アゲになっているのかもしれないな。
悪役令嬢ムーブも好みだけど、俺たちだって友好的に付き合っていきたい相手だ。そこらへんのバランスが取れてくれると最高なんだけど。なんて考えるのは俺の趣味丸出しか。
「さあ、参りますわよ」
俺たちのウケが良かったのが嬉しいのか、悪い笑みをちょっとドヤらせたリンパッティア様は、まるで我が家を案内するかのようにロングスカートを翻し、先頭に立って屋敷に入っていった。いちいち所作がサマになっているなあ。
◇◇◇
「厨房、確認しました。水回りも問題なさそうです」
「食糧庫とたぶん、保存庫か。こっちも問題なさそうだ。燻製室みたいのもあるなあ」
料理担当の
「元々は古い男爵家の私邸だったそうですわ。趣味人だったと聞いていますわね。美食家とも」
それに対してコメントを入れてくれるリンパッティア様。律儀だな。
今、俺がいるのは屋敷の中央奥にある談話室だ。手分けして屋敷探検をしているクラスメイトたちが情報を持ち寄るための暫定本部って感じで使わせてもらっている。
「お風呂は大丈夫。二つあるから男女別にできるけど、どうしたもんかねえ」
「っすねえ」
風呂やトイレは笹見さんとチャラ男な
間取り図から家族用とお客さん用の二か所に風呂場があるのはわかっていたけど、運用がなあ。アーケラさんがメンバーから外れたので【熱術】使いが笹見さんだけっていうのが負担になっている。
「入浴は今まで通り交代制で、魔力の様子を見ながらでいいんじゃないかな」
「こりゃあ階位を上げないとだねえ」
折衷案を出す
温泉宿の娘だけあって、笹見さんの風呂にかける情熱は本物だ。そのためになら階位上げも辞さない。
だからといってクラスメイトたちは彼女の意気込みを本末転倒だとは指摘しない。基本的なところさえ間違えていなければ、レベリングへの情熱なんて人それぞれでいい。
綿原さんならサメの成長だし、俺の場合はとにかく【身体操作】だったりするからな。
「食堂のテーブルに余裕があるのが助かったわね」
「歴史がありそうだったけど、普段使いしていいのか迷うぞ」
食堂の様子を見に行った中宮さんと古韮が、食卓テーブルは大丈夫だと説明してくれる。
「構いませんわ。古いだけの代物ですわよ。フルニラは目を磨く必要がありますわね」
「こりゃ失礼を」
的確な判断をしてくれるリンパッティア様の存在が有難い。古韮も悪役令嬢に小言を貰えて嬉しそうだし。
「地下見てきたよ。隠し部屋ギミック、面白いね、アレ」
「
地下から戻ってきた忍者な
そうか冷凍庫にしては広いかとも思ったけれど、深山さんの熟練度だって上がっているものな。
「ベッドが足りないね~。全部で十五。大使の寝室にあったデッカイのって、アレ使うのヤだよアタシ」
「布団は揃ってるから問題ない。迷宮泊と一緒だ」
「屋内キャンプデス!」
二階にある個室を調べまくっていたチャラ子の
そっかあ、ベッドが足りないか。買い足せばいいとも思うが、稼ぎを見てからになるのかな。
いやいや、俺たちはまだ金持ちだし、ここでケチってもなあ。
「あのスメスタさん。寝室の大きな寝台っていうのは、大使の私物じゃ──」
「備品ですわよ。百年以上前に高名な職人が作り上げた逸品と聞きますわ」
綿原さんがスメスタさんに確認をするも、リンパッティア様が会話をインターセプトして、由来を語ってくれた。
「……客室ってことにしておこう。そのままで」
「アイシロ……、主寝室を客室ってあなた」
「最大限のもてなしです」
「言いますわね」
委員長が暗に封印しようと言っているのに、リンパッティア様がツッコミを入れてくる。
今日一日の付き合いで、彼女の扱いが見えてきたのか、委員長の返答は中々のモノだ。俺も見習いたい。
「裏庭いい感じだったよ! 百メートルはないけど、全員で訓練できるくらいには広いかな。邪魔な木があったけど、切ったらダメなのかな」
「八津、ここに決まったらキャッチボールな」
裏庭の偵察に出ていた陸上少女な
春さんが言ってる邪魔な木って、切り倒していいヤツなんだろうか。
どことなくスメスタさんが引きつっているんだけど。リンパッティア様は邪悪に笑っているし、ワケありとかじゃないだろうな。
そこからもみんなからの報告が続く。俺は俺で談話室やら重要になりそうな部屋のサイズを【目測】して、間取り図に記載しているので、何もしていないわけではない。全部の部屋を回るのはここに住むと決まってからで十分だな。
もちろん談話室に居座り続けている委員長だって、リンパッティア様やスメスタさんの相手をするという重要な任務を担っているのだ。
一年一組はこういう時に手を抜かない。
◇◇◇
「足りないものは普通に買えるみたい。発注とかじゃなくて在庫があるといいんだけど」
足りないモノリストを見た書記の白石さんは、スメスタさんに一般の相場を聞きながらイケそうだという判断をしてくれた。
誰も名指ししていないのに、白石さんがクラスの金庫番になってくれそうな予感だな。
「となると、問題はここ、か」
腕を組んで嫌そうな顔をした
離宮よりはちょっと狭いけれど、それなりの広さは確保されているこの屋敷の談話室なんだけど、絨毯が消えているのだ。
壁際にはテーブルや椅子が寄せられているからそっちの備品については問題ないんだけど、俺たちのライフスタイル的にはなあ。
フローリングならまだ我慢できたかもしれないけれど、床がピカピカの石なんだ。
絨毯を前提にしている部屋にソレが無いってダメだろ。
「スメスタさん?」
「売り払われていないか、確認をしておきましょう」
「まだだったら、現物を確認してから僕たちで買い取ることも考えます」
委員長がスメスタさんに確認をするが、売却担当ではないらしく、残っているかは不明だ。
「でもさ。ボクたちでピッタリのを探すっていうのも楽しそうじゃない?」
「貯金からじゃなくて、冒険者の稼ぎで買えたらいいかもね」
唐突にそんな提案をしてきたのは元気ロリな
野来は冒険者っていうワードを使いたいだけかもしれないけれど、たしかに悪くないかもな。
「緑色が、いいかな」
俺の口からポロっとこぼれたのはそんな言葉だった。
「だな、やっぱそれだ」
「おう」
「デスデス」
「そこの壁にさ『帰還章』ぶら下げようよ」
「いいのか? それ」
「外から見えないんだし、いいんじゃね?」
仲間たちが好き勝手を言い合ういつものノリになる。これはもう決まりという感じかな。
そんな俺たちを壁際の椅子に座って見つめているリンパッティア様の表情が寂しそうに感じるのは、やっぱりそういうことなのかなあ。
「引っ越しはまだ先だし。あの人にだって仕事はあるでしょ。今日のこれだって公務なんだし」
「どうして読むかな」
「わたしも見てたもの」
綿原さんが小声で俺の心中を当ててくる。
というか綿原さん、さっきから何度かリンパッティア様をチラ見していたものな。
「ティアって呼ぶ目標のためにも、たまには出入りしてもらいたいのよ。たまによ?」
「いっそクラス全員で挑戦してみるか」
「あら、八津くんも?」
「仲間外れは勘弁だよ」
思うことがある。
俺たちの目標は山士幌への帰還だ。これだけは絶対に間違えない。
だけど、アウローニヤでいろんな人と出会って、旅をして、こんどはペルメッダでも新しい人と知り合えた。
大人な表現をすれば人脈。甘く言えば絆かな。そういうのも大切にしていかないと、ダメなんじゃないかって思うんだ。
ふとアウローニヤで出会った同世代の女王様、リーサリット様を思い出す。あの人と俺たちは良好な関係を結べたから、だからこんな状況になっている。だったらペルメッダでもそういうのがあってもいいんじゃないかって。あそこに座る悪役令嬢と親しくなっても。
金髪美少女で偉い人の娘である以外、全く似ていない……、結構似た肩書だな。
まあいい、そんな二人がなぜかダブって見えるんだ。だから、仲良くしたいって考えになるのは当然だ。
いろんな人たちと信頼し合える友人になることの嬉しさと大切さを、俺はクラスの連中に教えてもらっている最中なのだから。
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