第133話 ワースト記録は更新されるためにある
「ミームスかっ。ちっ」
「これはどういうことですか、ハシュテル副長。あなたはたしか──」
「だまれ、ミームス! 魔獣がくるぞ。いいから倒せ!」
「……そうですね。もう音が聞こえている」
ヒルロッドさんに怒鳴り散らしているのは、濃い青色の髪を短くしているおじさんだった。
ずいぶんと態度が偉そうだけど……、ハシュテル副長? 知らない人だ。やたらと魔獣の血に汚れた鎧に付けている部隊マークは第六近衛騎士団『灰羽』。ということは、ヒルロッドさんの同僚か。
ついでに魔獣に追われているらしい、と。教導騎士団が七人もそろってなにをしているのか意味不明だけど、敵が来る。話を聞くのはあとでになるか。
「
「『竹』だと思う。五体かな」
俺が声を掛けるまでもなく、とっくに草間は警戒をしてくれていたらしい。本当に斥候が板についている。
「
「委員長……」
敵の種類と数を聞いた
なぜいまさらとも思ったけれど、彼の視線がヒルロッドさんや、やたらと興奮しているハシュテル副長をチラチラ見ていることに気付いた。そういうことか。
「やれる」
委員長はたぶん、ヒルロッドさんに気を遣っている。王国の人たち、ついでに大人だけでしたい会話があるかもしれないからとか、そういう感じで。俺たちが聞いていいことかどうかもわからないし。
だからやれると、短く答えておいた。
「そうか……。ヒルロッドさん、魔獣は僕たちでやります。そちらは事情を……」
「……すまないね。ラウックス、任せる。彼らを見ているだけでいいよ」
「はっ!」
委員長がヒルロッドさんに確認をすれば、少しだけ間をおいて返事がきた。
表情を見るに、これはたぶん厄介事なんだろう。委員長の気遣いは正しかったということか。
ラウックスさんはミームス隊の分隊長さんで、もちろん俺たちも顔見知りだ。寡黙な人だけど、俺たちを下に見るようなことは決してしない。安心してサポートをお願いできる人だと思っている。
「隣の部屋で迎え撃とう。陣形はいつもどおりだけど、術師は前に出ないように」
「おう!」
何が起きているのかもわからない状況で長々と戦闘をしているわけにもいかない。とりあえずとっとと戦闘を終わらせよう。どうやら今回ばかりはメイドさんたちもこちらに居残るようだし。
みんなもわかってくれているのだろう。いっせいに返事をしてくれて敵の来る部屋、つまりハシュテル副長たちがやって来た方向に歩きだした。
◇◇◇
「あたたた。ありがと、
「どういたしまして。よかったですね」
「うん」
魔獣に肩をぶたれた草間が上杉さんに治療のお礼をしながら立ち上がった。それに祝福を送る上杉さんはいつもの笑顔だ。
竹に突撃をかけて倒しきるまでだいたい五分。戦闘はつつがなく終了した。
周囲にこれ以上敵の気配が無かったこともあって、レベルアップが一番近そうだった草間に二体ほどのトドメを譲ったのだが、アイツは二体目でミスを犯した。
いや、ミスと言い切るのも可哀相かもしれないくらい竹は倒しにくい。
二足歩行をする竹魔獣の特徴は、硬いことだ。ついでに急所が小さい。
メインは全身を後ろにしならせてからの胴体攻撃、つまり竹竿にバシバシ叩かれることになるのだが、コレが地味に効くのだ。それと体中から飛び出た枝が範囲攻撃になっている。こちらは階位さえ上げておけば痛い程度ですむのだけど、こちらからの急所狙いを妨害する形になるのだ。
本体中央にある縦長の目だけがまともな急所で、あとは竹を名乗るだけあってやたら硬い。ついでに滑る。かなり正確に短剣を突き出さないと刺さらないのだ。先生の場合は本体を握りしめてからローキックをぶちかますけれど。
そういう理由で竹という魔獣は術師とはやたら相性が悪い敵といえるだろう。逆に騎士連中は大得意の相手になる。五階位の騎士ならば、上方向に盾を構えておけばほぼノーダメージで完封できてしまう。
今回のトドメを【聖盾師】の
そして草間は六階位になった。上杉さんがお祝いしていたのはそういうことだ。
「【身体操作】と【魔力察知】、どっちがいいかな」
「草間、悪いけど」
「……だね。僕も嫌な予感がしてる」
念願、とはいっても二日だけのコトだけど、それでもほしかった次の技能に待ったをかけるのは、俺としても心苦しかった。
それでも草間もわかっていたのだろう。ハシュテル副長の様子は明らかにおかしかった。技能の取得はあちらの話を聞いてからにしておいた方がいいと思う。
「戻ろう。話が終わっているといいが」
望み薄といった風情でラウックスさんが俺たちを促す。責任者のヒルロッドさんがいない状況でいつまでもこの場に居続けるわけにもいかないというのが彼の立場だろう。
少し重たい足取りで、俺たちは元の部屋へと移動することにした。
◇◇◇
「だからぁ、私には助けを呼びに行く責務があると言っているだろう!」
「ですが副長」
「捜索と救援は貴様らでやっておけ。これは近衛騎士としての義務だ」
「こちらは勇者一行を連れた訓練行動中です。我々が急ぎ地上に戻りますので、救援要請は私のほうから──」
「だまれぇ!」
がなり続けているハシュテル副長と辟易した顔のヒルロッドさんの構図は、部屋を離れる前と一緒だった。もはやヒルロッドさんの顔色は灰色に近い気がする。胃の辺りに手を当てているのはどうしてだろう。
近づくにつれて聞こえてくる会話、というかハシュテル副長の一方的なまくし立ては、理解するのに苦しむ内容だ。ヒルロッドさんたちが捜索? 救援?
じゃあその場合、俺たちはどうなるのか。いや、そもそも、いったい誰を救援するというのだろう。
「私たちは昨日から一睡もしていないのだ! これ以上くだらない問答をさせるなっ!」
「それは理由になりません」
目を血走らせて唾を吐き散らかしながら叫ぶハシュテル副長の言葉は、聞いているだけで気が滅入りそうになってくる。
寝ていないからどうなんだという思いはあるけれど、それでもあっちに引く気はなさそうだ。ヒルロッドさんの真っ当なツッコミが虚しい。
言葉遣いからしてあっちの副長とやらはヒルロッドさんより目上のようだけど、だからといってヒルロッドさんも『灰羽』の副長だ。同格なんじゃないのか。
「ハシュテル男爵は『第一副長』なんだ」
俺たちが訝しんでいるのを察したのか、横にいたラウックスさんが小さな声で『灰羽』の内部事情を教えてくれた。
これについてはべつに機密とかではないだろうから問題はない。というか俺たちはヒルロッドさんが『第四副長』だということを知っている。そうか、相手は第一副長なのか。
そして男爵、と。
つまり目の前のやり取りは理屈と立場のぶつかり合いだ。
「この場合、ヒルロッドさんが正しいんでしょうね」
「……そうだな」
沈んだ声で委員長が確認すれば、ラウックスさんは予想どおりの答えを返した。
委員長がヒルロッドさんを見て、心の底から同情するような顔をしている。思うところがあるのだろう。町長の息子という立場はどこまで暗黒なんだ。何を見てきたのやら。
それでも少しは話が見えてきた。
ハシュテル副長が連れていた誰か、たぶん訓練騎士あたりが遭難してしまったのだろう。日付を跨いで捜索したか逃げたのかは知らないが、副長は疲れたから救援要請という体で地上に戻りたい、と。
そしてヒルロッドさんたちには捜索をやれと言っている。
自分たちが先導するから一緒に助けてくれ、とかなら理解もできるだろう。だけど目の前のおっさんは、自分は逃げるけど代わりをヒルロッドさんたちにやらせようとしている。
ヒルロッドさんたちが単独なら、まだ通る話だったかもしれない。けれど俺たちがここにいるのが見えないのだろうか。
「ちょうどそこに人員がいるではないか」
「なっ!?」
そんな時だ、ハシュテル副長はいきなり俺たちの方を見たかと思えば、ヤバいことを言いだした。ヒルロッドさんが愕然とした顔をする。
「副長っ、彼らは『勇者』ですよ!?」
「私は聞かされておらん! 知らん者どもだ!」
これは酷すぎる。ヒルロッドさんはあえて俺たちのことを『勇者』だと強調したのに、返してきた言葉がそれか。たしかに面識がなかったのは事実だけど、それはムリがありすぎだろう。
「ウラリー・パイラ・ハシュテル男爵、救援要請を出すのは理解できます。しかしこれは看過できない。報告に──」
「黙れと言っているだろうがっ!」
完全に覚悟を決めた表情に切り替えたヒルロッドさんが正式に詰めようとしても、相手は声を裏返して叫ぶだけだ。話にならない。
一緒に逃げてきた騎士も騎士だ。なぜ顔を下げたままでいる。
副長に逆らえない立場なのか、それとも同じように逃げ出したいのか。それでも、近衛騎士なのか?
「要救助者は訓練騎士ハウーズ、シュラハー、ルカリマ、ミスバート──」
ハシュテル副長は一方的に遭難者の名前を並べていく。
……ちょっと待て、今ハウーズと言ったか?
まさか、俺たちに突っかかってきたチンピラ貴族のハウーズ? 宰相の孫とかいう、あの。
「それと近衛付【聖術師】パード・リンラ・エラスダ男爵。計六名だ!」
「パード!?」
最後の名前を聞いた委員長が息をのんだ。パードって誰だ?
「最初の探索で、僕たちが『お世話』になった人だよ。【聖術】の件で」
分かっていない風の何人かの視線を受けて、委員長は嫌味な説明口調で教えてくれた。らしくないというか、委員長もかなりキているのかもしれない。
例の【聖術師】騒動の張本人か。あちらの都合で
「迷宮訓練中に彼らは身勝手な行動を取り、私たちからはぐれた。捜索は万全を尽くしたが発見には至らずだ。よって私は地上に戻り、救援要請を出す。まったく酷い迷惑だ!」
「それがあなたの答えですか」
あまりに身勝手な副長の物言いに、ヒルロッドさんの声は震えている。
「そしてだっ! この事実を知った貴様らには、彼らを捜索する義務がある。差配はミームス、貴様の好きにすればいい。私はそちらの若造どもを知らんのでな」
俺たちのことを知らないと言い続けるハシュテル副長の顔は、あまりに醜かった。
「いいかぁ、これは私からの要請でも命令でもない。事態を知った貴様らが、自主的に判断すべきことだ!」
叫ぶ副長は悪さを企む顔をしていない。悪党でもない。狂気に満ちて引きつったその表情が意味するところ。
ただ現実から逃げ出したくて、それでいて保身を図ろうとする大人がそこにいた。
この世界に来てから何人もの汚い大人を見てきた。
さっき出てきた【聖術師】のパード。ゴマをするだけの第六騎士団長ケスリャー。傲慢さしか見られなかった近衛騎士総長のなんとか伯爵。
チンピラのハウーズたちはほとんど同年代のせいか例外とすら思えてしまう。遭難という事態に陥っている相手だ。同情心もあるかもしれない。
だけどワーストは更新されたぞ。
◇◇◇
「時間を使ってしまったではないか。私たちは行動を開始する」
逃走を行動と言えるならそうだろう。言いたいことを言い放題にしたハシュテル副長は、同行していた騎士たちを顎で促して立ち去ろうとした。
「ハシュテル男爵」
「……貴様は?」
「第三近衛騎士団所属で現在は離宮に出向中の騎士、ガラリエ・フェンタと申します」
そんな副長に声を掛けたのはガラリエさんだ。ハシュテル副長の顔色が悪くなる。
「フェンタ……。ふんっ、土地だけの家か」
「そのとおりです」
「それで? なんだというのか」
「いえ、わたしは見届けた、と。それだけです。お時間を取らせました」
副長の言う『土地だけ』というのが意味不明だが、ガラリエさんは釘を刺したのだろう。
相手はガラリエさんに対してなめ切った態度を取っているが、それでも顔は歪んでいる。同じ『灰羽』で格下のヒルロッドさんならいざ知らず、第三騎士団『紅天』の騎士に言われたのだ。顔には面倒なことになったと書いてあるぞ。
「没落した家の娘がなにを言うか! ほざくなら好きにすればいい」
結局はキレて怒鳴り散らすだけか。いちいちやることが木っ端すぎて、見ていて情けなくなってくる。
「おいっ、行くぞ。急げ!」
急げというわりには悠々とした足取りで副長が歩きだす。それについていく騎士たちは、結局一言も話さなかったな。副長に反発しているのか、それとも俺たちに言質を取られたくなかったのか。どちらにしても情けない人たちだ。
だけど今はそれどころではない。俺にはやっておくべきことがある。
「待ってください!」
「……貴様は?」
背中を向けたハシュテル副長に勇気を出して声をかけた。
こんな状態の大人を相手にするなんて心の底からイヤだけれど、それでもこれは必要な行為だから。
「訓練中の
「なんだ。私は急いでいる」
あえて勇者と名乗らなかったのは伝わっただろう。
俺としては勇者だのなんだので問答をする気はない。こういう大人はいるだけで面倒くさいのだから、必要なコトだけを聞き出して、あとは勝手にいなくなってもらえばいいさ。
「ハシュテル副長が遭難者とはぐれた場所を教えてください。だいたいで構いません」
あらかじめヒップバッグから取り出しておいた地図を副長の目の前で開き、心を必死に押し殺して質問をした。俺の声はおかしなことになっていないだろうか。
視界の隅に、黙ってこちらを見てくれている
途端、俺の心が静かになっていく。大丈夫だ。やるべきことをやれ。
「お手数をおかけして申し訳ありません。お願いします」
大声を出そうと口を開きかけていた副長に対し、俺はとにかく冷静に、そして歯を食いしばって下手に出る。
ついでに頭だって下げてみせよう。一年一組の保険のためだ。俺の頭なんてタダ同然じゃないか。
「……このあたりだ」
頭を下げた若造相手に
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