第27話 魔力の掌握するためには
「やっぱりさ、ボクたちも技能取った方がいいんじゃない?」
「魔力に余裕がある連中は、アリだと思う」
このふたりだけじゃない。【体力向上】しか取っていない、特に術師系の連中は魔力が完全に余っているのだ。【体力向上】の熟練度が上がってきているせいか、消費が追いつかないでいる。
「あまり数値化にこだわっていても仕方がないかもね」
「使い込みに時間がかかるわね」
委員長が言いだした『技能コストの数値化』は目下俺たちが悩んでいて、それでいて出口が見えない課題だ。ほかにもたくさん課題があるわけで唯一じゃないところが悩ましい。
たとえば俺の場合、【観察】と【体力向上】を取得するだけで内魔力が四割近く削られた。その上両方を常時使っているような状況なので、寝る前には魔力がカツカツになっている。熟練度が上がったのか最近はそうでもないが、それでも八割から九割は消費している状態だ。
綿原さんはといえば【鮫術】と【体力向上】という職的にメインとサブの技能を取ったところまでは俺と一緒だ。違うのは【鮫術】は常時発動しているわけじゃないという点。
『さすがにお風呂の中だけよ。使うと魔力消費がすごいわね』
と、聞きようによってはアレなセリフをいただいた。
どうやら鮫を現出させるために、湯気がいい仕事をしているらしい。湯舟で鮫を見守る女子組を想像してはいけない。
数値化の話に戻せば、俺たちの目標は『技能を取る時に削られる内魔力』と『技能を使う時の消費量』を数字にすることだ。それを聞いたシシルノさんは大絶賛だった。
必要であればいつでも【魔力視】で手伝うと言ってくれたが、いかんせん変数が多すぎた。
まず初期の内魔力。シシルノさんが目で見て漠然と判定するわけで、定規が使えるわけもない。その段階で感覚的に誰々よりもちょっと多いとかそういう表現になってしまうのだ。さっそく挫折しかける。
次に取得コストの個人差だ。俺たちは三日目に【体力向上】を取ったわけだが、どうやら体力がないクラスメイトの方が魔力が削られた『らしい』。これまたシシルノさんが目視で比較したので、どれくらい差が出たのかが不明瞭なのだ。
もう大体でいいんじゃないかな、という空気が蔓延するのも仕方がないだろう。高校一年には荷が重い。
「ゲームっぽいシステムなんだから、MPとかSP、数字で出してくれりゃいいのに」
「自分にしか見えないゲージ表示だからなあ。ずっとシシルノ教授に張り付かれるのもアレだし」
ポロっとこぼれた俺の愚痴を古韮が苦笑いで拾ってくれた。
そもそも数値化は手段であって、ちゃんと目的は別にある。
ひとつは当然、迷宮で魔獣を倒すために必要な技能だ。訓練をしていた近衛騎士候補を見れば当たり前で、何をするにも階位を上げなければ話にならない。
できれば戦闘で役に立つ技能が必要だ。なにも攻撃や防御だけではない。補助でも回復でも、とにかく各人の神授職がバラバラなのだから役割りを決めて、見合った技能を取りたい。そのためのコスト計算なのだけど。
もうひとつはこの国、アウローニヤに対抗というか対応するための準備だ。
今の段階では俺の【観察】が全てだが、そのうちこの『水鳥の離宮』を抜け出してどうのこうの、なんてことになるかもしれない。
先生と委員長の発案で戦闘系とは別の技能をコッソリ調べているのが実態だ。抜け目がないと尊敬してしまう。
それを担当することになりそうなのが【忍術士】の
このふたり、帰還問答の時にひと悶着あったという曰く付きだが、今は安定しているように見える。クラスメイトがちょくちょく話しかけてフォローしているあたり、やっぱり一年一組は変わってる。
「曖昧でいつになったら目途が立つのかわからないコトに拘るのもね。当然調べるのは続けるとして」
委員長のため息で俺は我に返った。思考に耽るばかりじゃダメダメだな。定番の【並列思考】みたいな技能があるといいのだけど。
「わたしたちにも誰か【魔力視】みたいのを持っている人がいれば助かるわね。
「い、いや、どうなんだろう」
綿原さんは俺にとって微妙に重たい話を気軽に振ってきた。そう、気軽になんだ。
「ふんっ、精々階位を上げればいいさ。もしかしたら俺の方が先かもな」
ひねくれた態度で
いじめじゃないからな。アレが田村なりの遠まわしな声援だと思えるか? だけど皆に言わせるとそうらしいのだ。男のツンデレか。
そもそもあいつは【聖盾師】だから視力系は無理だろう。そこも含めて俺に勝てってことなのだろう。
「たのむね【観察者】!」
お気楽に奉谷さんがおちゃらけた。つられて周りも笑っている。
そこには嫌味がない。
なにがハズレジョブだ。どこが微妙神授職だ。
まだ戦ってもいないのに、俺が役立たずかどうかもわからないのに。戦闘で俺が活躍してから手のひら返しならわかる。状況を軽く見ているならわかる。
だけどこいつらは全部承知した上で、俺をクラスの仲間みたいにしてくれている。
「『みたい』じゃないか……。仲間、なのかな」
「どうしたの? あのね、いい考えがあるの」
小さな呟きを綿原さんが拾って、楽しそうにこっちを見ていた。
「八津くんがね、その目で魔獣を見つけてわたしに教えてくれるの。そしたらわたしがたくさん鮫を出してね──」
それ、いいな。
などと浮かれていられたのは午前の座学が始まるまでだった。
◇◇◇
「つまりこれが『魔力の掌握』だ。迷宮という場所にしか現れない『魔獣』。倒すことで我々に魔力と糧を与えてくれるわけだね」
「あのっ、いいですか」
ノリノリで説明を続けていたヒルロッドさんの口を、我慢がきかなかった俺は思わずさえぎってしまった。
同じことに気付いてるのが何人かいるな。ガタガタ震えてるのも。
「どうした、ヤヅ」
どうしてここで口を挟むのかが分かっていないようで、ヒルロッドさんが首を傾げている。だけどこっちはそれどころじゃない。
「『魔力の掌握』って『階位を上げる』のとほとんど同じ意味ですよね」
「そうだが?」
「もう一度、もう一度だけ教えてもらえますか? 特にその……、『誰がどうしたら』掌握できるのかを」
「……魔獣にトドメを刺した者にほぼ全部、控えめでも九割以上は確実だとされているが、確実なところは」
聞き間違いじゃなかったか。最悪だ。
「ラストアタック優先かよ!」
「……そこはせめて戦闘貢献度で分配でしょ」
「ふえっ、補助職はどうなるの」
「あらまあ、どういうことでしょう?」
順番に多分、古韮、草間、
上杉さんの落ち着きっぷりが恐ろしい。伊達に聖女呼ばわりはされていないな。
だけどそんな白石さんと上杉さんこそヤバい。当然俺も危ない。
文系オタ女子の白石さんが【騒術師】で、落ち着き払っている上杉さんは【聖導師】、つまりバッファーとヒーラーだ。同じくバッファーで【奮術師】の奉谷さんも。もちろん【観察者】の俺だって大問題だ。
攻撃を通す技能が候補に無い。
もしかして綿原さんもか? いやいや、昨日の夜『合体魔術【鮫術乃弐・熱湯鮫】を計画中』とか言っていたからダメージは与えられるかもしれない。
たしかに資料にはあったんだ。やたら物語風に『何某がトドメを刺した』って、何度も何度も。これは英雄を持ち上げるためだと、現実に気が付かないようにしていたのに、なんでこんなことに。
「どうしたどうした。落ち着いてくれ」
「落ち着けと言われても」
「いいから落ち着け、ヤヅ。冷静に考えてみろ。『灰羽』は一階位の文官だって育てたことがあるんだぞ。手順は確立している」
荒れる俺たちをヒルロッドさんはたしなめながら、ちらりとアヴェステラさんとシシルノさんを見た。
そうか。あのふたりはバリバリの文官で、攻撃ができないタイプの神授職だ。アヴェステラさんが【思術師】でシシルノさんは【瞳術師】。……【念殺】とか【邪眼】とか持っていたりしないよな?
「安心してくれ。魔獣を少し弱らせてから前衛が抑え込むんだ」
全然安心できないザックリとした説明だった。だけどおかまいなしにヒルロッドさんは続ける。
「当然抑え込みは『灰羽』がやる。慣れてきたら君たちの前衛にも手伝ってもらおうかな」
先のことは今、考えたくないかな。
「ちゃんと急所だけ隙間を開けて晒しておくから、そこに短剣をグサっとだ。ほら、やれそうだろう?」
そんな昔のヤクザ映画みたいなことを俺たちにやれと。こっちは健全で善良な高校生だぞ。
「懐かしいね。アヴィはどうだった」
「服が汚れるので、あまり好きではありません」
シシルノさんとアヴェステラさんもやったのか。ふたりとも階位は上げているわけだから当然だ。誰も嘘を言ってるわけではないんだろう。
だけどノリが軽くないか? これが文化の違いなのか? 現代の地球だって、国によってはやっているか……。
どうしよう、俺たちにそんなことができるのか。主にメンタルな部分で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます