第349話 彼女たちが飛躍する様を




『出席番号二十七番。【強騎士】のヒルロッド・ミームスだ。準備はできているよ』


 その日の朝、ヒルロッドさんたちミームス隊の七名と迷宮前の『召喚の間』で落ち合った俺たちは、念願の言葉を聞くことに成功した。

 クーデター当日は別行動ということでうやむやになっていたからな。


 セリフを強要したのは俺たちというよりは、高らかと自分たちの番号を告げてみせたアウローニヤ組で、シシルノさんとベスティさんなんかは、それはもう悪い顔をしていたものだ。

 ちなみにミームス隊のメンバーからは大ウケだったのだが、当のヒルロッドさんはすごく微妙そうで、それでいてちょっと嬉しそうな表情が混じっていたのを俺の【観察】は見届けたのである。おじさんの微テレ、実にいいな。


 さらにはご丁寧に運動系長身長女子の笹見ささみさんのコールまで全員で実行し、アヴェステラさんを除く『緑山』二十七人と、ミームス隊を合せた三十四人は、意気揚々と迷宮に突入した。

 残念ながら女王様はもちろん、アヴェステラさんの見送りは無し。余程忙しいというのはわかるが、明日の合流にかける意気込みが間接的に伝わってくるのが、微妙に重たい。



「やっぱり人が少ないと、ちょっと不気味よね」


「最初を思い出すよな。勇者だからって遠巻きにされてた頃」


「そう、ね」


 状況次第で切り替えができるようにと二匹の紅白サメを浮かばせた綿原わたはらさんが、俺のすぐ前で呟くように言う。人のいない迷宮を怖がっているとか思われたくないのかもしれない。

 最初もこんなもんだったと返せば、綿原さんの表情も少しは和らいだような気がする。俺の言葉が役に立つなら大歓迎だ。

 横を行く奉谷ほうたにさんなどはいつも通りの元気っぷりだが、元々大人しめな白石しらいしさんなどは、いつもよりもオドオドした態度が大きいかもしれない。


 クーデターが起きてから四日目になるが、迷宮への手当はまだまだ復旧には程遠い状態だ。最低限の人員を重要区画に配置して、現状維持に努めているので手一杯なのだとか。


「予定通りに三層の十三番階段まで一気に移動だ。道中の魔獣は必要最小限で」


「十三で階段とか、縁起がねぇ」


ひきさん、ここでホラーはちょっと」


 隊列の最後方で警戒しながらついてきてくれているチャラ子の疋さんが、言っている内容とは全く逆に意地の悪い顔をしている。そんなコトを言ったら──。


「ほう? それはどういう意味なのかな」


「ひひっ、聞きたい? シシルノさん」


「是非とも」


 フラグとかそういうのではなく、シシルノさんが食いつくのは必然だ。


 寂しい迷宮な上に、背後から縁起の悪い会話が聞こえてくる。悪ノリした疋さんは四とか九とかまで持ち出す始末だ。空気を読めない人ではないのだけど、むしろ本人がこういう雑談をすることで強がっているのかもしれない。


 そんな感じで極端に人が少ない迷宮を、俺たちは速足で突き進む。

 こうなれば一刻も早く十三番階段を降りきるのが一番だな。



 ◇◇◇



 そんな微妙な空気は四層に降りた段階で吹っ飛んだ。


「いきなり丸太だよ。二体。あっちの部屋」


「階段降りたばっかじゃねえか」


 先頭付近で索敵をしてくれていた【忍術士】の草間くさまが、驚いたような声で警告を発した。

 それを聞いた中衛に構える【剛擲士】の海藤かいとうが呆れた声になる。


 階段は完全にセーフゾーンだし、大抵の傾向として階段付近に魔獣は近づかない。三つ又丸太のような大物は、とくにだ。

 現に総長との戦いになった十五番階段付近ではこんなことはなかった。


「シシルノさん、草間、ここの魔力は?」


「四、だね」


「同感」


 階段前広間の魔力量を問えば、すかさず二人が返してくれる。


 その言葉に少しだけ安堵した空気が場に流れたようで、強張った表情になっていたみんなの顔色が少し良くなった。

 以前に三層で『珪砂の部屋』を見つけた時は、たしか十一とか十二だった記憶がある。四という数字はけっして少ないわけではないが、『魔力部屋』というには届かない。つまりここ、階段前広間に魔獣の群れが殺到するなんていうケースは考えにくいということになる。


 こういう考え方自体が魔獣の群れが発生する前のアラウド迷宮では存在しなかったのだが、今となっては魔力を感知できるような技能は判断材料としてとても重要だ。

 俺も指揮する者として魔力察知系が切実にほしい。というか、身体系と両方というのは欲張りすぎか。できないことは仲間を頼る。その精神を忘れてはいけないぞ、俺よ。



「いったん経路を三番に変えよう。丸太を倒して、景気を付ける」


 取り出した地図を瞬間で再確認して、丸太を倒してからのルートを選ぶ。この部屋には階段以外にふたつの扉があるが、草間の反応からして魔獣がいるのは片方だけだ。ならば先手で魔獣を倒せる経路でいい。


「『ガラリエ陣』だ!」


「おう!」


『ガラリエ陣』。名前のとおりというかなんというか、ガラリエさんをレベリングしようぜという意気込みを前面に押し出した陣形だ。


 シシルノさんを筆頭とした後衛柔らか系の護衛から、ガラリエさんと海藤を解き放ち、代わりをヒルロッドさんとミームス隊の騎士一名にお願いする。

 前衛の盾列はウチの騎士五人と、ラウックスさんを分隊長にしたミームス隊の五人で厚めにしてもらい、大物を万全の態勢で取り押さえる布陣だ。海藤は晴れてピッチャーとしてミアと反対側の中衛に移動してもらう。いつでも前衛盾に移動することもできる、本来の位置取りだな。


 そしてド本命のガラリエさんは──。


「ガラリエさんは中央でどどーんと構えててください」


「……はい」


 前衛と中衛術師のあいだのさらにど真ん中に、ガラリエさんには居てもらう。

 しかも両脇には滝沢たきざわ先生と木刀をひっさげた中宮なかみやさんが護衛兼削り担当として配置されるという、とてもとても豪勢で偉そうな立ち位置だ。時代劇の主人公みたいに。


 ジャガイモやダイコンなどの小物が相手ならば、前衛で弱体化してからうしろに流してもらう予定だが、牛や馬、丸太などの中型以上はすべてガラリエさんに食わせる。

 トドメを刺すためだけの存在。これでは完全に上位貴族向けの接待プレイだが、四層でソレをやるともなると、アウローニヤではそうそう事例を見かけない。


 十階位を超えて上を狙うような人は、こんな形の接待なんて受けないからなあ。


「全員唱和。全てはガラリエさんのために!」


「ガラリエさんのために!」


 俺が叫んだのは、アニメのセリフからのモロパクりであるが、一年一組のみんなはノリノリだ。なぜかミームス隊の一部までもが乗っかっている。もちろんベスティさんなんかは腕を振り上げての大喜びだ。

 ヒルロッドさんは疲れた苦笑を浮かべ、そして先生は遠くにいる敵だけを見ている。まだ見えていないんだけどな。


 この陣形の説明がなされ、さらには名称が伝えられた時、ガラリエさんご当人はすさまじく複雑そうなお顔をしていた。しかし女王様は『緑山』の持つ陣形に自ら名前がつくのを強く望んでいた。臣下たるガラリエさんもそれに習わなくてはいけないのだ!

 などというゴリ押しが通ってしまった。


 これはイジメじゃないぞ。

 年上のお姉さんがちょっと気まずそうにしているのには萌えるけど。



「いくぞ!」


「おう!」


 ごく一部の例外を除き、いちおう全員の意志が統一されたということで、俺たちは隣の部屋に向けて進撃を開始する。


 ガラリエさんには安心してほしい。これは十一階位になるまでのマジメなおふざけみたいなものですから。



 ◇◇◇



「ガラリエさんっ、トドメぇ!」


「はいっ!」


 三つ又丸太を抑え込む【霧騎士】の古韮ふるにらが【魔力伝導】をフルに使って、敵の弱体化を仕掛けながら叫び、一歩引いた位置で控えたガラリエさんが決意を込めて剣を構えた。


「はあぁぁぁ!」


 そんなガラリエさんが勢いよく突き出した剣は見事に魔獣の弱点を抉り、しっかりラストアタックを取ることに成功する。

 この状況から逃れたいという想いみたいな切実な感情が伝わってくる、実にいい一撃だな。


「ど、どうすか?」


「ごめんなさい。まだ、みたいです」


 左手にボールを持ち右腕には大盾の海藤が、心配げにガラリエさんに問いかけるけれど、目標には一歩届いていないようだ。まだガラリエさんは解き放たれないのか。いつだって運命は残酷だ。

 迷宮はかくも地獄で、簡単に思い通りにはさせてもらえない場所ではあるが、それすら受け入れなければやっていけない。俺たちは迷宮でそういう現実を嫌というほど思い知らされてきたのだから、この程度の足踏みで落とす士気など欠片も持ち合わせていないのだ。

 とくに柔らかグループなんかは。


「おらぁ。ガラリエさん、こっちも抑えるから構えてろぉ。はる中宮なかみやぁ、足削れぇ!」


「わかってるって」


「ええっ、任せて!」


 倒した魔獣の横にいるもう一体の三つ又丸太を止めながら、ヤンキーな佩丘はきおかが豪快に叫ぶ。ミームス隊の人たちも一緒なので、安定は取れているな。

 すぐさまスピードアタッカーの春さんと、堅実に木刀を振るう中宮さんが、丸太の足を削ぎにいった。無言な先生のあえて急所を外した攻撃も敵の弱体化に貢献している。とことん直接的に関与するのを避けてるな、先生。



「うっ、らあぁぁぁ!」


 数分後、バランスを崩して動きが緩慢になった三つ又丸太にトドメを刺すことで、見事ガラリエさんは十一階位を……、達成できなかった。

 ここまでで三つ又丸太が二体。中型か大型をあと一体倒せば、ほぼ確定だ。気落ちしている暇などはない。


「次だ、次!」


 朝の九時から迷宮に入ってそろそろ二時間くらい。四層に海藤の大声が響いた。


 テンション高いなあ。俺としてもこのまま心地よく同調していたいところだけど、だけどこれは言っておかないとかな。我ながらアゲサゲしている自覚があるのでズルいとは思うのだが、それでもな。



 ◇◇◇



「足狙え。ラウックスさん、頭お願いしまっす!」


「了解だよ」


 古韮の威勢のいい声が響き、冷静にラウックスさんが答える。

 三つ又丸太を倒してから数分、二つの部屋を越えたところにいたのは三体の牛だった。


 コイツらのトドメを全て、いやどれか一体だけでもガラリエさんが取ることができれば、十一階位は確実だろう。

 クラスメイトたちの気炎が一気に増したのがうしろから見ている俺にはよくわかる。だけど、だからこそだ。



「絶対に過少申告をするな。小さい怪我こそすぐに言え。動きが落ちるような怪我になる前にだ!」


「何度もうるせえぞ、八津やづ。わかってるって」


 自分にも言い聞かせるように口酸っぱく繰り返す俺に、お坊ちゃんヒーラーの田村たむらが噛みつくが、アイツこそそのあたりは一番理解できているはずだ。


 ガラリエさんのためにノリノリで戦うのをダメとは言わないが、絶対に守ってもらいたいこともある。

 今回の迷宮では、今までの俺たちが気にしてこなかったウィークポイントがあることを、みんなだって自覚しているはずだ。それでも『普段と違う』というのは中々厄介なもので、ずっと力を付ける方向で歩いてこれた俺たちだからこそ、弱体化には気が回り難い。



 現在クラスのメインヒーラー、上杉うえすぎさんは弱体化している。明らかに。


 繰り返しになるが、理由は【聖導術】の取得による内魔力量の減少だ。本人の感覚だと六階位か、ヘタをすると五階位の頃くらいの量にまでなってしまっているのだとか。九階位のヒーラーが一気に五階位とか、悪夢に近い。ヒールできる回数が普通に減ったのだから。

 外魔力自体は無事なので、動きが悪くなるわけではないというのがせめてもの救いか。


 ほかの技能と引き換えにやむなく、というパターンはこれまでもあったが、今回はかなり重い。ぶっちゃけ【聖導術】はオーバースペックなのだ。悪い言い方をすれば『死にスキル』。もちろん巨大な保険であることは間違いないのだけど。


 熟練度の関係もあるのかもしれないが、今のところ上杉さんの【聖導術】は【聖術】の完全上位互換ではない。有体に表現すれば効きが遅いという欠点を持つ。普通の怪我なら【聖術】を使った方が治りが早いし、消費魔力も少ないという事実は、すでに地上で検証済みだ。とはいえ発覚したのは昨晩だけど。

 つまり【聖術】では治せないような大怪我でもない限り【聖導術】の出番はないし、そんな場面は見たくもない。


 一昨日と昨日を使って何度も事実を共有して、魔力を補充する方策や上杉さんの階位上げについては話し合ってきた。もちろんフォーメーションだって微調整が入っているし、ヒーラーの四人はとにかく心に刻んでくれているだろう。サブヒーラーの奉谷さんなどはあっけらかんと受け入れているが、どれだけ強メンタルなんだか。


 だけど、いざ迷宮での戦闘中にどこまでそれを意識できるのかという話だ。



 なので俺は何度でも頭の中で繰り返す。みんなだってわかってはいるはずだけど、それでも。

 今回の迷宮、ヒールにだけは気を付けておかなければ。


「大丈夫ですよ、八津くん。わたしも今まで甘えていたのかもしれません」


「上杉さん……」


 俺のちょっと前でバックラーを構えている上杉さんが、こちらを振り返らないまま声を出した。

 そこに秘められた決意の響きが俺の心を揺さぶる。恋愛的な意味ではなく。


 この世界でみんなと一緒に戦う中で、今の上杉さんのように『何かが変わる』仲間を、俺は何度も見てきた。

 ムチと短剣の扱いがハマり始めた頃の疋さん。走る姿勢が一気に低くなった時の春さん。前衛で魔力タンクに専念するようになってからのチャラ男な藤永ふじながなんかも。【冷徹】を使うようになった深山みやまさんや、開き直って木刀オンリースタイルに戻した中宮さんもそうだ。


 ほかにもみんな、少しずつ変わって、あるタイミングでポンと伸びることがある。普段の言動はいつもと同じだけれど、戦いの場では一歩も二歩も進んだステージに立ったかのように。

 ちなみに先生やミアなどは最初からずっとあんな調子だけどな。



「怪我をした本人に呼ばれるまで、誰かから指摘されるまで、八津くんからの指示を受けるまで。わたしも意識はしていたつもりですが……、まだまだだったのかもしれません」


 相変わらず前線を見つめたままの上杉さんからは、アイツらと同じ空気を感じる。


「魔力が足りていないなら、頭と目と、心を回します」


 上杉さんの口調は普段のとおり穏やかなままだが、その声にはどこか凛とした響きが含まれていた。

 俺の背筋にゾクリと走るモノを感じる。これは何度か経験したぞ。歓喜だ。


 上杉さんが一段上に登る瞬間を、俺は目の当たりにしている。


「すみませんが八津くん、わたしへの指示を増やしてもらえますか? 学ぶために、助けが必要です」


「ああ、ああ。任せてくれ」


 俺の助力が必要ならば、いくらでもしてみせる。掠れた声になってしまっていたらカッコ悪いなと思いつつ、俺は喜び勇んで肯定を返した。

 上杉さんのすぐ横に立つ綿原さんが軽く肩を竦めたのが【観察】できたが、どうやら彼女は口出しをしないことにしたようだ。


「綿原さん。上杉さんをどんどん動かすぞ。フォローを頼む」


「ええ」


 背中のままで答える綿原さんが、どんな顔をしているのか、易々と想像できてしまうな。



 ◇◇◇



 牛を一体倒したところでガラリエさんの階位は上がったんだと思う。

 いきなり止まった彼女を見て、皆が察して残りの二体はそれぞれ佩丘と古韮が倒してのけた。


「十一っ、階位です」


「しゃあぁぁぁ!」


 感極まったといったばかりにガラリエさんが自身のレベルアップを宣言する。

 途端周囲から雄叫びが上がり、広間は歓喜に包まれた。


「やったね!」


「ありがとうございます。ハルさん」


『風弟子』の片割れ、【嵐剣士】の春さんがダッシュで飛びつけば、見事に受け止めたガラリエさんもハッキリと笑顔をみせる。

 同じく風弟子な【風騎士】の野来はその光景を優しい眼差しで見ているが、さすがに抱き着きはしない。案件になるからな。


 それは置いておいて、ついに、ついにだ。俺たちが夢見たガラリエさんの一歩を見ることができたのだ。



「どうです? ガチればワリとイケるでしょう? 俺もすぐ追い付きますんで」


「あなたたちは……、本当に」


 古韮が自ら倒した牛を見ながら発した軽口に、ガラリエさんは苦笑を浮かべる。


「浸っているところを悪いんですけど、ガラリエさん。このまま十二階位を目指しませんか?」


「はい?」


 容赦のない中宮さんの言葉にガラリエさんが固まるが、その前に九階位連中の階位上げだって。

 上杉さんはもちろんだけど、俺の階位もよろしくお願いしたい。


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