第387話 悪役の英雄譚
「誓いましょう」
「では、あなたに魔力を」
なんと信じがたいことに、シシルノさんの叙爵は波乱を巻き起こすこともなくあっさりと終わった。
『国軍総合魔力研究所所長兼王室付相談役』などというふざけた肩書には観衆も困惑していたが、所詮は男爵であるし『魔力研』の所長は名誉職に近い。ついでに王室相談役の方は権限無しという説明で何とか納得したのだろう。
王様の酔狂な話し相手みたいな存在はよくあるパターンらしいので、そういったものだとスルーされたようだ。
なにせ軍部では有能な変わり者として名が通っているシシルノさんだ。そういうめんどくさい信頼感には定評があるせいで、物語に登場するような宮中道化師役としてハマったのかもしれない。
むしろ問題だったのはシシルノ・ヒトミ・ジェサルと名を呼んだ女王様の声に、わかる者なら感じとれる妙な響きがこもっていたことだ。
これはもはや確定だな。やっぱり女王様は俺たちが担当者たちに名を贈った件について、思うところがあるらしい。
このあとで叙爵することになるガラリエさんの心中を思うと、こちらの胸が痛くなる。
ちなみに『プロフェッサー』という単語はシシルノさんも女王様も一切口にしなかった。
結構意外な展開ではあったが、あからさまに勇者案件なのがバレバレになるので、後日改めてという感じなのかもしれない。
本気でオフィシャルにするのかすら定かではないし。
会場に多少のざわめきこそ残したが、俺たち的には実に穏便な流れでシシルノ男爵が誕生したのだ。
◇◇◇
「繰り返しとなりますが、此度の騒乱における影響で、多くの者が職務を遂行できなくなる状態となりました。加えて残念なことに、その行動をもって罪が白日の下に晒された者もいます」
男爵までの叙爵が終わり、ここでついに女王様は罪という言葉を明確に口にした。
戴冠以後の会話の流れで、最初は功績、つぎに人材の必要性、そしてこんどは罪。
説明していく順番として段階を追っているのはわかるが、要はここからは重要な人事だということだ。その理由として死者や怪我人だけでなく、罪を犯した人間も含めて上が消えるからだと言っている。
ここまでの説明で明確に罪ありとされたのは……、第一と第二近衛騎士団長くらいか。アレはヒルロッドさんやジェブリーさんの功績を称えるためだったので、先に持ち出されたのだろう。
「ここからは貢献ある者の陞爵を含みますが、むしろ人事と考えてもらった方が正確でしょう」
女王様のその言葉に、観衆たちからは小さなさざ波のような囁き声が広がっていく。こういう展開が待っていたのはわかっていたとしても、自分の将来がどうなるのかがかかっているのだ。
世襲を前提としたこの国在り方を考えれば、今回の人事異動がそのまま将来に渡る家の格を書き換えることになる。自分自身が深く関与していなかったとしても、親戚や派閥、果ては学院の同期とか、そういう大小の繋がりですら影響を及ぼしかねないのがアウローニヤだ。
とはいえ、二年後に待ち受けている帝国との折衝次第で、全部がぽしゃる可能性も高いわけだけどな。
それでも貴族としての本能なのか、多くの連中がそれをわかっていても、それでもといったところか。
ここまでの騎士爵や男爵の叙爵に伴う役職任命ですら派閥の影響は明らかだった。それでも功績という単語があったことで無理やり納得することもできただろうが、ここから先は違う。
言うなれば女王様の意のままに、だ。陛下の想定するアウローニヤの未来に必要とされる人材が、しかるべき地位を得ることになる。
軍でも近衛でも、そして行政府でも、ごっそりと穴が空いた。本来そこにいた人たちは何らかの形で罪を押し付けられ、合法的に立場を、場合によっては命すら失うことになるだろう。
女王様を含めて、この国で貴族をやっていれば、叩けばどんなホコリだって出てくる。それこそ今回のクーデターで女王様が敵判定をした連中など、罪状の箇条書きだけで書類の山を作れるくらいにやらかしている連中ばかりだ。今の女王様ならばやろうと思えば摘発など簡単にできてしまう。
一番罪がなさそうなのが元王様と第一王子だろうっていうのが、悲しいよな。
「思い返すだけでも胸が苦しくなりますが、まずは本日より九日前に起きた『勇者拉致』事件についてから、語ることにいたしましょう」
そこからかと思わなくもないが、女王様があの事件を持ち出した理由は明白だ。
この場にいない大物が二人、絡んでいるからな。
「真実を申し上げましょう。畏れ多くも勇者様方を害した者がいたのは事実なのですから」
ここまではいい。勇者が拉致されたという名目で、女王様が王城内を調査したというのは誰もが知っていることだから。
その時の探りがクーデター実行時に役立ったなんていう裏話がないわけでもないが、女王様はメインの一手の中に、ほかの要素を混ぜ込むのを好む人なのだ。
「実行犯は王都軍第二大隊所属パラスタ隊。並びに第五近衛騎士団『黄石』所属ファイベル隊。そして……、騎士団長ヴァフター・バークマットと、かの者が率いたバークマット隊。動機については口に出すまでもないでしょう」
さざ波程度だったざわめきが、ここで一気に大きくなった。
女王様の口から明確に犯人の名前が出てきて、しかもその中のひとりが近衛騎士団長だったからな。そして女王様は男爵だったはずのヴァフターの名を、ヴァフター・セユ・バークマットとは呼ばなかった。中の名を抜き、すなわち爵位を剥奪された者と扱ったのだ。
動機うんぬんについては、誰もが知っているいまさらだ。帝国に売り渡すくらいしか思いつかない。薄い可能性として聖法国にまで頭が回るかどうか。
あっちで観衆の視線を集めた帝国の外交官が顔を引きつらせているけれど、当人が実行を指示したわけでもないだろう。むしろ困っているんじゃないかな。
「事件の直後、様々な流言がありましたが、一部は真実を捉えていたということです。ですが、まことしやかに語られた勇者の自演などという妄言は全くの嘘。王国宰相バルトロア侯の関与についても、未だ定かではありません」
「言ってることが、あの時と同じくらいの怪文書じゃねぇか」
続けられた女王様のセリフを聞いて、隣に立っている小太りな
宰相がバリバリの主犯なんだけど、女王様はそれを伏せたままで話を進めるようだ。
直接被害を被った俺としてはかなり思うところがあるので、どこかでざまぁしてほしいのだけど。
「俺たち宰相に殴られたんだけどな」
「さっき病気だって言ってただろ。使い道があるってことだ」
田村に乗せられた体で俺がグチれば、返ってきたのはもっともな解釈だ。
ここまでの流れでそういう話も出ていたものな。
ジェブリーさんの功績を称えるあたりでも、『白水』団長の罪は語っても、宰相については有耶無耶にしていたし。
将来的には帝国の第二皇子に引き渡すはずの宰相だけど、まだなにか、それこそ田村が言うような使い道があるってことなんだろうか。
「ここに勇者の皆様方が、一人として欠けることなく揃っているのはごらんの通りです。事件はすでに解決しました。この場にいる皆が捜査に協力してくれたことに、この国を統べる王として感謝しています」
俺たちの脱出劇は語られることなく流された。むしろ女王様は捜査への協力を褒めているくらいで、要は王命を持ち出していろいろやらかしたことを正当化したいのだろう。
こちらとしてもアレを詳細に説明されても困るから、助かったというものだ。
後衛職が三人だけで、警戒している騎士職十人以上を相手に脱出したなんて、勇者パワーを疑われても不思議じゃない。変な目の付けられ方はゴメンだからな。
「結果としてバークマット一党全員は爵位を剥奪され、罪人として扱うこととなりました。しかしです……」
そこで言葉を溜める女王様の絶妙な間が皆の心を引き付ける。
なにせクーデター当日、召喚の間には女王様と勇者と共に並ぶヴァフターがいたのだから。
「過日の騒乱の折、わたくしは迷宮にて正義の志を共に持つ勇士たちを糾合することを考えました。それには危険を伴うのも必定。そこで勇者の皆様方が提案なされたのです」
ああもう、全部勇者のせいじゃないか。しかもポジティブ方面で責任を被せられているから反論しにくいのが始末に悪い。
「贖罪、そして改心の機会を与えるべきではないかと仰ったのです。自らが拉致被害に遭いながら、それでも。現にこの場にいる者たちも見たことでしょう。黒を纏い『召喚の間』に集いし者たちの中に、たしかにバークマットらの姿があったことを」
勇者がヴァフターを漂白したかのような言い方だけど、あれは取引に近い。
それにしても、これではまるでヴァフターが勇者と並ぶもう一人の主人公みたいなノリにも聞こえるな。闇堕ちからの正義サイドへの転向だ。
「これって新部隊の紹介で、美談っぽく使うつもりなんじゃ」
そこで
しかもこの先、ヴァフターはしっかり活躍してしまうのだから、説得力がマシマシだ。
案の定、そこから先を熱く語る女王様にかかれば、『緑山』一行はまさに正義の集団だった。
そこに芋煮会の話などは出てこない。どうやらアレは女王様的には正義っぽくなかったらしいな。ついでに自分の【魔力定着】の件も話さなかったし、聖女降臨についても端折られた。当たり前か。
全体的に勇者の持ち上げ方は抑え気味に、むしろ女王様を含めた勇者担当一行とヴァフター、さらにはヘピーニム隊の結束こそがっていう感じの語られ方だ。
ますます新部隊の箔付けという綿原さんの読みが真実味を帯びていく。
「わたくしの目には、それはまさに死闘としか映りませんでした」
物語は佳境に入り、ついにシーンは近衛騎士総長とのラストバトルだ。
『あの者、近衛騎士総長ベリィラントは、『紫心』団長パルハートと共謀してたのでしょう。明確にわたくしに害意を向けたのです』
直前に告げられたそんなセリフで持って、総長は犯罪者と断定された。
宰相との扱いの違いは、現状での生死が関係しているのか、それとも最初からこうするつもりだったのか。
どのみち近衛騎士総長がベリィラント隊とパラスタ隊を引き連れて迷宮に侵攻したのは多くの人たちに見られているので、もはや隠しようもない。第三王女と勇者どもはどこだぁ、って周りを恫喝しながら徘徊しまくっていたのも広まっているし。
ギリギリ宰相と軍務卿を総長の被害者に仕立て上げることもできるかもしれないが、もはやそこは女王様にお任せだ。俺たちはもう知らん。
「総長の最期を見たわたくしは、もしかしたらと思うのです」
さて、なにをだろう。
「迷宮罠に嵌り転落した者と、その場に残された者。それこそが迷宮の選択ではないか、と」
飛び出したのは女王様による迷宮万能論だった。
迷宮がかなりヤバい存在だというのは、魔力が存在しない地球からやってきた俺たちだからこそ思うところはある。
王女様が言った迷宮の選択みたいなコトまでは思わないが、それでも『システム』が介在しているとしか思えない現象ばかりなのだからなあ。
迷宮について様々な仮説を立てている一年一組だが、そのひとつはペルメッダに行くことで判明する予定だ。それはまた別の話か。
それよりもだ。
「女王様、ワザと俺たちの活躍をボカしてるよな」
「そうよね」
「だなぁ」
俺の呟きに綿原さんと田村が同時に賛同してくれた。
女王様は勇者の崇高な精神こそ称えてくるものの、具体的な戦力としては詳細を語らなかった。むしろ勇者に感化された者たちの奮闘を持ち上げている節がある。
まるでアウローニヤ全体がそうであれと言わんばかりにだ。というか、そういう持って行き方なんだろう。
ここには他国の外交官がいて、それどころか、スパイまで紛れ込んでいる可能性が高い場所だ。
あえて戦力としての勇者ではなく、学ぶべき手本として持ち上げることで、何度も使った表現だけど、俺たちの存在を薄めようとしているのかもしれない。
アウローニヤ全体が勇者となればいい。
その考え方は新部隊結成の理念でもある。ここでヴァフターやシャルフォさんたちの株を上げることで、ついでとばかりに新部隊の必要性とメンバーの妥当性を高めようってか。
目の前で熱弁を振るう女王様は、そういうことを同時並行でやってしまう人だから。
◇◇◇
「話が長くなってしまいましたね。たしかにバークマットらは見事な働きを見せ、わたくしの懸念を払拭せしめました」
一息を入れた女王様の語りは、いよいよ結論に至るようだ。
ここから出される答えを俺たちは知っているものだから、観客たちほどドキドキできないのが残念なくらいだな。それくらい場は温まっている。
「ですが罪は罪です。恩赦こそ与え、命まで奪いはしませんが、ヴァフター・バークマットをはじめとする、バークマット隊、ファイベル隊らの持つ爵位はすべてを剥奪します」
決定的セリフと共にヴァフターたちの平民落ちが宣言された。
このあたりは受け止め方次第になるだろう。
哀れと思うか、命があるだけマシだと思うか、それとも活躍をしたのだからせめて騎士爵程度ならば、とか。
一年一組の仲間たちはもはやほとんどが確信しているはずだ。そう思わせるような語り方を女王様はワザとした。
女王様は、ヴァフターが騎士団長を辞めなければいけない理由と新部隊に編入される名誉とのギリギリを狙いにいったのだ。
「こういった様々な事由により、王城守護たる近衛騎士団は多くの欠員を出すこととなりました。近衛騎士総長をはじめ、第一近衛騎士団『紫心』、第二近衛騎士団『白水』、そして第五近衛騎士団『黄石』。それぞれの団長が不在となったのです」
そんな女王様の言葉を受けて観衆が静まり返る。
これだけ重要な席が空白となったのだ、後釜をどうするのか、武官としては頂点ともいえるポストだから誰だって気になってしまうのは当然だ。
俺たちもここから先は聞かされていないので、ちょっと前のめりになってしまう。ヒルロッドさんやジェブリーさんみたいな平民上がりはムリだとしても──。
「キャルシヤ・ケイ・イトル。前へ」
「はっ!」
女王様に名を呼ばれたキャルシヤさんが絨毯の上に歩み出る。
顔が……、引きつっているし、変な汗をかいているようにも見えるんだけど、まさか。
「第一近衛騎士団『紫心』の団長を任せます。同時にアウローニヤ王国、近衛騎士総長代理も。近衛騎士たちを束ねてください。兼務は大変でしょうが、むろん補佐は用意しますので」
「ははぁっ!」
ひな壇を登り切り、女王様の前に跪いたキャルシヤさんが受けた言葉は重かった。キャルシヤさん、声が裏返ったぞ。
現在のキャルシヤさんは第四近衛騎士団『蒼雷』の団長だが、そのポジションはイトル家の本来ではない。第二近衛騎士団『白水』の団長、それがキャルシヤさんの家が持っていた役割だ。
だが父親のやらかしのあおりで、キャルシヤさんは『蒼雷』に飛ばされた。
それが返り咲きどころか第一たる『紫心』の団長、そして近衛騎士総長代理とか、これはもう完全に近衛騎士の頂点じゃないか。
総長の座を狙って政争を仕掛けた父親は大失敗をしたが、それを利用してキャルシヤさんを取り込んだ女王様は、巨大な見返りとばかりにこんな人事をした……、んだよな? これっていい話なんだよな?
総長と『紫心』『白水』のトップが消えた以上、家の格ならばキャルシヤさんかミルーマさんが該当するのは理解できる。で、たぶんだけどミルーマさんは断ったんだろうなあ。
あの人は絶対に女王様直属の護衛っていう立場を捨てない気がする。つまり総長なんてやるはずがないのだ。
「陞爵です。伯爵となってください、キャルシヤ・ケイ・イトル。アウローニヤの剣として、レムトの盾として、そして騎士たちを束ね、率いる者として、相応しき伯爵となることを誓えますか?」
「……誓います」
「あなたに魔力を。押し付けになってしまったでしょうか」
「……いえ、ありがたく。全力を尽くしましょう」
儀礼の言葉の後半部分は、すぐ近くにいる人間にしか聞こえない程度に小声だった。
ついでとばかりに子爵から伯爵か。近衛騎士総長は伯爵相当の役職となるので、代理というフレーズがくっ付いていても陞爵ということになるんだな。そのうち代理から本物になるのも確実なんだろうし。
もちろんこんな重大な人事だ、事前に女王様から直接面談があったのは間違いない。
それがどれだけの圧迫面接だったかは想像できないけれど、頑張れキャルシヤさん。俺は応援しているぞ。
すごく複雑そうな顔をしているキャルシヤさんを、学院の同期で仲良しなアヴェステラさんはすぐ脇で、同じくシシルノさんはひな壇の下から優しく見守っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます